Bookso beautiful yet terrific.

 日本から一歩外に出た八九にとって、それは茨の道だった。元世界帝軍の貴銃士という存在は明らかに悪目立ちする。先の革命戦争の舞台から遠く離れた日本では八九に対する態度は好意的だったけれど、当時の世界帝府に苦しめられた世界中の人々にとって八九の存在には思うところがある。
 だから、八九は考えた。
 もしも自分が貴銃士の姿を解きただの銃に戻ったら、誰にも見つからず二度と再召銃されないよう何処か暗い海の底へ捨ててほしい。間違いなんぞ決して起さないで。どうか、あの人の手にだけはこの銃を渡さないでくれ。
 八九の切なる願いは紆余曲折あって前マスターである葛城から引き継いだ士官候補生の現マスターに届けられた。マスターは八九の願いに答えを出さず葛藤を続けていた。
 八九が貴銃士としての姿を解くことになるまで、ずっと。


 桜國泰澄の歳の離れた妹であるお嬢様は一挺のアサルトライフルを前にして表情を変えることはなかった。この銃のマスターだった士官候補生はお嬢様に深々と頭を下げてから応接間から退室する。士官候補生に声をかけた後、その場に一人残されたお嬢様がゆっくりと瞼を伏せる。

「あとは、お任せいたします。八九を、どうぞよろしくお願いいたします」

布に丁寧に包まれた銃をお嬢様に差し出してから士官候補生が告げた言葉が脳裏に過ぎる。それともう一つ、士官候補生から聞かされた八九の願いも。
 お嬢様は瞼を開けた。布から取り出たアサルトライフルをようやく手に取る。

「あなたの願いなんぞ、クソ食らえってやつですわ。わたくしのこと、ずいぶんと見縊ってくれましたのね」

言葉とは裏腹に、アサルトライフルを撫でる手つきはとても優しかった。


 八九が目を覚ますとそこは見慣れた桜國家の屋敷の一室だった。再び召銃された事実に気がついた八九は慌てて新たなマスターの姿を探す。しかし、室内には既にマスターの姿がなかった。

「なんでだよ」

八九は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。曰く付きの自分が桜國家にあるのは厄介だ。いつか、絶対に足を引っ張る存在になる。
 俺は桜國家と日本が大好きだ。世界中から指を差される存在になってほしくない。そして、あの人の行く末を悲しく暗いものにしたくはなかった。
 だから、八九は嫌だったのだ。自分が召銃されることによって自分が大好きな人達の立場を悪くするのだから。

「ごきげんよう、八九。気分はいかがかしら?」

 八九が声の主を見ると、そこには部屋に入ってきたお嬢様が立っていた。右手には薔薇の傷がある。桜國家の財力なら高価で希少なアリノニウムの結晶を手に入れることが可能なのは分かっていた。

「なんでお嬢様が?なんで、なんで、なんで、」

葛城がマスターだった頃のように日本にアウトレイジャーが出没しないわけではない。士官候補生がマスターだった頃のように、薔薇の傷を手当できる古銃はいない。このお嬢様の側には、持ち主の命を蝕む現代銃しかいない。

「俺はあんたを傷つけることしかできない。俺は、あんたを苦しめたくない。殺したくないんだよ!!!」

 しゃがみ込んで頭を抱えたままでいる八九の側にすっとお嬢様が膝をつく。それから手を伸ばし、八九の肩を軽く叩いた。

「言いたいことはそれだけ?」

八九が顔を上げるとお嬢様は笑う。お嬢様は八九の肩から手を離し、さっと立ち上がった。

「さて、これからはわたくしのためにびしばしと働いてもらいますわ。ぐずぐずしていると置いて行きますわよ」

いつもの高飛車の口調のくせに、お嬢様の表情は柔らかい。八九は立ち上がってお嬢様を見る。お嬢様の右手に宿る痛々しい薔薇の傷につい視線を向ける。しかし、お嬢様はそれすらも許してくれなかった。

「くだらないことを考えていないでわたくしのために励みなさい。いいですわね?」

揺るぎない意志が宿るお嬢様の瞳に八九は射抜かれる。八九は考える。お嬢様は何故俺を召銃したのだろうか、と。

「俺なんかで、いいのか?」

「あなたがいないと、つまらないのよ」

間髪入れずに答えたお嬢様に八九は瞼を伏せる。だけど、すぐに瞼を開けてお嬢様を見た。それからお嬢様の右手を両手でぎゅっと握る。

「これからは俺が。いや、これからも俺が、お嬢様の側にいて、お守りいたします」

握りしめたお嬢様の右手を自らの額に当てる。その八九の姿をお嬢様は満足気な顔で見ていた。

「八九の活躍を、期待しておりますわ」

 ところで、とお嬢様の手が八九の手の間からすっと離れる。自らの両手の行き場を失った八九はとりあえず手を降ろす。それと同じタイミングで部屋の扉が開いた。

「何か勘違いしているようだけど、わたくしの貴銃士になったのはあなただけじゃないのよ」

は?と思いながら八九は立ち尽くす。扉の向こうから顔を出した見飽きた二人組に八九はあからさまに顔を顰めた。

「八九、起きるのが遅い。在坂は腹が減った。早くオムライスが食べたい」

「在坂を待たせるとは良い度胸をしておるのう。ワシが根性を鍛え直してやろうか?ん?」

八九は恐る恐るお嬢様を見る。お嬢様はなんてことないように言ったのだった。

「在坂も邑田も元は自衛軍が召銃した銃だからと兄上に引き取ってもらうようお強請りしましたの。これからも、あの頃のようにみんな一緒ですわ」

 八九の肩の力が抜ける。これからも変わらずに二挺の先輩銃とお嬢様に振り回されるのかと思うと八九の頭が痛い。
 だけど、その横顔は何処となく幸せそうだった。

2022.10.05