あなたの色を閉じ込めた

ひやりとした感覚が首元に伝わって、悠仁の体温と宿儺の体温は違うということをなまえは知った。

どうして、なまえが宿儺にこうして首元に手を掛けられているのかということは、数日前まで遡らなければいけない。数日前、悠仁となまえが二人になった時の話だ。なまえは悠仁に「ホワイトデーは空けておいて欲しい」と頼まれた。特に用事がなかったなまえは、理由も聞かずに「分かった」と答えた。当然、悠仁がホワイトデーに来るものだと思っていたなまえだったが、ホワイトデー当日の午後三時、なまえの前に現れたのは、悠仁でなく宿儺だった。


「ついてこい」
「え?悠仁は?なんで?宿儺が」
「お前、ばれんたいんに俺に何をしたのか忘れたのか?」
「…なにかしたっけ?」


なまえには心当たりになるようなことが何一つ思い浮かばなかった。それ以前に、こうしてここに宿儺がいることが心配でならない。悠仁はどうしたのか?宿儺がここでこうしていることを他に知っている人は居るのか。なまえの頭の中には不安ばかりが拡がる。それなのに、宿儺は目的さえ示さずなまえの前を歩み続ける。声を掛けていいものなのか?自分の知らないところで宿儺を怒らせるようなことをしてしまったのか。なまえは疑問を疑問を解決するために考えを巡らせるが答えには辿り着けなった。



「宿儺、どこに行くの?」
「お台場」
「え?今から?遠くない?」
「文句を言うな。ついてこい」
「は〜い」


ホワイトデーにお台場、と言われ、なまえは若干の期待を抱いた。しかし、すぐに、相手は呪いの王だということを思い出し、その考えを打ち消した。二人で電車に乗り込み、お台場に向かう。その間、宿儺はなにも語らなかった。一度だけ、「今日のこと悠仁は了承してるの?」とのなまえの問いに「さぁな」と答えただけだった。



お台場に着いたのは、夕日が大地に吸い込まれ始めた頃。迷いもせず、宿儺は真っ直ぐに観覧車の方向へと進む。あぁ、観覧車に乗りに来たのかとなまえはようやく悟った。ホワイトデー、お台場、それに観覧車というキーワードが追加された。鈍感ななまえも、これは、と期待が確信へと変わる。

想定通り二人で観覧車に乗り込む。いつまで宿儺は黙ったままなのだろう、となまえは様子を伺うために宿儺の顔を見た。宿儺はただ満足げになまえを見るだけで、未だに何も語ろうとはしなかった。地上の人間の顔が認識できなくなってきた頃、向かい合って座っていた場所から、宿儺の隣へとなまえが移動する。重さが片方に偏ったことにより、一瞬だけ観覧車が揺れた。危ない、と思ったなまえだったが、すぐに宿儺のがっしりした手がなまえを支えたことでなにもなく座席に座ることが出来た。


「何をしている」
「せっかく一緒に居るから」
「バカか、お前は」
「バカだよ」


なまえが少し拗ねた声を出す。宿儺はそれを見て、呆れたようにため息を零した。実は、なまえは高いところが苦手だった。それを今まで誰にも言ったことはなかったし、これからも言うことはないと思っていた。だから、なまえは偽りの言葉を口にして誤魔化した。もうすぐ観覧車がてっぺんに辿り着こうというその時、宿儺が「後ろを向け」となまえに告げた。外を見ないように目を固く瞑り、宿儺に背中を見せるなまえ。首元に冷やりとした指先が触れた。


「宿儺?なに?」
「ホワイトデーのお返しだ」
「観覧車がお礼だと思ってた!」
「そんなもので満足なのか?」

ちゅ、と音を立てて宿儺が首筋に吸い付く。首に掛けられたのは、赤い石のついたネックレス。宿儺の瞳の色と同じ色。しかし、なまえは未だに目を開けられないので、ネックレスを確認できていない。


「あ、あの、宿儺にお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「手、繋いで貰えない?」
「は?」
「実は、高いところ怖くて」
「たわけ」


文句を言いながらも、宿儺はなまえの腰を抱き寄せ、その手を握った。そして、ようやく首にかけられたネックレスを目にする。キレイな赤だ、となまえは思った。と、同時に咄嗟に手を繋いでくれと言ったものの、この体勢は恥ずかしいということに気づいた。離れようにも腰に回された宿儺の手は、なまえを逃がしてくれそうにない。


「これは、首輪?」
「まぁそんなところだな」
「私も宿儺に首輪つけたいな」
「普段は小僧が表にいるのだから無理だな」
「そっか。仕方ないよね」
「キスマークとやらを付けてみるか?」
「変な事ばっかり覚えないでよ」
「いいから、ほら、やってみろ」
「無理〜!」
「がんばれがんばれ」


宿儺に促され、なまえは宿儺の首元に唇を寄せる。「もっと強く吸え」「早くせんと下に着いてしまうぞ?」と、半ば脅されながらもなんとかなまえは宿儺の首元にキスマークをつけることが出来た。

後日、生得領域にて水辺に映る自分の姿を見て、笑う宿儺が居たらしい。