ショートケーキ、ビターケーキ、それと、

「七海さん〜〜!」

五条悟と七海さんが二人並んで歩いてくるのが遠くに見えた。ポケットの中に数日前から居座っているこの任務のお土産を渡すタイミングは今しかないと駆け寄る。優先するべきはお土産を渡すこと。だから、七海さんの隣に居る五条悟は見えているけど、気づいていないフリをした。


「なまえ〜僕もいるよ〜」
「七海さん、これお土産!」
「僕の分は?」
「あるわけないでしょ」
「…なまえさん、これ」


わたしの手の中からお土産の瓶を受け取った七海さんは、怪訝な表情でこちらを見た。わたし何か間違ったかな?って心配になるくらい、不可解を顔に描いたような表情。任務に行った田舎のおばちゃんが「元気ない人にあげな」って言ってくれたんだけどな、とこちらも頭の上にハテナが浮かぶばかり。


「なまえ、これってさ〜」
「五条さんそれ以上言ったらひっぱたきますよ」


受け取ってはくれたものの、七海さんは一向にそのドリンクを口にしようとはしない。慎重だから?ううん、違う。きっとわたしがいいものだって勘違いしただけで、中身は大人なら簡単に推測できる変なものだったんだ。そんなわたしの落ち込みっぷりを察してか、五条悟が七海さんの手の中からお土産の小瓶を抜き取った。


「七海いらないみたいだし僕が貰うよ」
「五条さん…」
「その代わりなまえがちゃんと付き添ってね。当然でしょ?最強の僕に何かあったらどうするの?」

きゃっきゃして明らかにふざけてます、みたいな表情で五条悟が瓶の蓋を開いた。なんとなく嫌な予感はするけど、七海さんはいらないみたいだし、五条悟は普段から疲れてるしもうそれでもいいか、と思ったところで、七海さんが深く息を吐いて五条悟の手首を強く掴んだ。


「なまえさん、これなんて言われて貰いましたか?」
「元気のない時に飲んでねって。なんで?」
「これは滋養強壮剤…というか所謂、精力剤というやつです」
「はい?」
「あーあ七海もう言っちゃったの。つまんないなぁ」
「大体五条さんもふざけすぎです」
「ふざけてないよ。本気と書いてマジでえっす」


ふざけてないよと口にしながらも確実にふざけている五条悟に対し、七海さんの眉間の皺が深くなっていく。もうこうなってしまったら、お土産をくれたおばちゃんには申し訳ないけど、捨てるしかないな。そう思ったところで、遠くから「なまえ〜〜!」とわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。その人物はわたしの名前を呼んだにも関わらず、あろうことか五条悟へと体当たりを繰り出した。七海さんと五条悟の均衡で無事だった滋養強壮剤は、その体力ゴリラの体当たりによってバランスを崩し、宙に浮かんだと思ったら、わたしの頭上へと落ちてくる。

「危ない」

その場に居た数名が声を発するが、重力に逆らうことはできない。その瓶はわたしの額にあたり、そのほとんどがわたしの顔面へと降り注いだ。どろっとした不可思議な液体が顔面を伝って、口元へ移動する。


「なまえさん、大丈夫ですか?」
「なまえ、ペッてして。ペッて」
「ちょっと揺すらないで」


滋養強壮剤といっても効果なんてたかが知れてる。そう思っていた。が、身体を揺すられたことによって、じわじわと身体に違和感を覚えるようになった。あーこれ、七海さんが飲まなくて良かった。とろんと溶けそうになっていく頭の中、そんなことばかりが頭を過ぎる。ふいにふわり、と身体が浮かんだ。頭だけじゃなく身体まで変になってしまったのか、とアホみたいなことを考える。が、現実はそうではなかった。今まで見ていた景色も横から縦へと変わった。と、同時にぺろり、と鼻先にざらりとした舌の感触。


「この程度のものが効くとは情けない」
「悠仁……じゃないね。宿儺か」
「どういうことですか?」

そう、わたしを今、抱きかかえているのは宿儺。つまり、先ほどの舌の感触も、宿儺のもの。あぁ、わたしこのまま死んでもいい。そんなことを思いながら、落とされないように宿儺の首に手を回し、ぼんやりとした視界を閉じた。

prev | list | next