Step.8


初めて学校をサボった日、私は初めてセックスをした。

夕方になって、そろそろ帰らなきゃって時間になってもなんだか離れがたくて、佐野くんが起きなきゃいいのにって思った。でも、そうもいかなくて、佐野くんが起きなきゃいいのにって思いながら彼のピンクゴールドの髪に手で触れた。ふわふわとした感触がして、ちょっとだけ間抜けな寝顔が可愛いなって思った。

「ん……」
それからどれくらい時間が経ったのかわからないけど、不意に彼が身じろいで、私は慌てて手を離した。ゆっくりと瞼が開いて、「なまえ?」と少し掠れた声で私の名前を呼んで、ぎゅうって私を抱きしめる。起きないのかな?って思ってたら、うなじを撫でられて、ちゅ、とおでこに唇が触れた。


「…まっくらじゃん。いまなんじ?」
「わかんない」
「おれねむいんだけどー」
「うん」
「なまえ帰んなきゃだめ?」
「だめだよ」
「んーわかった」

佐野くんはそう言うと私の頬や首筋に触れるだけのキスをして、また眠る体制に入る。おいおいと思って今度は私からちゅ、と佐野くんの唇に唇を寄せて「起きて?」と声を掛ける。佐野くんはまぶたをこすりながら「おきる……」と身体を起こした。そのまま立ち上がって下着を身に着けてぺたりぺたりと音を立てて歩くとソファに置いてあった服を身に着けだした。私も起き上がって制服を着る。


「あ、カバン、」
「なまえ学校にカバン持ってってんの?」
「え?佐野くん持って行ってないの?」
「だーかーらー万次郎、つってんだろ」


佐野くん……じゃない、万次郎は唇を尖らせながら私の脇腹をつんつんと突いた。痛くはないけど変な感じがする。
カバンの話はあっという間に流されてしまったけど、佐野くんは私の制服の上着を手に取って肩に掛けてくれた。こういうところを見るとやっぱり優しいなぁと思うし、さっきまで散々好き勝手やってた人と同一人物だと思えない。


「佐野くん、準備できたよ」

髪を手で整えてソファに座っている佐野くんの顔を覗き込む。ぼーっとしていたのかハッとした表情で佐野くんは私を見て、手を握った。どうしたのかなと思って佐野くんの前に座って私も手を握り返した。するとぐいっと引き寄せられて、腕の中に閉じ込めるようにして抱きしめられる。すぅ、と息を吸い込んだ音が聞こえて「やっぱ帰んなきゃだめ?」と甘えた声が聞こえて来た。そんな風に言われたら困ってしまう。


「今日だけでいいから」
「さの、……万次郎?」
「オレと一緒にいてよ」
「だめ」
「ケチ」
「だって明日学校だし……」
「なら次は泊まりな?」
「次はないでしょ?」
「は?」
「え?」


どうやら私と佐野くんとでは認識が違っていた様子で、次の約束を取り付けようとする佐野くんに私は首を傾げた。
龍宮寺くんが処女がダメだって話だったんだから、私が処女じゃなくなったなら私と佐野くんの関係は今日で終わりなんじゃないの?そもそも私と佐野くんってどういう関係になるの?友達でもないし、セフレでもない。ただのクラスメイトよりは親密だけど、それ以上ではない気がした。

「なまえ分かってねーなぁ」
「なにを?」
「処女がダメってことはつまりセックスがうまいヤツが好きってことだろ?」
「……そうなの?」

昨日今日、男女の関係を知ったばかりの私には佐野くんの話は難しくて、佐野くんの問いかけに疑問で返事を返した。佐野くんは私の反応に呆れたようにため息をつくと、私をソファに座らせた。それから隣り合うようにして座り直して私の腰を抱いて引き寄せる。
近い距離のまま見つめ合って、なんだか照れてしまう。それにしてもどうして佐野くんはこんなにも堂々としているんだろうか。
佐野くんの顔を見上げていると、佐野くんは私の頬に触れてからちゅっちゅと何度もキスをした。照れた私が距離を取ろうとすると、人差し指で鼻を突いて「そういうとこ」と佐野くんは言った。


「どういうとこ?」
「だからそーいうとこ」
「え、わかんないよ」
「経験値低そう」
「なるほど…?」

わかったようなわからないような。でも、要するに私はまだまだということらしい。経験が足りないなら経験を重ねるしかなくて、佐野くんの言い草では足りないのは経験だけではなさそうで。つまりはこの関係を続けるということで。


「よろしくお願いします、師匠」
「うん」

佐野くんは満足げに笑うとまた私の唇に触れた。私と佐野くんの関係はまだ終わらないらしい。