花束を君に

なまえにバレンタインにチョコを貰った。
チョコを貰うこと自体は初めてじゃない。中学生時代にも、所謂本命と呼ばれるものを貰ったこともある。けど、めんどくさかったからお返しなんてものをしたことはなかった。それで誰かに何かを言われたこともなかったし、それでいいと思っていた。

ただ、今回は違う。好きだと思ってる人間に、手作りのチョコを貰った。多分、本命。彼氏彼女の関係になりたいとかそういうのは抜きにしても、お返しはちゃんとしたいと思った。と言っても、今までお返しをするなんて考えたこともない人間がお返しをするというのは難題だ。ホワイトデーに。しかも好きな奴に。

とりあえず、情報を仕入れるところから始めようとスマホの検索窓に「ホワイトデー お返し」の文字を入力する。表示されるのは甘ったるそうな菓子ばかり。しかもそれぞれの菓子に意味があるらしい。めんどくさい。とスマホの電源ボタンを押そうとしたとき、後ろから伸びてきた手が俺の手の中のスマホを奪った。


「なに検索してんの?恵」
「…五条先生」
「あぁ、ホワイトデーのお返しか。誰にあげるの?なまえ?」


一番知られたくない人間に見られてしまった。五条先生は弱点見たりといったような表情で笑うと、俺の手の中にスマホを戻した。「だったらどうなんです?」と吹っ掛けられた喧嘩を買うように返した。すると、五条先生は俺の座っていた場所の隣に、足を投げ出して座った。座り方すら横柄なのはもう今更突っ込まない。


「実は僕もなまえに貰ったんだよね、チョコ」
「はぁ」
「本命だと思う?」
「……ありえないでしょう」


口ではありえない、と口にしたけど、可能性は0じゃない。そもそも俺が貰ったチョコが本命である可能性だって0かもしれない。こんな時に自分の中のネガティブ思考が仕事をし始める。


「もしかして自分が貰えたのが本命だって思ってたりしない?」
「悪いですか?」
「悪いって言ってないよ。成長したなと思っただけ〜」
「五条先生、相変わらずですね」


脳と口が直結しているかのように、悪態の言葉が口から零れ落ちる。こんなところで、五条先生と言い合いをしていても不毛なのに。無駄だ。こんなことを考えることも、五条先生の相手をしている時間も。


「なら、恵は自分が貰ったものが本命だって確信あるの?」
「ないです。だから聞いてきます」


売り言葉に買い言葉。普段なら軽くあしらえる言葉が、今日はどうして煩わしかった。なまえのことを知ったような口調で話されたからか、他に理由があったからかは定かではない。ただただ、自分が本命であると思いたかった。


なまえを探して歩いている。今の時間なら、ちょうどグラウンドに出てくるところだろう。迎えにいくべく玄関を目指す。遠くになまえの姿が見えた。隣に並んで虎杖が歩いていて、また本命は俺じゃないんじゃないかっていうマイナス思考に襲われた。

ふいに、なまえが何かにつまずいた。それを隣にいた虎杖が、抱きとめた。なんで、こういう時、隣に居るのは俺じゃないんだ。ほんの些細なことなのに、心臓を握りつぶされたような気持ちになる。


「恵〜!」
「良かったな、なまえ。じゃあまた後でな」


二人の姿を見て、動けないままでいると、いつの間にか目の前になまえと虎杖が立っていた。なまえだけが俺の元に留まり、虎杖は先にグラウンドに向かう。


「恵?どうしたの顔色悪いよ?」
「あぁ」
「もうすぐホワイトデーだね」
「あぁ、うん」
「……恵?本当に大丈夫?」


なまえの手のひらが心配そうに俺の頬に触れた。あったかい、俺より小さい手のひら。その手のひらに自分の手を重ねて「大丈夫だ」と告げた。例え、俺がなまえの本命じゃなくてもいい、そう思えた。本命じゃないなら、本命にさせてやると。やってやろうじゃないか。だって、俺はこの優しい手を他の誰かに渡したくないんだから。


「なまえ、一つ聞いてもいいか?」
「うん、なに?」
「バレンタインのチョコって、本命にあげたか?」
「あ〜あの、あのね、恵」
「ん?」
「そのこと、さっき悠仁にも相談してたんだけど」


その次になまえが俺に告げたのは、俺にとって嬉しい言葉だった。
バレンタインに俺にチョコを渡したものの、きちんと思いを伝えなかったせいで、俺にちゃんと本命だってことが伝わっていないんじゃないか?と虎杖に相談し、それなら本人に本命だったと伝えればいいとの答えを貰った、と。だから、俺もなまえに正直に、「俺が貰ったのが本命か聞きに行こうとしていた」と告げた。


「俺たち二人ともバカみたいだな」
「だね」
「ホワイトデーのお返し、なにがいい?」
「花束?」
「それは無理だ」
「なんで?」
「恥ずかしすぎるだろ」


今、自分がどんな顔をしているのか想像出来なくて、なまえに顔を見られないように歩き出した。後ろからなまえが俺を追いかけてくる。俺の頬を春の暖かな風が撫でた。桜の木は未だ咲く気配はないが、俺たちの花は一足先に咲いたようだ。