
Bookso beautiful yet terrific.
放課後、何の前触れもなく1-Aの教室に現れたヴィル先輩がいつもの調子でとんでもないことを言ってのけた。
「アンタ、どうせこれから暇でしょう。アタシについて来なさい」
私の予定なんぞ全く聞かずについて来いとは流石女王様である。
「おまえヴィル先輩相手に何やらかしたの?」
「ヴィルが直々にお迎えに来るなんて相当なんだゾ」
「悪いことは言わない。ここはおとなしく素直にシェーンハイト先輩の言うことを聞くべきだ」
エースとグリムとデュースが憐れみを込めた目でひそひそと的外れなアドバイスをしてくれるけれど、残念ながら私は何もやらかしていない。
「ほら。さっさと行くわよ」
くるっと背を向けて先に歩いて行く女王様もといヴィル先輩を私は慌てて追いかける。教室を出る直前に二人と一匹の顔を見ると全員、健闘を祈ると拳を握って見せたので私は眉を寄せてやった。
ヴィル先輩の後ろに追いつくと、ヴィル先輩は私に振り向かないまま口を開いた。
「撮影所、アンタ興味あるって前に言ってたわよね。これから化粧品のCMを撮るからついでだしアンタも連れて行ってあげるわ」
私は言葉を失う。そんなことを言った覚えが全くない。しかしヴィル先輩は私の考えなどお見通しのようでさらに続けた。
「言った覚えがなくても構わないわ。とにかく、おとなしくアタシについて来ればいいの」
それはヴィル先輩に何のメリットがあるのだろう。と思いつつも相手は先輩だし、人気俳優やポムフィオーレ寮長という忙しい立場の中わざわざ私を迎えに来たことには変わりはない。
「それじゃあ、お言葉に甘えます。今日は、よろしくお願いいたします」
「素直でよろしい」
私の返事を聞いたヴィル先輩が、前を向いたままだけど満足気な表情だということは声で分かった。それからヴィル先輩は学園の校門の前に待たせてある自身のマネージャーの車に私と一緒に乗り込んだのだった。
撮影所に到着するとカードケースに入れた入館証を私は首から下げた。着いて早々、ヴィル先輩は慣れた様子で私を連れたまま自身の控室に入り変わるがわるスタイリストさんやメイクさんにヘアメイクさんによって準備を始める。手持ち無沙汰の私の様子に気づいたヴィル先輩は控室のテーブルの上にある雑誌を示した。
「それ読んで待っていなさい」
「ありがとうございます」
言われた通り雑誌を手に取りながらぱらぱらとページを捲る。完全に私場違いじゃんと叫びたいが我慢。ふと、ページを捲る手を止める。中に挟まれたメモを手に取ろうとしたけどやめた。ハッとした私は顔を上げてヴィル先輩を見る。鏡越しに私の視線に気づいたヴィル先輩は心底悪い顔をした。
「なーに?お手洗いなら出て右の奥よ」
私はヴィル先輩以外に気づかれないようにメモを取りすっと服のポケットにしまう。
「行ってきます」
「撮影開始時刻にはここに戻って来なさい。いいわね?」
ヴィル先輩は時計を指で示す。それを聞いた私はちゃんと返事をしてから控室から出て行った。
ヴィル先輩に言われた通り、控室を出て右の奥を進むとAスタジオと記された大きな扉があった。森の中で待っています。とメモに書かれた内容を思い出すが残念ながらこの施設どころか周辺にも森は一切ない。しかし、ヴィル先輩は間違いなくこのAスタジオのことを言ったと思う。私は周りの様子を窺う。それからもう一度Aスタジオの扉を見る。すると扉の横にスケジュールが書かれたボードの存在に気がついた。本日のこの時間帯はAスタジオでの撮影予定は記載されていない。それならば、と私は再度周囲を見回してから扉に手をかける。鍵はかかっていないらしくキィと簡単に扉は開いた。
その瞬間、中から伸びてきた色白の手が私の手首を掴む。驚く間もなく私の身体は扉の向こう側に引っ張られ、がしゃんと閉まった。立て続けに私の手首を掴んだ人物は私の唇に自らの人差し指を当てる。にっこりと笑う彼の姿に私は思わず眉を寄せた。
「バレたらどうするんですか」
「その時はヴィーくんも共犯だから一緒に怒られるよ」
心底楽しそうに笑うネージュくんの姿に私は困惑しつつも頬が緩む。凄く久々に会ったネージュくんの姿に心臓がどきどきとうるさい。ネージュくんは私から距離を取ってから行こうと声をかけた。と、言われても、引っ張り込まれてしまったAスタジオ内は薄暗く、撮影機材でも踏んでしまえば大変だ。
「そうだよね。うっかりしちゃった」
ネージュくんはああと思い出したように自分の足元に置いてあったランタンを持ち上げる。スイッチを押すとまるで本物の炎のようにゆらゆらと灯りがついた。そのおかげで周囲の様子が分かるようになった。足元は草木で覆われ、天井も隠すように木々で埋め尽くされている。まさにこの場所は森の中だった。
「それじゃあ、バレないうちに行こうか」
ネージュくんがランタンを持ったまま先を歩く。私は足元に気をつけながらその背中を追いかけた。
僅かな灯りを頼りに何処を見ても森の中にしか見えないAスタジオの内部に私はきょろきょろと視線を彷徨わせるしかなかった。それに気づいたネージュくんは相変わらず楽しそうに笑っている。
「魔法道具も使っているから本物みたいでしょう?僕も最初に見た時驚いたよ」
Aスタジオ内の一角に作られた休憩スペースまで行き、そこにあった長椅子にネージュくんは私に座るよう促す。私が長椅子に座ったのを確認してから自身も隣に座り、ランタンも椅子の上に置いた。
「鳥の囀りも川のせせらぎもないのに、いつか聞こえてくる気がします」
感想を述べつつも私は隣にいるネージュくんに向き直る。そろそろ本題に入らないと時間がなくなる。
「忘れ物を届けたい。って、メモに書いてありましたけど」
忘れ物を届けたいので、森の中で待っています。ヴィル先輩から渡されたネージュくん筆跡のメモには、そう記されていた。しかし、私は忘れ物をした覚えはないし、ましてやネージュくんと会ったことなんぞほんの数回しかない。
「うん。そうだよ。正確に言うと、僕が渡し損ねただけなんだけどね」
ネージュくんはポケット中からかわいらしい小さなジュエリーケースを取り出す。ネージュくんの肌みたいに真っ白く、自身の唇のように赤いリボンが飾られたそれを開けると中から白い貝殻をモチーフにしたデザインのイヤリングを取り出した。失礼、と一言断ってからネージュくんは私の両耳にイヤリングをつける。至近距離でじっと見つめてからネージュくんは頬を染めて歯に噛んだ。
「かわいい。よく似合っているよ」
私はもうと思いつつも頬に熱を持つのが止められない。そんな私の表情ですら愛おしいと言わんばかりにネージュくんは幸せそうに頬が緩んだままだ。
「次に会う時は、そのイヤリングをつけた姿を僕に見せてね」
ネージュくんの色白の骨張った手が私の頬を滑る。私はその手に自分の手を重ねながら頷いたのだった。
ネージュくんとまた会う日を約束してからそーっとAスタジオから出てヴィル先輩の控室に戻る。時間はヴィル先輩の撮影開始の15分前だった。
「ちゃんと戻って来たから安心したわ。それに、忘れ物とやらも受け取ったようだし」
私が控室に入るとヴィル先輩は美しい顔を引き締めて私を待っていた。ヴィル先輩の視線は私の耳に飾る白い貝殻のイヤリングに向いている。室内にはスタイリストさん達もマネージャーもいない。
「ありがとうございました」
ヴィル先輩しかいないので礼を述べると、ヴィル先輩が表情を変えずに返した。
「別に構わないわ。ネージュに借りを作ってあげただけだから」
私の頬がぴくりと反応する。まさか、ネージュくんに不利になる借りじゃないといいけれど。その不安に気づいたヴィル先輩が深く息を吐いた。
「ネージュにいびり役の仕事が来たら、いびられ役にアタシを推薦する約束をしただけよ。だからそのあからさまにネージュのことを心配する顔をやめなさい」
ヴィル先輩の言葉に思わずホッとするけれど、ヴィル先輩がいびられ役だなんて絶対に似合わないし何かのギャグかドッキリと勘違いされそうだ。一方ヴィル先輩がじっと私を見つめた。ヴィル先輩は時計の針を気にしながら長い腕を組んでみせる。
「さて。このアタシを使ったのだから吐いてもらうわ。アンタ達、いつからのご関係かしら?」
やっぱり聞かれるのかと思った。でも、ネージュくんが慕っているヴィル先輩になら話してもいいかもしれない。というか、ヴィル先輩にはいつか言わなければと思っていたくらいだし。
「入学してからずいぶんと経った頃にスタントマンが足りないと無理やりヴィル先輩に映画の撮影に連れ出されたことがありまして」
私の話を聞いたヴィル先輩が綺麗な顔を大層歪ませる。
「それってネージュのスタントマンの代役にアンタを連れて行ったやつよね。本当にすっごく前からじゃないの。大した役者だわ、アンタ達。お互いに顔を合わせても全く知らない雰囲気だったし。今回ネージュにお願いされるまで気がつかなかったわ」
「ネージュくんの立場もありましたから」
「色々と気にはなるけれど、長くなりそうだから話を聞くのは撮影が終わってからにするわね」
そう言って、ヴィル先輩は頬を緩ませた。それから、美しき女王様は満更でもなさそうに口を開いたのだった。
「たまになら、キューピッドになってやるのも悪くないわね」
2022.10.01
森の中|女監督生受け版ワンドロワンライ