愛で手懐けて


往年の友人に好きだと告げられた。
相手は、結婚していた男の弟だった。反社だとかそういったことに偏見はないけれど、自分が彼女になるとなると話はちょっと違ってくる。一番は蘭の弟であるということ、そして私と蘭が婚姻関係に会った時から好きだったと言われたこと。それに、わざわざ私を選ばなくても竜胆の周りにはかわいい子も言い寄ってくれる子も少なくないということ。最後に、もうあんな風に振り回して振り回すような恋愛はしたくなかった。

そう頭の中に色んな御託を並べている時点で、竜胆のことばかり考えてしまっているという時点で、私はきっとこの告白を断れないだろうということが一番腑に落ちない原因だった。
つまり、断る、断らない以前に、断る理由を模索していることが問題だということだ。

なのに、竜胆は相も変わらず「おはよう」とか「おやすみ」とか「おもしろいもん見つけた」とか普段と変わらない連絡をして寄こすことも気に入らないことの一つだった。もう少し、甘い言葉が欲しいとか少し思ってしまう自分がいることが嫌だった。もう三十路のいい歳なのに、そんな少女のような感情を抱いてしまっている自分が、本当に嫌だった。

だからといって、自分からなにかアクションを起こすこともやっぱり気に入らないのだ。
つまり、動き出し告白した竜胆が大道なのである。それを認めるのは甚だ不快ではあるのだけれど。


そんなところへ、「なまえなにしてる?」と普段通りのLINEが届いた。
竜胆のこと考えて、不快な気分になってるよ。と嫌味を返そうかとほんの5秒ほど悩んで既読をつけてスマホの電源ボタンを押した。真っ黒になるディスプレイを眺めて、なにやってんだろうと我に返る。そんな私の不甲斐なさを他所に「既読無視?」「暇なら飲みに行こうよ」とピコンピコンと機械音が響いて、ディスプレイを明るくした。もう既読すらつけず、通知画面の目視で終わらせた。しばらくして、通知音が止んだと思ったら今度は電話を知らせる機械音が代わりに響いた。名前を見るまでもない。相手は竜胆だ。不本意ながら通話ボタンを押して電話に出た。「なまえ?」と少し遠慮がちな声が耳に届く。


「しつこいよ」
「んー、だって会いたいなぁって思ったから」
「ふふ、私に?」
「そう、なまえに会いたい」

耳元に届くのは、私がいつも褒めてしまうイイコエだった。覚えてる。この声の低さも、トーンも、口調も、なにもかも。


「会える?店とかじゃなくてもいいし、なんならオレんちとかなまえんちとかでも全然いいし。二人が嫌なら誰か呼んでもいいし。それこそ兄貴とかでも」
「蘭も巻き込むとか必死だね」
「そりゃそうでしょ」
「そっか」
「……会いたくない?もうオレと会いたくない?」
「そこまでは言ってないよ」

部屋からベランダに出て、煙草に火を点ける。昔、蘭に貰ったライターは未だ現役選手として私の懐にある。ベランダの小さなガーデニングチェアにタバコとライターを纏めて置いて息を吐く。
自分ばかりが必死になってあれこれ考えてしまっているのかと思ったけれど、相手もそれなりにテンパっていた。その様子が感じ取れて、なぜだかホッとしてしまった。おかしいのは私も竜胆も同じなのかもしれない。
それなら、もうぐだぐだ悩まなくていいのではないだろうか。なるようにしかならない。告白を受け入れるかそうじゃないかは別として。ただ、一緒に呑んで不快ではないし、一緒にいて楽なのだから。


「…なまえ?」
「私んち」
「え?」
「今から30分で来るならいいよ」
「わかった!」

まるでブンブンと振る尻尾が見えるような声のトーンだった。こうやって、竜胆を喜ばせられるのは、もしかしたら私だけなのかもしれない。そう思うと、妙に嬉しかった。

仕方ない。甘んじて受け入れようじゃないか。好きという言葉を。付き合いたいという妄言を。きっと深く考えすぎないほうがいいんだ。吐き捨てた白は闇夜に溶けて消えていったのだから。