Step.10


朝起きて顔を洗う。
制服に着替える。
朝食を食べる。
「いってきます」と家を出る。

玄関の外で朝日を浴びて歩き出す。下半身にまだ少しの違和感は残るけれど、許容範囲内。いつものように学校への道を進む。学校への距離が少し短くなったところで、見慣れたピンクゴールドが目に入る。遅刻常習犯の彼が、こちらに向かって歩いてくる。どうしたんだろうと駆け寄ると、「……なまえ?」と掠れた声でこちらを見た。


「佐野くん、どうしたの?」
「迎えに来た……」
「え?どうして?」
「心配だったから」

そこまで言われたところで言葉の意味を理解して、やっぱり昨日のことは現実だったんだと再確認した。「大丈夫だよ」と会話を終わらせて、二人で歩き出す。帰り際に言われた言葉の意図は、私なりに解釈すると「イヌやネコと同じ」好きってことなんだろうに落ち着いた。そもそも疑問形だったし、私をからかって遊んでいる可能性すらある。じゃなきゃ平然と私の前に現れられないはずから。


「私のこと心配ってだけで来てくれたの?」
「うん」
「佐野くんって朝苦手だと思ってたよ」
「……」

佐野くんは無言で頭を掻いた。あぁこれは図星だな。ちょっとだけ笑ってしまったら睨まれた。でも全然怖くない。だって私が笑ってることに気づいているみたいだから。

「なまえはさ、俺のこと怖くねぇの?」
「怖い?」
「部屋に掛かってた特攻服見たろ?」
「あぁ、そういえば」

佐野くんに言われて思い出す。
こうして佐野くんと話す前までは不良というものに偏見はあった。人に迷惑をかける人種だと。塾の帰りにたむろしてる人たちに暗闇に連れ込まれそうになったことだってある。正直今もそういうイメージがあるけど、不思議と目の前にいる佐野くんにはそんな印象がない。それはきっとこの人が優しい人だからだと思う。


「佐野くんは特別、かなぁ」
「トクベツ?」
「他の人は知らないけど、佐野くんは弱い者いじめはしなさそうな感じするし」
「ふーん」
「あ、でも制服はちゃんと着た方がいいと思うよ」
「オマエそればっか言うじゃん!」


佐野くんがむくれながら言った。怒っているというより拗ねているような口調だったので私はまた笑う。その様子につられたのか佐野くんも笑い出した。
凄いふしぎな感覚。ちょっと前まではほとんど話したこともなかった人とこんな風に並んで歩いているなんて。何気なく横を見ると目が合った。佐野くんは微笑んでいて、それがなんだかくすぐったくて恥ずかしかった。顔が熱い気がして俯いたら、「なまえ」と呼ばれた。顔を上げると今度は真っ直ぐに見つめられる。


「ずっと言おうと思ってたんだけど」
「な、なに?」
「下着、白のレースがいい」
「は?え?」
「ケンチンも言ってた」
「………そうなの?」
「嘘、オレが好き」
「もう〜〜〜〜」

ちょっと本気にしちゃったじゃないか。ムカついたから思いっきり足を踏んでやった。痛いと喚いているけれど自業自得。「ざまーみろ!」と言って走り出す。後ろからは「ぜってー許さねぇからな!」って声が聞こえてくるけど気にしない。

そんなことをしていたらあっという間に学校に着いた。
先生は友人が誤魔化しておいてくれたらしいけど、一応職員室に顔を出しておこうと佐野くんに「またあとでね」と言って別れた。


結果、先生には何も言われなかった。
普段から品行方正にしているとこういう時に役に立つんだなぁ。しかし、同時に最近佐野くんと一緒に居ることが多いことにも釘を刺されてしまった。「お前は大丈夫だと思うが」なんて枕詞をつけていたけど、本音はきっと「近づくな」ってことなんだろう。
佐野くんのことを知らない人に、佐野くんが悪く言われるのは悔しい。そして、佐野くんに近づくなって言われたって反論できない自分はもっと悔しい。
教室に戻れば、佐野くんは自分の机に突っ伏して寝ていた。私のために苦手な朝に無理してきてくれたんだね。そう思ったら、嬉しくて自分の不甲斐なさが情けなくて泣きそうになった。