
Bookso beautiful yet terrific.
昨夜はオンラインゲームのイベントに精を出していたせいで徹夜だった。しかし、一限目はバルガス先生の飛行術のせいでタブレットで授業に参加というわけにはいかない。僕は眠気と戦いながら自分の箒を持って仕方なく運動場へ向かっている。ちょうどその時だった。
危ない!!!と誰かが騒ぐ声がいくつも聞こえるのでうるさいなあと思いながらそちらを見る。すると物凄い勢いでフリスビーが僕に襲いかかろうとしていた。僕は箒を落としながら頭を抱えて咄嗟にしゃがむ。だけど、魔法がかかったフリスビーは僕にぶつかる気満々らしく急降下した。こっちに来る!?と僕は目をぎゅっと閉じる。そうだ、魔法で弾き返してやればとようやく頭を働かせた時だ。
僕の側に転がる箒をすっと拾った人物の気配に僕は瞼を開けてそちらを見る。僕の箒を逆さまに両手で握った監督生氏はとんでくるフリスビーに向かって箒をスイングした。カキーン!と良い音を立てて打ち返されたフリスビーは何処かへ消えていく。その一部始終を見ていたギャラリーは、ナイスホームラン!!!と叫んだ。
「大丈夫ですか?」
監督生氏は僕と同じ目線の高さにしゃがみ、表情を変えることなく僕の様子を窺う。
「うん。平気。その、ありがとう」
「どういたしまして」
にこりと笑った監督生氏は僕に箒を手渡してから先に立ち上がる。だけど、何かを思い出したように再びしゃがんだ監督生氏は僕の顔を覗き込んだ。
「顔色悪いですね。無理はなさらないでください。オルトくんも私も心配しますよ」
さらりと言われた言葉に僕は頬と髪の先が赤くなる。だけどすぐに、それが単に社交辞令の言葉だということに気がついた。
だから僕は目の前で再び立ち上がり僕に背を向けて歩き去ろうとする背中を追いかけて僕は後ろから監督生氏を抱きしめる。どうせ、優しさに満ちた声も表情も僕以外の誰かにも向けていることなんぞ分かっていた。
「もっと、僕だけを見てくれればいいのに」
恋人でも何でもない男からの剥き出しの独占欲を聞かされた監督生氏は特に否定も肯定もなかった。代わりに、僕よりも華奢な手が後ろにぴったりとくっつく僕の背中から足を弄り、次の瞬間には僕の身体が宙に浮いていた。
もう。と、言いながら監督生氏が僕を自らの背中におんぶしながら歩き出す。状況が飲み込めず固まる僕に監督生氏は極普通に話しかけてきた。
「イデア先輩、箒ちゃんと持ってます?」
「あ。落としました」
「私、流石に箒も持てませんよ」
一度立ち止まった監督生氏は足元に転がる僕の箒に手を伸ばして僕に押しつける。僕が箒を受け取ったのを確認してから監督生氏は僕をおんぶし直し再び歩き出した。というか、女の子におんぶされるってご褒美なのか公開処刑なのか混乱する。それに、めちゃくちゃ周りの視線が痛いのですが!?
「イデアお兄ちゃんは甘えん坊で困りますね」
相変わらずなんてことないように話す監督生氏の声を細い背中越しに聞きながら僕はしがみつくのをやめない。
「ここここれ!?どどどど何処へ向かってるの!?」
「え?保健室ですが」
「いや、なんで!?」
「体調悪いからって私に抱きついてきたのはイデア先輩ですよ。だから、そのせいで私が授業に遅れてしまったら先生に口添えしてくださいね」
別に僕は監督生氏におんぶして欲しくて後ろから抱きしめたわけではない。それでも、今だけは監督生氏を独り占めできるという誘惑に負けて自分より遥かに小さい身体に縋りついた。
「拙者の妹は、頼もしいですな」
本当に、監督生氏が妹だったらいいのに。その言葉を飲み込んでぎゅっと瞼を閉じた。
彼女が僕達と兄弟なら、オルトと取り合わずに済んだのに。
−−−−−−−−−−
兄さんをおんぶして歩く監督生さんの姿を遠くから見つけた。僕は思わず目を見開いたままその場から動けなくなる。何があったのか分からないけれど兄さんが心配。その気持ちは嘘ではない。だけど、それと同じくらい、監督生さんと密着する兄さんが羨ましいという思いが胸の内に纏わりついた。
保健室から一人で出てきた監督生さんの姿を遠くからふよふよと追いついて声をかける。たった今あったね!と言わんばかりの僕に対し監督生さんは何の疑いも持たず頬を緩めてみせた。
「イデア先輩なら保健室のベッド借りるってさ。顔色悪かったからお見舞いに行ってあげてね」
「ありがとう、監督生さん」
それじゃあと踵を返し足早に去って行く背中を僕はまた追いかける。監督生さんは制服のポケットの中からスマホを取り出し画面を見ては眉を寄せ、再びスマホをポケットの中にしまった。
「兄さんのせいだよね。監督生さん、授業間に合わないでしょう?」
「私が勝手にやったことだからいいの。でもまあ、正直に言うと先生に怒られるのは嫌だけど」
監督生さんが苦笑いした瞬間、廊下にチャイムの音が鳴り響く。それを聞いた監督生さんは、あーあと声に出した。この瞬間、監督生さんが授業に間に合わないことが確定する。だから僕は、開き直るように監督生さんを呼んだ。
「ねえ、監督生さん」
僕に向き直る監督生さんに向かって僕は両手を伸ばして監督生さんの身体を抱きしめる。残念ながらこの小さな身体ではお姉さんに悪戯にじゃれる弟にしか見えない。しかも、監督生さんの胸にぼふんと僕の顔が埋まるが仕方ないだろう。
うーんと首を捻ってから監督生さんは僕の頭を撫でる。残念ながら監督生さんの心音が特に乱れることはない。
「兄弟揃ってそういう日なの?」
監督生さんは照れるわけでもなくましてや怒るわけでもなく笑って僕の背中と膝裏辺りに触れて僕の身体を抱き上げる。それから僕の背中をぽんぽんと優しく撫でた。
「しょうがないなあ。お姉ちゃんがお兄ちゃんのところへ送ってあげるね」
僕を抱っこしたまま保健室に足を向ける監督生さんの首に僕は甘えるように両腕を回す。
本当は弟扱いしてほしいわけじゃない。それでも、監督生さんのことを今だけでも独り占めできるならあざとさだろうが何だろうが利用してやろうと思う。
「僕ね。監督生さんのこと、大好きだよ」
兄さんよりもずっと素直に想いを口にした。監督生さんの首に回した腕に優しくぎゅうっと力を込める。幼い子供みたいにぐりぐりと頭を押しつけた。
「甘えん坊だなあ」
監督生さんの呆れたような笑い声が心地良くて瞼を閉じる。
ねえ、監督生さん。兄さんと僕、どっちに抱きしめられるとどきどきする?
そんなことを聞く度胸なんぞ僕にはない。僕はまだ、兄さんと彼女と僕との、偽物の三人兄弟の関係に浸り続けるつもりだから。
2022.10.03