Bookso beautiful yet terrific.

 その日、イデアは運命の出会いをした。
 賢者の島にある麓の街で偶然にもイデアが推すアイドルの握手会が開催されたので、ファンとして当然イデアも一人早朝から長蛇の列に並んだ。その時、イデアの視界の端に数人の男に絡まれている女性を映した。

「やめてください!!!」

彼女が必死に男達に距離を取ろうとするが無理やり腕を掴まれ成す術もない。イデアと同じように長蛇の列に並ぶファン達も、行き交う人々も、そしてイデア自身も見て見ぬふりをした。しかし、である。
 何だかんだ言っても、困っている人を放っておけない優しい兄さんが僕は大好きだよ!
 ふと、頭の中に浮かんだかわいい天使(オルト)の声と笑顔にイデアは無理矢理足を動かすはめになった。

「嫌がってる女性にしつこく付き纏うとかどんだけ脳味噌空っぽなんですか?マジうける〜ってやつっすね。一度病院を受診することをお勧めしますわ」

勿論、イデアの煽りにキレた男達がイデアに向かって拳を振う。当のイデアは相手からの攻撃を避けることなく自身が開発した魔法道具からビームを繰り出してあっさりと勝利した。そのため、男達はお決まりの捨て台詞を吐いて逃げ出したのである。これには、一連の騒動を遠巻きに見ていたアイドルファンも通りすがりの人々も拍手喝采だ。

「あーあ。せっかく10番目に並んでいたのに、無駄になっちゃったすわ。拙者、何のために来たんだろう」

 ヒーロー扱いをされはしたが、残念ながら当の握手会が始まってしまい、イデアは再び最後尾からの並び直しになった。イデアは推しに会えるのがだいぶあとだと悟り、身体の底から吐き出すように溜息を吐いてしまう。

「ごめんなさい、私のせいで。何とお詫びしたら」

 そのイデアの側で、例の女性が顔面蒼白にしながら瞼を伏せた。イデアにしてみれば自分が勝手にやったことだしと思いつつ彼女に振り向く。そこで、イデアは息を呑んだ。
 上品な佇まいに彼女が只者ではないことを悟った。高級な生地のコートに、華奢な手首を飾る腕時計に、傷も汚れも一切ないハンドバッグ。それらは全て、高級ブランドの物だった。

「い、いいいや!拙者はべべべ別に!」

彼女が瞼を開ける。長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳がイデアと目が合った。イデアは雷に撃たれた。それほど、彼女が美しい女性だったのだ。
 これが、ネクラ侍ことイデアと、美しい女性シャネルさん(仮)との出会いだった。


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 握手会から帰宅した兄さんからシャネルさん(仮)との出会いを聞いた僕はうんうんと頷いた。勿論、話を聞いた僕は、流石兄さん!と思ったよ。
 それはいいのだけれど、困ったのは数日後のことだった。例のシャネルさんから、お礼の品物に腕時計(勿論CHANEL)が兄さん宛に届いたのである。それで兄さんがシャネルさんに腕時計のお礼をメッセージしたら、まさかのシャネルさんから返信が届いたのである。

「話は分かったよ。兄さんが推しの列に並ぶことを放棄して人助けしたことを僕は誇りに思う。それで、兄さんに感謝したシャネルさんから腕時計が届いたのも納得した。それまでは理解したよ。でもさあ、」

僕は思いっきり眉を寄せる。それから押しつけられた兄さんのタブレットを手にしながら大声で叫んだ。

「なんで僕にシャネルさんとのメッセージのやり取りさせるの!?兄さんのお友達でしょ!?」

「べべべべ別に拙者のおおおお友達とかそんなんじゃござらんし!!!ななななんかよく分からんがまた改めてお礼したいとかでたまたま連絡先を交換しただけでござる!!!」

当の兄さんは、シャネルさんからメッセージの返信が来てから自室のベッドの中に頭まで潜り込んでちっとも出て来てくれない。僕が何度も布団を引っぺ剥がそうとも兄さんは必死の抵抗するばかりだ。

「だいたい、シャネルさんはね。こちらこそ、先日はありがとうございましたって連絡してきただけだよ」

「知ってる」

「それだったら兄さんは、当然のことをしたまでなのでお気になさらずって返せばいいだけじゃん」

「そうしたらもう会話終了じゃん」

「え?シャネルさんともっと会話したいの?じゃあ、お茶に誘ったら?」

「そんな難易度高いの拙者には無理ゲーーー!!!」

ベッドの中で呻く兄さんに僕は溜息を吐いてやる。このままだと埒があかない。

「掲示板にも事の経緯を投稿してるじゃん。みんなから、ネクラ侍応援してます!健闘を祈る!玉砕しても骨は拾ってやる!我等が陰キャ界のヒーロー!ってコメント来てるよ。というか、何処かで見たことある展開なんだけど」

「拙者は電車男氏のようにエルメス氏にアタックなんぞできませぬゆえ」

相変わらず兄さんはベッドの中でもぞもぞしている。僕はうーんと首を捻った。だいたい、あの兄さんがシャネルさんと連絡先を交換したくらいなんだから、お近づきになりたいのは確実だ。

「もう。しょうがないなあ」

そう呟いた僕はタブレットに指を滑らせる。
 先日は君の役に立ててよかったです。ナイトレイブンカレッジの生徒として、困った人を助けるのは当たり前のことですからどうぞお気になさらないでください。それよりも、お怪我はなかったですか?
 送信。僕が息をつくと、すぐに返信が来る。宛先を確認するとやっぱりシャネルさんからだった。
 お気遣いありがとうございます。私はイデアさんが庇ってくださったのでおかげさまで無傷です。イデアさんの方こそ、勇敢に立ち向かっていただいたのでお怪我とかは大丈夫でしょうか?
 シャネルさん、めっちゃいいヒトじゃん。と思いながら僕はまた返信する。何度かメッセージのやり取りをしたあと、いよいよ展開が動いた。当然、僕の頬が緩む。それから未だに布団にくるまっている兄さんの元へ行き、タブレットをベッドの中に忍ばせた。

「それじゃあ!あとは頑張ってね!」

は?と言いながら兄さんはベッドの中でもぞもぞ動きながらタブレットを弄る。すぐに、がばっと兄さんはベッドの中から姿を現して僕に向かって叫んだ。

「なんでシャネルさんとデートする展開になってるわけえ!?ちょっとオルト!?どういうことか兄ちゃんに説明求む!!!って、オルトいないじゃん!?」

 僕は自室から聞こえてくる兄さんの叫び声に聞こえないふりをしながら寮から出てふよふよと散歩に向かうのだった。
 兄さんとシャネルさん、上手くいくといいなあ。と思いながら。

2022.11.19