
Bookso beautiful yet terrific.
麓の街にあるアンティークショップの扉を開けて中に入ると同時に、カランコロンと鈴の音色が耳に入った。店内に足を運ぶと、店の中には所狭しと磁気食器や時計などが並んでいる。さらに奥に進むといくつかのオルゴールが棚に並んでいた。バレリーナが踊る姿に、人魚が歌う姿、天使がラッパを吹く姿など。どれも精巧な作りに魅入ってしまう。
ふと、掌サイズの小箱が目に入る。小箱には南京錠がかかっていた。思わず小箱を手に取ると、側面には海をモチーフにしているのか、貝殻や波など細かく描かれている。手触りからして、磁気食器と同じ素材を用いている物だろう。
かわいいデザインだなあ。単純にそう思っただけだった。南京錠がかかっているが鍵が一緒にはないのでもしかしたら売り物ではないのかもしれない。だから、その例の小箱を元の棚に戻そうとした時だった。
「それ、鍵を無くしちゃったから開かないけれど。お嬢さんが気に入ったなら貰ってくれる?」
人の良さそうな店主の声に私は思わず悩む。正直、鍵を無くした使い道のない小箱を貰っても困る。とはいえ、デザインだけはとてもかわいい。
「よろしいんですか?」
「うちにあっても困るから」
店主が苦笑いを浮かべた。私はまだ手の中に残る小箱をじっと見つめる。自室の飾りに使えばいいかと思い、ありがたくいただくことにした。
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
タダで売り物だった物を貰うのも気が引けるので、私は店に訪れたついでにお洒落なデザインの掛け時計を購入することにした。
「それ。確か、オルゴールだったような気が」
お会計の際、店主が思い出したように口にする姿に私は思わず苦笑いを浮かべる。南京錠のかかったオルゴールだなんて、ずいぶんとセキュリティ厳重だなあと思った。
オンボロ寮に戻って来てから、購入した掛け時計は談話室に設置し、例の小箱は自室のベッドサイドにある小さなテーブルの上に置いた。残念ながら南京錠のせいで箱としてもオルゴールとしても機能はしないが、置物としては存在感がある。
次の日、そんなところに小箱を置いたことを後悔した。寝ぼけてベッドから出た拍子にテーブルの上にあった小箱を落としてしまい、そのまま吸い込まれるようにテーブルの下に置いてあった鞄の中に紛れた。それに気づかず、私は鞄を持って登校したのである。私が小箱の存在にようやく気がついたのは放課後になり、帰り支度をするために鞄を開けた時だった。
「割れなくてよかった」
思わず安堵して深々と溜息を吐いた。せっかくいただいたのに、磁気食器と同等の素材の小箱を無防備に鞄の中で揺られて割れたのなら最悪だ。帰ったら置く場所を別のところにしようと決めた。
そんなこんなで、私は鞄を持って教室を出る。いつもだったら一緒に下校するマブ達はそれぞれ部活へ行き、一方グリムはどういうわけかルーク先輩によってサイエンス部の活動に無理やり連れて行かれてしまったのだった。
一人廊下を進み、校舎を出る。下校中の生徒達で賑わうメインストリートを歩いていると、前方からずいぶんとお疲れの様子のアズール先輩が歩いて来た。
アズール先輩も私に気がついたらしく、歩く速度を早めてこちらに向かって来る。しかし、アズール先輩が不意に立ち止まる。額に手を当ててからその場に崩れ落ちそうになった。
咄嗟に鞄を地面に捨ててアズール先輩に向かって両手を伸ばすと、アズール先輩の身体が私の腕の中に倒れ込んで来た。
「大丈夫ですか!?すぐに、保健室に行かないと」
「い、いえ。ただの、立ち眩みですから」
アズール先輩の力のない声が返ってきた。私からそっと離れると、アズール先輩は私の足元に広がる鞄の中身達に手を伸ばした。
「ああ、中身が。汚れてないと良いのですが」
「砂くらいなら払えば平気ですので」
落とした拍子に鞄の中からぶちまけてしまった私の私物達をアズール先輩が嘆きながら拾っていく。アズール先輩が全て拾い切る前に、私は急いで手を動かして散乱している私物を拾う。鞄の中に乱雑にしまっている時、ふと、かちりと何かが開く音がした。
顔を上げると、アズール先輩の手の中にあるあの小箱の南京錠が開いて滑り落ちるところだった。同時に、重厚な小箱の蓋が開かれる。小箱の中からオルゴールが聴こえてきた。
「これは、」
アズール先輩が動き出した小箱の中のオルゴールを、驚きを露わにさせたまま凝視している。私はあーあと思いながらさっさと私物を全部しまって小箱を見た。
「落とした時に、南京錠が壊れてしまったんですね。せっかくいただいた物だったのですが」
「貰った?ちなみに、この鍵は?」
「鍵は無くしちゃったって、お店の方が仰ってました」
「お店?もしかして、麓の街にあるアンティークショップのことですか?」
「そうです。そのお店、アズール先輩もご存知だったんですね」
苦笑いを浮かべながら頷く私を見ないまま、アズール先輩が口を引き結ぶ。そういえばと、流れてくるオルゴールの曲に聴いた覚えがあった。確か、シューマン作の。
「女の愛と生涯の第1曲、あの人に出会ってから」
ぽつりと、アズール先輩が曲名を述べた。私は頷いてからアズール先輩の手の中にある小箱を見つめる。
「そうそう。その曲です。素敵な曲ですよねえ」
しかし、私の感想を聞いてもアズール先輩から反応がなかった。不思議に思ってアズール先輩の横顔を見るが、アズール先輩は相変わらず小箱を見つめたまま微動だにしない。色々とお忙しい立場の方だから、疲れているのだろう。
「アズール先輩。やっぱり、保健室に行きましょう。体調、悪そうです」
「このオルゴール。当然、監督生さんも触りましたよね?」
私の言葉を無視してアズール先輩が問いかけてくる。よく分からないが、とりあえず相手が先輩なので答えるしかない。
「はい」
「その時、南京錠はどうなりましたか?」
「かかったままですよ。先程も申しましたけど。そもそも、それの鍵は無くしたってお店の方も仰ってましたから」
「そうですか」
アズール先輩が私に小箱と南京錠を手渡してくるので素直に受け取る。その途端、不思議なことに小箱の蓋が閉じられ、南京錠も勝手に動いて元あった場所に戻った。かちりとしっかり閉じて。
「あれ?」
オルゴールの音色も消え、ただのお洒落な小箱に戻った姿を私はまじまじと見つめる。一方、アズール先輩は何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
「ご心配をおかけしました。僕は、先を急ぎますので失礼いたします」
アズール先輩にならって私も鞄を持って立ち上がる。だんまりを決め込んだ小箱もとりあえず鞄の中へしまった。
「アズール先輩。無理をなさらないでくださいね」
私の声に反応したらしくアズール先輩が私の顔をじっと見つめてくる。一拍置き、アズール先輩は深々と溜息を吐きながら眼鏡のフレームの位置を指で直した。
「そのオルゴール、不用意に持ち出さない方がいいですよ」
「え。ああ、気をつけます」
「良くも悪くも、そのオルゴールの持ち主のことをどう思っているのか知ってしまいますので」
それだけ言ってからさっさと歩き去って行くアズール先輩の後ろ姿を見送る。私はアズール先輩に言われた言葉に首を傾げつつも、とりあえず納得することにした。
「人間誰しも、踏み込まれたくない領域ってあるしね」
次からは気をつけようと思いながら私はアズール先輩に背を向けて帰路を歩く。そんな私の後ろ姿を、もう一度足を止めたアズール先輩が見つめていたなんぞ知らないまま。
「あなたが、鈍感でよかったです」
魔法使いの気まぐれに渡されたオルゴールの持ち主を見つめる人魚の横顔は、夕暮れに染められたようにほんのりと赤かった。
2022.11.05
小箱|女監督生受け版ワンドロワンライ