バウムクーヘンに取り込まれたい

「直哉〜今日は何の日でしょう?」

朝一、学生寮から高専へ向かう道の最中、ばったり直哉に出くわした。ホワイトデーだし、とからかうように声を掛ける。声には出ていないけれど、直哉の顔にはあからさまに「うざい」と書かれていてこちらもつられて苦笑してしまう。バレンタインにチョコを渡したけれど、あれは義理って言って渡してしまったし、お返しは全く期待してはいなかった。


「今日?なんかあったっけ?」
「一か月前のバレンタインにチョコあげたよね?」
「貰ったかもしれんなぁ。たくさん貰ったから誰から貰ったかなんて覚えとらんわ」
「幼馴染から貰ったのも忘れるの?記憶障害?」
「ちゃうわ、どあほ」


ぺし、と少しだけ力を込めた手のひらでおでこを叩かれた。関西でいうところの突っ込みにあたる。あ、ここも京都だし関西か。どうでもいいけど。
私が直哉にあげたチョコは、本当は手作りだったし、そういう雰囲気だったら告白しようと思って用意していたものだった。だから、本気で忘れられていたらショックだな。好きなんて伝えられてないし、「誰からも貰えなかったらかわいそうだから」と言って渡したチョコだけど。でも、逆にそのくらいないがしろにされていた方が、きっぱり直哉のことを諦められるのかもしれない。この不毛な初恋を。


「も、もう春やな」
「は?なに急に」
「なまえのチョコって本命やったん?」
「……んなわけないでしょ」
「せやろな」


いつもは早足な直哉が今日はゆっくり歩いているのが、すごく不思議だった。けど、昔からの習慣でどうしても直哉の隣を歩けない私は、直哉の表情すら見ることも出来ず半歩後ろを歩く。小さい頃からずっと一緒にいるけど、この距離はずっと変わらない。これからも遠ざかることはあっても、近づくことはないのかもしれない。


「なぁ、なまえ」
「なに?」
「たくさんチョコ貰ったって言うたやろ?」
「あー言ってたね」
「けど、俺がお返し用意したんはお前だけやからな」


そう言うと、直哉は持っていた小さな紙袋を私に向かって放り投げた。落とさないように必死になってキャッチする。そんな私を置いて、直哉は急にいつもの速さで歩き始める。紙袋の中は有名なお店のバウムクーヘン。これって確か予約しないと買えないって、近所のおばちゃんが言ってたような気がする。


「直哉これ!ありがとう」
「一人で食うてせいぜい乳大きくせえや」


ひらひらと手を振って校舎に消えていく直哉。そんなこと言われたら期待しちゃうよ、私。乳育ててがんばっちゃうよ、来年は。直哉にちゃんと、「好き」って伝えたいから。