
Bookso beautiful yet terrific.
監督生は困惑していた。その様子を遠巻きにクラスメイト達が見守っている。
いつもなら監督生にはマブ二人組と魔獣の親分が傍にいるのに、放課後になった瞬間二人と一匹はそれぞれ部活に行ったり先生の元へ行ったりで監督生は一人その場に残された。そのことに関しては監督生は特に気にすることなく二人と一匹を見送り、それから少しの間だけクラスメイト達とお喋りに興じていた。
しかし、そこに現れたのはオクタヴィネル寮長アズール・アーシェングロットだった。クラスメイト達と和やかにお喋りしていた監督生の元へずんずんとやって来てはいつもの自信に満ちた態度で腕を組み監督生の目の前に立ってみせる。勿論、監督生と一緒に楽しくお喋りしていたクラスメイト達を眼光鋭く睨みつけては蹴散らすことも忘れない。そのせいで、今現在、監督生は自分のクラスだというのにアズールを前にして萎縮しているのだった。
「監督生さん。今週末、モストロ・ラウンジにてスペシャル企画を催す予定なんです。題して、海の世界へ恋して、です。水槽の中の世界に広がる美しい海の生き物達の踊りをぜひ楽しんでいただければと。それに、当日のメニューはこちらも海に因んでシーフードをふんだんに使ったものをご用意いたします。そこで、監督生さんにはぜひご来店いただき、このスペシャル企画についてのご意見ご感想を仰ってくださればと思いまして。具体的には、よく学園長にさせられる記録係と同じことをしてくれれば良いのです。勿論、タダ働きとは言いません。監督生さんがお越しくださったあかつきにはどんなメニューもお好きなだけお召し上がりください。この僕がたっぷりとおもてなしいたしますので」
アズールはそのよく回る口を動かしてはぺらぺらとトークを披露する。その様子に、監督生のクラスメイトの一人であるオクタヴィネル寮生は呆れた。要するに、である。週末にモストロ・ラウンジに来て僕と一緒にお食事でもいかがですか?というお誘いなのだ。
オクタヴィネル寮生は勇気を振り絞ってからアズールに近づき小声で話す。
「アーシェングロット寮長。セールストークじゃなくもうちょっとかわいらしくお誘いした方がよろしいかと思いますが。これじゃあ曰く付きの危ない勧誘にしか聞こえませんよ」
アズールが固まる。当然、アズール本人にはこのセールストークが監督生に対する精一杯の求愛行動なのでオクタヴィネル寮生の指摘は寝耳に水だった。
「監督生、ちょうどよかった。君に話がある」
何とも言えない空気が漂う1-Aの教室にまたしてもとんでもない人物が現れた。ハーツラビュル寮長リドル・ローズハートだ。リドルはアズールが自身に向かって眼鏡の奥の瞳を鋭く細めていることなんぞ全く気がつかずかつかつと監督生の側に行く。監督生は前と後ろに二人の寮長に挟まれる立ち位置になってしまいさらに困惑した。
「今週末、予定はあるかい?なければ、ボクと一緒に食事でもどうかと思って。勿論、無理にとは言わないよ」
さらりと食事の誘いを口にするリドルの姿にアズールは絶句する。一方、監督生は事態が飲み込めず逡巡しながらもリドルに対して口を開いた。
「なんでもない日のパーティー、ですか?」
「パーティーではないよ。ただ、ボクが君と一緒に過ごしたくて誘ったんだ。ダメ、かな?」
監督生の質問にあっさりと答えたリドルは爆弾まで投下してくれる。僅かに不安そうに小首を傾げる姿に監督生の表情から困惑を変えた。というか、リドルの真っ直ぐな物言いに監督生の頬が僅かに染まっている。それが原因でアズールの肩がわなわなと震え出す。このままだとアズールがウギりそうだ。それに気づいた監督生のクラスメイトの一人であるハーツラビュル寮生は急いでリドルに近づき小声で話した。
「実は、アーシェングロット先輩がローズハート寮長よりも先に教室にやって来て、監督生に週末のお誘いをしていたところなんです」
「アズールが?」
ハーツラビュル寮生の言葉にリドルは数回瞬きした。それから申し訳なさそうにしながらアズールに向かって口を開いた。
「アズール。知らなかったとはいえ、横から割り込んですまない。ところで、アズールの誘いというのは週末どちらの話だい?」
「は?」
「週末というのは土曜日と日曜日両方ある。そのどちらに監督生を誘っているのかと聞いているのだけど」
申し訳なさそうな態度とは一転、気がつけばリドルはいつもの調子でアズールに尋ねる。アズールは良く回る口が機能しないまま言葉だけを吐き出した。
「モストロ・ラウンジのスペシャル企画なら、どちらも開催しておりますが」
「では、こうしよう」
硬直するアズールを無視し、リドルは一つの案を監督生に向かって話す。
「先にアズールが誘ったのだから、土曜日はモストロ・ラウンジに行こう。そして、日曜日はボクと一緒に食事に行く。君の都合にもよるけど、どうだい?」
監督生はアズールとリドルを交互に見る。それからおずおずと口を開いた。
「お二人が、それでよろしいのでしたら」
「では、決まりだね」
勝手に話を進めるリドルに対しアズールは内心かなり不満ではあるが表情に出さないようにする。リドルのペースに流されてたまるかとアズールはいつもの自信満々の態度を取り戻した。
「では、土曜日。午前10時にはご来店ください。心より、お待ちしております」
「分かった。それじゃあボクは9時半にはオンボロ寮に迎えに行くよ」
アズールだけではなく、成り行きを見守っていた一同は固まった。監督生は逡巡してからリドルに問う。
「リドル先輩、モストロ・ラウンジに一緒に来てくださるのですか?」
「ボクは最初からそのつもりだったけれど、嫌だった?」
「そういうわけでは。リドル先輩がお忙しい立場なのを存じておりますので、週末二日間もお時間取らせてもよろしいのかなと思って」
「ボクは少しでも長く君と一緒に過ごしたいんだ。だから君は、週末どちらも、ただ笑ってボクとお話してくれればそれでいい」
そう言ったリドルが目を細めた。監督生はぼっと顔を赤く染める。当然、1-Aの面々もリドルの真っ直ぐすぎる想いに赤面した。
「ちょっと待ってください!?その話だと不公平じゃないですか!?監督生さんは週末ずっとリドルさんとデートすることになるんですよ!?僕は絶対に認めませんし許しません!!!監督生さんと週末ずっとデートするのはこの僕です!!!リドルさんには渡さない!!!」
叫ぶように言ってから、アズールは何を口走ったのか気づき顔を真っ赤に染めた。監督生は目をぱちぱちと瞬きする。一拍置き、アズールに言われた意味を理解した監督生の顔が茹蛸状態になった。一方、リドルも顔を赤くする。
「ボク、監督生のことをデートに誘っていたのか」
え?今更?とツッコミを入れたのはアズールだけではない。思わぬ事態に監督生はさらに顔を赤くしたまま困惑し立ち尽くす。
そのそれぞれの姿を眺めながらオクタヴィネル寮生もハーツラビュル寮生も深々と溜息を吐いた。うちの寮長の恋の行方、どうなるの?と思いながら。
2022.10.05