ブレスレットシンドローム

「なまえ〜これホワイトデーのお返し」

バレンタインデーにチョコをあげていない人物から、ホワイトデーのお返しという単語が飛び出し、びっくりしたわたしは食べていたパスタのフォークを床に落とした。隣に座っていた野薔薇が「なにやってんのよ」と言いながら、フォークを拾ってくれた。目の前にいる目隠しに全身黒ずくめの大男が、話しかけているのはもしかしたら自分ではないのかもしれない。そう思って周りを見回すけれど、小さなリボンの巻かれたギフトボックスはわたしの目の前に差し出されているし、五条悟もわたしの方を向いている。



「あの、わたし、あなたに、チョコ、あげてません」
「いや貰ったよ」


目隠しを下にずらして、五条悟はイケメンアピールをし始めたけれど、もうその顔は見慣れている。こっちだって五条家の人間だもの。そもそも、嫌いな人間にわたしがチョコをあげるわけもない。とうとう五条悟は性格だけではなく頭までおかしくなってしまったのかもしれない。


「本当に心当たりないんですけど」
「そう?棘と恵と悠仁とパンダと夜蛾学長と七海と伊地知にあげなかった?」
「は?」
「なまえが渡したのそれが全部だと思うんだけど」
「……確かにそうですけど」
「それを一つずつ貰ったよ」
「ちょっと意味が分からないです」


いつも会話のキャッチボールが出来ないとは思っていたけれど、ここまで話が通じないのは初めてだった。まるで宇宙人と会話をしているような気持ちになって、隣に座っている野薔薇に助けを求める。野薔薇はお手上げ状態のわたしの代わりに五条悟と会話をして、事情を把握し、通訳のようにわたしに説明してくれた。

つまり、五条悟はわたしがあげたチョコを丁寧に全員からひとつずつ回収し、それを以てして「なまえからチョコを貰った」と変換したらしい。脳内でサンドウィッチマンの伊達さんが「ちょっと何言ってるかわかんない」と言っているが、わたしも同じ気持ちだ。わたしの脳内の出来事なのだから当然っちゃー当然なんだけど。


「まぁ、これ受け取ってよ」
「いらないです」
「なんで?なまえのために選んだんだけど?」
「時限爆弾だったりしそうだし」
「なまえが要らないなら捨てちゃお〜っと」
「ちょっと!それはダメ」


もったいない精神というか、資源の無駄遣いはよくないというか。わたしの中の良心の呵責が働いてしまう。納得はいかないけど、「ありがとうございます」と告げてギフトボックスを受け取った。リボンを解いて、ラッピングを破れば、中から出てきたのはベルベットの生地で形作られたもの。



「ちょっとこれジュエリーボックスじゃないの?」
「ねぇ野薔薇。ちょっと本気で開けたくない」
「高いものなら売っぱらっちゃえばいいのよ」
「なるほど」


ニコニコしっぱなしのだらしない表情の五条悟は、野薔薇とわたしの目の前に座っている。まるでわたしが喜ぶものが中に入ってると言わんばかりに。わたしが一番欲しいのは絶縁状だって知ってんのかな、この人。



「ぶれすれっと?」
「ちょっとこれpt950ってかいてあるわよ!」
「……なんで?」
「なまえが僕のモノって証明したくてさ」


ぶっきらぼうに返事を返すことすら億劫になってしまうほどにはびっくりした。わたしとは思考回路が違うのだと、そう思うことで納得しようとしたけれど、それでもまだ疑問の余白がある。


「ありがとうございます?」
「なまえは昔からキラキラしたもの好きだもんね」
「そうなの?なまえ」
「え?あ、うん。そう、だけど」


ボックスの中に埋まっているブレスレットを腕につけて、ふと思い出す。小さい頃の夏祭りの思い出を。射的の景品のキラキラのブレスレットが欲しくて、一緒に行っていた五条悟に取ってと強請った。「めんどくせー」と言いながらも、一発でそれを取ってくれた五条悟のことを。

わたしにとってはもう思い出の中の出来事でしかない。そんな出来事をこの人は、覚えていてくれていたんだ。そう考えたら、ホワイトデーなんて些細なきっかけでしかなくて、もしかしたらわたしに、と考えて選んでくれたんだろう。分かりにくいけど、きっとそうなんだと思う。そう考えれば、全てに辻褄が合うような気がする。


「実はさー、それラブブレスレットで」


前言撤回。
やっぱりわたしには五条悟の考えていることは一生分からないと思う。