Step.3


次の日の朝、風紀委員としての仕事を全うすべく校門に立っていた私の元に一人の男が立ちはだかった。

「佐野くん、おはようございます」
「おはようより先に言うことあるよな?」
「……」

口を紡ぐ私に佐野くんは不機嫌そうに詰め寄る。心当たりは大いにある。むしろあり過ぎてどこから説明したらいいのか分からないくらいある。でもそれを素直に伝えるのも気が引けてしまって私はつい黙り込んでしまった。そんな私を見て佐野くんは大きなため息を吐いた。

「えっと、あのね」
「なに?」
「ここで話すの…?」
「いーじゃんここで」


周りには登校してくる生徒たちが沢山いる。朝っぱらからこんな会話をしている私たちを不思議そうな目で見ながら通り過ぎていく。目線が合えば見てませんという感じで逸らされるが、みんな絶対見てるし聞いてる。私は居た堪れなくなって視線を落とした。すると突然佐野くんの手が伸びてきて私の手首を掴んだ。そのまま引っ張られて近くの木陰まで連れていかれる。

「佐野くん、私委員の仕事が…あって…」
「で?」
「昨日、の話だよね」
「うん」

私は観念して昨日のことを話した。目が覚めたら塾の時間で、佐野くんは寝ちゃってて、起こしたら申し訳ないからそっと帰ったことを。言葉にしてしまえば呆気ないけれど、起こした方がいいのかな?とか置き手紙残してもいいのかな?とか私もさんざん葛藤はした訳で。それに、連絡先も知らなかったし。
私が言い訳のように矢継ぎ早に言葉を吐き出すと、佐野くんはまた大きく息を吐いた。

「勝手に帰んなよ」
「うん、それは、ごめん…」
「あと名前」
「名前?」
「佐野くんに戻ってるし」
「それは仕方ないじゃん」
「なんで?」

だって付き合ってないし。
そう言えばこの関係にも名前がないことに気付いた。師匠と弟子?それともセフレ?ただのクラスメイト?私たちは友達じゃないし、もちろん恋人なんかではない。じゃあなんだと言われれば答えられないけど、私が普段から佐野くんのことを万次郎と呼ぶのは不自然でしかない。けど、目の前のこの人はそれでも「なんで?」と私に問い続けるだろう。

「2人きりの時だけじゃダメ?」
「うん」
「……万次郎くん」
「まんじろー」
「万次郎」
「うん、やっぱそれがいい」

満足げに笑う彼の笑顔に昨日のことが思い起こされる。彼が私の体を暴いた、昨日のことを。きっと今の私は顔中真っ赤になっているに違いない。私は熱くなった頬を隠すように俯いて、自分の足元を見つめた。
そんな私を他所に彼はいつも通り話しかけてくる。本当にずるいと思う。


「あと連絡先教えて」
「学校には持ってきてないよ」
「ならあとでなまえんち一緒に行くわ」
「……わかった」

本当は携帯は学校に持ってきていた。ただ、彼に振り回されるだけなのが嫌だった。だから嘘をついた。ちっぽけな私のちっぽけな抵抗。

「佐野くん、制服ちゃんと着てよ」
「まんじろー」
「万次郎、着て!」
「着せて?」

甘えるように佐野くんが私に向かって両腕を差し出す。仕方なくいつも龍宮寺くんがしているように佐野くんの上着を着せてボタンを留める。されるがままの佐野くんはちょっと可愛くて、私は佐野くんをほっとけない龍宮寺くんの気持ちが少しわかったような気がした。


「なまえ」
「なにー?」
「頭もやって?」
「それは自分でやって?」
「ケチ」
「ケチで結構です」
「つまんねー女」
「はいはい、どうもありがとうございます〜」

私が投げやりに返事をするとおどけた様子で謝ってきた。こういうところも憎めない。私は思わず笑ってしまった。そんな私を見て佐野くんも嬉しそうに笑った。

「なまえ、目つぶって?」
「はいはい次は何?」
「いいからいいから」

言われた通りに目を瞑ると唇に柔らかい感触があった。一瞬何が起こったのか分からなくて、でもすぐにキスされたんだと理解して慌てて目を開ける。そこには悪戯っ子のような顔をする佐野くんがいた。


「ばか!ここ外だよ!?」
「昨日、オレのこと起こしてくんなかった仕返し」
「うっ……」
「今度からは絶対起こすこと。いい?」
「……善処します」
「そこははい、だろ」

1人で夜道歩くの危ねーから、二度とやめろ。佐野くんはそう言葉を続けた。その表情があまりにも真剣で、私はコクコクと2回首を縦に振った。私の返事に満足したのか佐野くんは小さく笑いながら私の頭をポンと叩いて校舎へと向かっていった。