
Bookso beautiful yet terrific.
監督生のスマホにトレイからメッセージが入っていた。放課後、ハーツラビュル寮で待ってるので来てくれないか?という内容を確認した監督生は言われた通りにトレイを訪ねてハーツラビュル寮へやって来た。
「来てくれて嬉しいよ。こっちだ」
監督生がハーツラビュル寮にやって来ると薔薇の迷路の入口で既にトレイが待っていた。監督生はトレイに案内されるままついていく。薔薇の迷路を抜けた先にある庭園にはこじんまりとしたテーブルと椅子があり、そのテーブルの上にはティーセットが置かれていた。
「実はケーキを作り過ぎちゃってな。知り合いに配って歩いてはみたがそれでも捌き切れなくて。監督生も食べるのを手伝ってくれないか?」
困り顔で笑うトレイの姿に監督生はトレイがそう言うならと遠慮せずに食べることにした。
「分かりました。いただきます」
「助かるよ。それじゃあ、早速座ってくれ」
トレイに促されて椅子に座るとテーブルの上には切り分けられたいくつかの種類のケーキが用意されていた。モンブランケーキに、いちごのタルトに、レアチーズケーキに、ベリーのムースケーキ。あげれば切りがない。というか、どう考えても監督生とトレイの二人で食べ切る量ではないだろう。
「こんなに作るの、大変でしたよね」
「実はぼーっとしながら作ってたからよく覚えてないんだ。気がついた時には厨房の中が完成したケーキで溢れていて」
さらりとトレイは言うが、普通ぼーっとしながらケーキは作れません。そう思いつつも監督生はそれには触れず数あるケーキの中からベリーのムースケーキを選んでフォークを手にした。
「それじゃあ、いただきます」
監督生がトレイにちゃんと伝えてからケーキに向き直る。赤いジュレが輝くベリーのムースケーキはまさに赤い宝石のように艶やかだ。相変わらず本家職人顔負けのトレイの腕前に凄いとしか言葉が出てこない。
監督生がムースケーキを一口食べる姿をトレイは椅子に座りながら満足気に見つめている。監督生は頬を緩めて幸せだと言わんばかりの表情を浮かべては続けてフォークで掬ってムースケーキを食べ進めた。
そんな穏やかな時間が、宙にいくつか黒い羽根が舞ったことでぶち壊される。
「お邪魔しますよ!!!」
何もない所からぱっと現れたクロウリーの姿にトレイは目を見開き、監督生も驚きに言葉を失った。
「おや?二人ともゴーストでも見る顔をしてどうしました?」
二人が何故驚いているのか理解していない張本人は首を傾げる。
「学園長こそ、どうされましたか?」
トレイが尋ね返すがクロウリーの耳には入っていない。クロウリーは監督生の側に行き、監督生のフォークを持つ手を掴み、そのままベリーのムースケーキを掬って自らの口に入れた。それまでの所要時間、僅か数秒である。
「これはとってもおいしいですねえ。流石は学園内でも評判のクローバーくんお手製のケーキです。一度食べたら病みつきになりますね」
そう言ったクロウリーは監督生の手を動かしてさらにムースケーキを食べ進める。あまりにも突然のことに呆気に取られる監督生の姿に気がついたクロウリーは監督生の手をぱっと離した。
「これは失礼しました。おいしそうなケーキを前にしたらつい。あ、監督生くん」
装飾というか飾りの爪というかを施したクロウリーの指がすっと伸びてきて監督生の唇を拭う。その自身の指をぺろりと舐めたクロウリーが仮面の下で笑みを形作った。
「唇にムースがついていましたので取ってあげましたよ。私、優しいので」
え?と監督生が思う間もなくクロウリーは何かを思い出したように口を開ける。
「ああ大変もうこんな時間。私、これから来客の予定がありますのでお先に失礼しますね。クローバーくん、ごちそうさまでした」
忙しい忙しいと言ってのけてからクロウリーの姿がパッと消える。ひらひらと宙を舞う黒い羽根だけが残されていた。
一拍置き、クロウリーに何をされたのか理解した監督生の顔がぼっと赤くなる。一連の流れを呆然と見つめていたトレイはようやく我に返り、それから太く長い溜息を吐き出したのだった。
2022.10.21