拝啓、未来の君へ

「おい、早く口開けよ」

高専の自室で怯える私の両頬を片手で掴んで、五条悟は顔を近づけてそう凄んだ。彼氏でもないのになんでこの人は、自信満々に私がキスを受け入れると思っているのか。いくら考えても分からなくて、首をぶんぶんと振るけれどその程度の抵抗で自分の欲求を諦めるような男ではない。


「生意気に抵抗すんの?」
「だって、」
「お前に拒否する権利なんかないっての」


なまえ、と耳元で名前を呼ばれ「やっ」と思わず開いてしまった唇からするりと舌を捻じ込まれた。手で顎を上げられ、悟にとってキスがしやすい角度にされてしまう。そうなったら、されるがままになってしまう。じゅる、と唾液と一緒に舌先を吸われ、反対側の手が腰に回る。あぁ、もう逃げられない。覚悟を決めたその時、寮の古い木戸が音を立てて開いた。


「あ〜〜今日だったのか」
「え、誰」

扉の向こうから部屋に入り込んできた人物は白髪に目隠しの明らかな不審人物。見た目は悟、雰囲気はほぼ別人。咄嗟に悟も私を守るように、その人物から私を隠し身構える。が、相手は動じる様子もなく手をひらひらとこちらに向けて振ってくるだけだった。


「ど、どちら様?」
「なまえ、俺の後ろにいろ」
「いや、どっからどう見ても悟の血縁じゃないの。心当たりない?」
「ねぇよ。全員覚えてるわけでもないけどな」
「じゃあ誰……?」
「俺が聞きたいっつーの」


警戒を解かないまま、悟がじりじりと相手との距離を縮める。こちらの危機感を他所に、目の前の人物はこちらに近づきながらつけていた目隠しを外す。目隠しの下から現れた吸い込まれるような青い瞳。その瞬間、理解した。これは、悟だ、と。



「…悟?」
「なんだよ」
「違う、あの人、悟、だよね」
「ご名答。さすが僕のなまえ」
「お前のじゃねぇだろ」


目の前の人物になぜ、今、ここに居るのかを確認したいのに、悟が煽ってしまって、話が先に進まない。戸惑う私と臨戦態勢の悟、余裕のもう一人の悟。このカオスな状況を打開したのは、もう一人の悟だった。悟の隙をついて、私の手を掴み、自分の方へ引き寄せる。


「素直じゃないなぁ、高専の頃の僕は」
「つーか、お前なんか俺じゃねぇし」
「お前だよ、大人になった五条悟。六眼持ってるんだから見れば分かるでしょ」
「んなことどうでもいいからなまえ返せよ」
「だーめ。今のお前はなまえを傷つけることしかしないから」


ニコニコ笑いながらも相手を煽ることを忘れないその様相は、今より少し大人になった悟そのもの。もしかして、と仮説を立てる。ありえないことだと思うけど、これは「未来の悟」なんじゃないか、と。それを確認するのには、一つしか方法がない。本人に確認するしか。


「あの、もしかして、未来の、悟、ですか?」
「ご名答。正解したなまえには、ちゅ〜をあげちゃおうね〜」

そう言った、未来の悟は、私を抱き寄せて、頬に唇を落とした。この唇の温度も、感触も、私は知っている。たった一つのキスで腑に落ちた。この人は本当に未来の悟なのだと。そうなると、次に出てくる疑問は、「どうして」「なんで」ここに居るのかということになる。それを未来の悟に確認したいのに、今の悟が、それを許してくれそうにない。


「俺の許可なくなまえに触ってんじゃねぇよ!」
「誰のなまえだって?」
「俺のだよ!」
「好きってことすら口に出来ないくせに?」


嘲るように言い放った未来の悟の言葉を受けて、悟がたじろいだ。もごもごと口を動かすばかり。いつも傍若無人な悟らしくない、と私の方が悔しくなってしまう。悟はそんなんじゃないでしょ。もっと言い返してよ、いつも私に接する時みたいに強気でいてよ。


「素直になりなよ」
「うるせ〜!とっととなまえ離せ」
「いつでも放してあげるよ。お前が素直になったらね」
「素直素直うるっせーな。俺はなまえが好きだ。これで満足か?」
「うん、それでいいんだよ」


ニコニコと笑ったままの未来の悟は、悟が発した言葉に満足したのか、私を拘束していた腕の力を緩め、私の背中を押して、悟の方へと背中を押した。咄嗟のことによろけながら悟の元へ倒れこむ私。今までの悟の横柄な態度が、もしかしたら「好き」ということから起因しているのかもしれないと察してしまった私は、悟に抱き留められてどうしたらいいのか分からずただ戸惑うしかなかった。


「じゃあ、僕はなまえが寂しがるからそろそろ帰るね」
「もう二度と来んな」
「あ、あの、未来の悟さん、あなたの世界で私と悟ってどうなっているんですか?」
「……ネタバレするのは好きだけど、それは内緒にしておいた方が面白いと思うよ」


最後に不適な笑みを残して未来の悟は入ってきたドアを開いてその向こうへと消えていった。残された私と悟は、これが現実なのかそうでないのかまだ夢半ばのような状態で顔を見合わせる。


「ねぇ、悟。さっき私のこと好きって言ったよね」
「言ってねぇ」
「言ったよね。私聞いたよ?」
「…覚えてない」
「ふ〜〜ん」
「あーーもう、言ったよ。だからなんだよ」
「私も好きだよ、悟のこと」
「は?????もう一回言え」
「え〜〜〜どうしようかな」
「付き合うしかねぇだろ」
「どうしようかな〜〜〜」
「お前マジふざけんな」



拝啓、未来の悟様
本当のこと言うと、私もずっと悟のことが好きだったよ。
だから拒めなかったし、悟がどんな気持ちで私に接しているのかが分からなくてずっと困ってた。未来の私たちはどうなっているのか分からないけど、あなたが「俺のなまえ」って言ってくれたから、きっと一緒に居るって信じるね。ずっとずっと大好きだよ。
敬具


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