底なし沼の底で語る愛


「あ゛〜〜〜」

いつも静かな梵天の事務所に低く渋い声が響いた。三途春千夜のものだ。
三途らしからぬ汚い声にその場に居た幹部たちは揃って伺うような視線を三途に向ける。そのほとんどが好奇心からくるものである。中でも灰谷兄弟の好奇心は旺盛だった。
竜胆は「兄貴、あれ……」と小声で兄の蘭に声をかけて、二人はそっと三途に近づく。ソファに座る三途の両隣を陣取るように座った灰谷兄弟は、そのまま身を乗り出して三途の手元のスマホを覗き込んだ。

「なまえちゃんじゃん」

三途のスマホのディスプレイに表示されていたのは彼の彼女であるなまえとのLINE画面だった。普段の二人のやり取りをわからないが、二人のやり取りは普通の恋人のそれとなんら変わりないものに見えた。そもそも三途春千夜という男はそっけない男で、梵天の仕事のLINEも既読をするのみでメッセージが返ってくること自体がまれである。用があればチマチマと文字を打ち込むより電話を掛けてしまうほうが早い、そう考える男が恋人とのコミュニケーションツールとしてLINEを活用している事実に、灰谷兄弟をはじめ幹部一同は少なからず驚いた様子を見せた。

「なんだよ、三途って意外とマメなんだな」
「えー?そんなわけないだろぉ?」

竜胆の言葉に蘭は肩をすくめる。三途がそんな風にマメなところが蘭には想像できないらしい。
傍らの灰谷兄弟のやり取りを気にする様子もなくなまえからのメッセージを読んでいるのかいないのか、三途は顔をしかめたまま何度もため息をつく。

「どうしたんだよ?」
「なんかあったわけぇ?なまえちゃんと喧嘩でもしたぁ?」

蘭の言葉に、三途は苦虫を噛み潰したような顔になる。図星かよ、と灰谷兄弟は同時に呟く。
その場に居た明石は興味なさげに「タバコ吸ってくる」と言って部屋を出ていき、モッチーは九井にせっつかれる様に再び領収書の整理を始めた。鶴蝶は相変わらずマイペースにコーヒーを飲んでいて、九井に至っては完全に無視を決め込んでいるようだった。
三途は再び大きなため息をついた後、口を開いた。

「……アイツに愛されてる自身がねぇ」

三途の声は先ほどとは打って変わって覇気がない。
急に飛び出した『愛』という単語に灰谷兄弟は顔を見合わせて必死に笑うのを耐えた。しかし堪えきれずに二人とも噴き出してしまう。

「ふっ……くく……やべぇ、兄貴、俺もう無理!」
「ぶっは!ちょ、ちょっと待って、今真剣な話してんだからさぁ」

竜胆はとうとう笑い声を抑えられずに大爆笑し始めてしまった。蘭の方はまだ我慢しているようだが腹筋が痙攣していて苦しそうだ。
一方三途は心底嫌そうな表情を浮かべて舌打ちをした。この男のこういうところは本当に昔から変わらない。短気ですぐに手が出るのだ。

「うるせェ!!こっちは真面目に悩んでンだよッ!!」

怒鳴り声とともに勢いよく机を叩く音が聞こえたが、「ごめんてば」と言いながら蘭は未だに肩を震わせていた。そんな一触即発な空気を感じ取ったのか、たい焼きを食べ終わったマイキーが座っていたデスクから飛び降りた。
そのままトテテと軽い足音を立てて三途の元へ近づいていく。そして何を思ったのかその足元で足を揃えて座り込みじっと三途を見上げた。

「そんなに気になるなら直接聞けばいいだろうが」
「正論」

首領であることを抜きにしてもマイキーの言葉は正しい。他人のことをあれやこれやと推測したところで、答えが出ないことはよくあることだ。三途となまえの場合だってそれは同じで。結局本人たちに聞かなきゃ解決しないことのほうが圧倒的に多い。さっきまで笑っていた灰谷兄弟もマイキーの正論に言葉を失くし、口を閉じた。三途はマイキーに口答えしない。この件はこれで解決、と出口が見えた所で、今度は鶴蝶がぽつりと呟いた。

「なまえのことは好きじゃないのか?」
「……あァ!?」
「いや、だから、三途はなまえのこと、好きなのか?好きだとしたらそれを伝えられているのか?」
「何言ってんのオマエ、馬鹿だろ?頭沸いてんじゃねェの?」
「俺は真面目に聞いているぞ」
「ハア〜〜〜、うぜぇ、死にてえの?」

鶴蝶の言葉に苛立ったように眉を寄せ、三途は立ち上がると鶴蝶を見下ろす。しかし、見下されている当の本人はどこ吹く風といった様子で、真っ直ぐに三途の目を見て言った。

「じゃあお前はなまえのことをどう思っているんだ?」

鶴蝶の問いかけに、三途は目を細めて睨みつけるようにして黙った。しかしやがて諦めたかのように大きくため息をつくと、ソファに再び腰掛けた。

「……アイツは、オレにとって唯一の女だ」
「それなら協力する」
「…………は?」
「純粋に好きという気持ちからなまえの気持ちを確かめたいというならオレがなまえに聞いてくるよ」
「それいいな」

パチンと指先を鳴らして竜胆が立ち上がった。なにか良からぬこと、もといいいアイディアが浮かんだようだ。
大げさに身振り手振りをつけて竜胆が話した作戦はこうだ。
飲み会になまえを呼び出して、厳選したメンバーでなまえの気持ちを聞き出し、三途はそれをドッキリにように別室でモニタリングするという単純なもの。
シンプルだが、これが一番いい方法かもしれない。

「よし、それでいこう」
蘭が乗り気で了承した。それを皮切りに他のメンバーも同意の意思表示をする。こうして、なまえの知らないところで話はどんどん進んでいった。

***

「はい、お疲れ様です!乾杯!」
「「「「「かんぱーい」」」」」

なまえを含めた全員がグラスを持ち上げて、中に入っているビールを一気に煽る。アルコール度数の高い酒を流し込んだ喉の奥から胃にかけて、カッと熱くなる感覚が走った。飲み会に参加し、なまえの気持ちを探るのに選ばれたのはマイキー(首領を別室待機させられないという三途の意向から)、九井(人心掌握が得意)、灰谷兄弟(興味本位による立候補)である。そしてモニタールームには三途、鶴蝶(嘘がつけない)、明石(いざという時の人的要因)が控えている。
この飲み会は表向きは『親睦を深めるための飲み会』となっている。
この場に居る全員、なまえを騙すことに対して罪悪感など微塵もなかった。ただただ久しぶりに降って湧いた娯楽を楽しみたい、そんな人間が多かった。

「なまえちゃん、ほら飲んで」
「あ、はい……」
「九井、好きなもん頼んでいい?ここ経費?」
「いいぞ」
「なまえちゃんなに食いたい?」
「えっと、梅水晶?」
「おっけー、すいませーん」
「なまえ、肉食う?」
「あ、食います」
「はいよー」

マイキーの横に座ったなまえは、マイペースに酒を煽り、出された料理を食べていた。いつもはなまえの世話を焼いている三途の姿はそこにはなく、他のメンツが甲斐甲斐しく世話をしている姿はどこか新鮮だった。
別室のモニターでそれを眺めていた三途は落ち着きがなく、ソワソワした様子で何度も座り直したり、貧乏ゆすりをしたりを繰り返していた。

「灰谷兄弟となまえ近すぎんだろ」
「お前は本当になまえのこと好きなんだな」

三途の独り言のような呟きに鶴蝶が呆れたような声で返事をした。その声に三途はチッと舌打ちをして鶴蝶を睨む。

「あァ?当たり前だろ。アイツはオレの女なんだから」
「伝わるといいな」
「なにがだよ」
「オマエがどれだけなまえが好きかってことが本人に」
「……うるせェよ、クソが」

鶴蝶の言葉に三途は顔を赤くして俯くと、ボソリと言った。マイキーの横に座ったなまえは緊張しているのか、普段よりも口数が少ない。しかし、それを気にすることなくマイペースに酒を飲み、肉を食らう。
マイペースではあるのだが、酒に酔っているのだろう。頬はほんのりと赤くなり、目元も潤んでいる。
そんな姿のなまえを男だらけの場所に放り込むなんて正気じゃない。なまえの貞操観念は一体どうなっているんだ。今すぐにでも部屋に乗り込んでいきたい衝動に駆られた三途だったが、ぐっと堪えてモニターを見つめた。モニターの中のなまえは呑気に酒のおかわりを選んでいるところだった。

「なまえちゃんなに飲む?蘭ちゃんが頼んであげるよ〜」
「あ、えっとじゃあ、カシスオレンジを」
「はいはい。すいませーん、カシスオレンジ一つ」
「なまえちゃん甘いの好きだね。もっとお酒飲めるでしょ?」
「いえ、あんまり強くないので……」
「そっかぁ。じゃあ、これとかは?」

蘭がメニュー表を開いて指さしたのは日本酒のページ。そこには様々な銘柄のボトルの写真が載っている。
アルコール度数の低いものから高いものまで、幅広いラインナップが並んでいる。
なまえは酒に強いほうではない。どちらかといえば弱い方に分類されるタイプだ。
しかし、なまえは困ったように笑うと首を振った。
後から三途が合流すると聞いていたためアルコールを頼んだが、普段はソフトドリンクを頼むことの方が多い。それはなまえの意志もあったが、三途の意向が強かった。だからなまえが酒を飲んでいても、三途が居なければあまり強いものを勧めたりしない。それを知っているマイキーは蘭の手からメニューを取り上げた。

「なんか甘いモン食いてぇ」
「マイキーくんは相変わらず甘いものが好きなんですね」
「オマエもどうせまだ酒弱いんだから勧められるままに呑むなよ」
「はい」
「飲まない分、たくさん食えばいい」
「はい」

なまえが素直に返事をすると三途は満足そうに笑って、またモニターに視線を戻した。
マイキーが一緒に居れば大丈夫。そんな安心感があるのだろうか、なまえはあまり警戒心を持っていないように見える。それが少しだけ三途には不満であった。

「全然本題に入んねェじゃねぇか」
「まぁそう焦るな」
「焦ってねぇよ!」
「今乗り込んだら、なまえの気持ち分かんねぇままになるからな?」
「……分かってんだよンなこと」

椅子から立ち上がりソワソワとしていた三途が再び椅子に腰を掛けた。
モニターの中では、なまえが頼んだカシスオレンジがピッチャーで届いたところだった。さっき座ったばかりだというのに三途は立ち上がってまたソワソワその場を歩き始めた。

「……アイツはオレの女なんだぞ」
「そうだな」
「…………」
「三途、落ち着けよ」
「うっせぇ!落ち着いてられっかよ!!」

三途はガタンと大きな音を立ててテーブルを両手で叩いた。その拍子にテーブルに置いてあったグラスが倒れて中身が零れる。
三途は慌てておしぼりを手に取ると、床に零れた液体を拭き取った。その様子を見ていた鶴蝶は呆れながら言う。

「三途、オマエはなまえのこととなると本当に落ち着きがないな」
「うるせぇよ」
「なまえに愛想尽かされる前にその癖をどうにかしろよ」
「……チッ」

三途は舌打ちをして再び席に座った。
モニターの中から九井がなまえを呼ぶ声が聞こえ、三途は再びモニターに視線を注いだ。

「なまえちゃん飲むかと思ってピッチャーで頼んだけど。その方が得だし」
「カシオレのピッチャー初めて見たし」
「オレも飲む、ハイボール飽きた」

九井がなまえにカシオレを注ぎ、竜胆が口を挟み、残ったカシオレをマイキーが回収する。なまえはそれを嬉しそうに見つめると礼を言いつつ受け取った。

「なまえちゃんはホント甘いの好きだよね〜」
「はい、大好きです」
「三途もなまえちゃんに甘いの?」
「え?あ、はい。とっても優しくしてもらってますよ」
「へぇ、あの三途がねェ」

ニヤリと笑みを浮かべた蘭はカメラが置いてある場所にチラリと視線を送った。別室の三途は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。言いたいことは山ほどあるが、それを言葉にすることが出来ないらしい。
そんな三途の様子を蘭は知る由もない。けれども長年の経験から予想は出来るのだろう。煽るようになまえの肩を抱いて、言葉を続けた。

「三途、口悪くない?うるせーとか言われたりするだろ?」
「たまに言われることはありますね」

なまえは肩に乗せられた蘭の腕を払い落としてから答えた。
そして「でも」と続ける。

「ハルちゃんのそれは照れ隠しだったりするので全然気になりません。逆にかわいいです」
「ふ〜〜ん」

蘭はつまらなさそうに相槌を打った。
自分が望んでいた答えが返ってこなかったのが一番の理由だが、ただの惚気を聞かされて気分が良くなるわけがなかった。

「なまえちゃんさぁ、オレにも言ってみてよ。可愛いって」
「えぇ!?」
「ほら、早く」
「無理ですよ。蘭さん相手にそんなこと言えないです」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃないんです。ハルちゃんが嫌がるだろうこと、私がしたくないんです」

なまえはきっぱりと言い放った。それを聞いて蘭は不機嫌そうに眉を寄せて、舌打ちをする。マイキーはその様子を見てグラスを空にしまたグラスいっぱいにカシスオレンジを注いだ。そして、「蘭の負けだな」と告げた。マイキーの言葉を聞いた蘭は悔しそうに表情を歪め、不貞腐れたように黙ってしまった。

蘭が口を閉じたからと言って、今日の目的がなくなったわけではない。
あくまでも今日の目的は「なまえの口から三途への気持ちを聞く」ことだ。今のところその目的は5%程度しか達成できていないのだが……。
一方でモニタールームの三途は蘭が一歩引いたことにより、大人しく席に座ってモニターを眺めていた。先程のような取り乱す様子は見られない。ただ、男だらけの部屋になまえを置いておくのも本意ではないため、ソワソワと忙しなく手を動かしていた。
なまえが少しでも他の男たちと話したりするだけでイラつきを覚えてしまう自分に呆れてもいるようだ。その様子を見かねたのか、鶴蝶は声を掛ける。

「大丈夫か、三途」
「……」

何も言葉を発しないがコクりと小さくうなずいた。その返事を見た後、すぐにモニター画面に視線を戻す。しかし画面の中の光景を見て再び三途の方へと視線を向けた。モニターの中では蘭の仇とばかりになまえの前に座っていた竜胆が身を乗り出して口を開いたところだった。

「でもさぁ、三途って家のこととかしなくね?そもそもちゃんと帰ってくんの?」
「ハルちゃんはちゃんと毎日帰るよコールもしてくれるし、ご飯もお家で食べるよ」
「マジで?」
「うん。ゴミ出しとかお風呂掃除とかもしてくれるし、定期的にハウスキーパーさんも呼んでくれて逆に私がすることないくらいなの」

そう言いながらなまえが思い出したかのように、ふわりと微笑んだ瞬間を九井が設置したの高性能カメラは捉えていた。別室の三途もそれをしっかりと目撃しているようで「ぐぬぅ」という奇声を洩らすと、勢いよく机に突っ伏してしまった。そんな三途の様子など露知らずといった感じで竜胆は質問を続ける。

「でもさー、ほらキメセクとか要求されんでしょ?」
「しないよ?」
「ならさ、三途だけキメてるとか」
「ハルちゃんもうオクスリやめたよ。私のためにやめるって言ってくれたよ」

竜胆の問いかけに対して、嬉しそうになまえは答えた。その返答を受けて三途は勢いよく身体を起こし、食いつくようにモニターに近寄った。その姿には、今までにない必死さが感じられるようであった。自分の選択が正しかったことが証明されたように感じたのだろう。
誇らしげな表情でなまえの回答に聞き入っていた。

「なぁ、酒飽きたからパフェ食っていい?」

空気を読まず発言したのはマイキーだった。もちろんそれに異論を唱える人間はいない。
店員を呼び出しパフェを2種類頼んだマイキーを横目に今度は九井が口を開いた。このままではなまえの三途に対しての気持ちをかくにんするどころか三途がどれだけなまえを好きかという話を聞いて終わってしまうことを危惧してのことだった。

「三途がどれだけなまえのこと大事にしてるかは分かったわ」
「ハイ」
「で、なまえはどうなんだよ?」
「えっ!?」

急に話を振られたことに驚いたなまえは思わず裏返ったような声で反応をした。そんな彼女の様子を気にすることなく、九井は話を続けた。

「三途のこと、好きなのかって聞いてんの」
「そ、それは……」

なまえが三途への言葉を口にしようとしたその時だった。「お待たせしました!」とマイキーと九井が頼んだ2つのパフェが届いたのだ。
飲み屋のパフェにしては豪華にフルーツと生クリームが飾り付けられたパフェは、なまえの好奇心を奪うには十分だった。
せっかく本題に入ったところだったのに、と九井は息を吐いたが、すぐに「どうぞ、召し上がれ」となまえとマイキーに笑顔を向けた。

「ありがとうございます!いただきます」
「オレは甘いもの苦手だから遠慮しておく」
「えっ!?じゃあこのパフェは……」

なまえの言葉を遮るようにして、九井が言葉を被せた。

「なまえとマイキーで食っていいよ」
「やったぁ。いただきまーす」

なまえは目を輝かせながら、目の前に置かれたパフェにスプーンを突き刺した。
そして一口分掬い上げると、口に運ぶ。
その様子を眺めていた九井が「うまいか?」と尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「おいしいです!!すごく!!」
「よかったな」

そう言うと、九井は満足げにうなずいた。
しかし、そんな二人のやりとりを見ていた三途は気が気ではなかった。
ようやくずっと気になっていたことの答えが出そうだったのに、それがお預けを食らっている状態なのだから当然である。
モニタールームにいた鶴蝶は「三途の気持ちが分かる」と言いたそうな顔をしながら、必死に三途にテーブルの上の飲み物を進めた。残っていたお茶を全て胃に流し込んだあと、残っていた氷を口の中に含む。イライラした様子で氷をガリガリと砕きながら三途はモニターを眺める。
画面の中ではなまえとマイキーがお互いのパフェを食べさせ合っているところだった。そんな二人を羨ましそうに見つめながら、三途は再び氷を口に含んだ。そんな三途の姿を見た鶴蝶は呆れたようにため息をつくと「なまえが食べ終わるまで待つしかないだろ」と言った。

三途がやきもきする時間が続いた。
あろうことかパフェを食べ終わったマイキーがなまえの膝を枕に横になったのだ。他の人間が同じことをやったのなら三途は今すぐになまえの元へ行き相手を引っぺがしたであろう。しかし相手はマイキーである。そんなことはできるはずもない。
ただモニターを見ていることしかできなかった。
マイキーはなまえの太ももに頭を乗せると、そのまま動こうとはしなかった。これはいつもならこのまま寝てしまうパターンだ。

「なぁなまえ」
「はい、なんですか?」
「三途と別れてオレのオンナになれって言ったらどうすんの?」
「それはごめんなさいしますね」
「三途かオマエが死ぬか付き合うかでも?」
「その時はハルちゃんと一緒に死ぬかなぁ」
「って言ってるけど、三途オマエいつ出てくんだよ」
「え???」

マイキーの発言によって、なまえはキョトンとした表情を見せた。その発言の意味を理解すると、「ちょっと待ってください!」と慌てて立ち上がった。仕方がないので九井がネタ晴らしをしようと隠していたカメラを取りだした時、なまえは声を上げた。

「ハルちゃんもしかして見てたんですか?」
「……見てたよ」

個室の入口から声がして、なまえはそちらに目を向ける。
そこには、先ほどまではいなかったはずの三途がいた。
三途の顔を見てなまえは頬を赤らめる。自分の恥ずかしい言動を見られていたことに対する羞恥心からだった。そんななまえの姿も三途はただただ可愛いと思っているだろうことは、もうこの場に居る全員が知っていた。しかし、そんな甘い空気を出すわけにはいかない。
なぜならここは居酒屋で、なまえたちは客として来ているのだから。
居たたまれない雰囲気を感じ取った九井が三途に座るように促した。席に座った三途はなまえの飲みかけのグラスを傾け、中身を一気に飲み干した。そして空になったそれをテーブルに置くと、マイキーに向かって言葉を発した。

「マイキー、オレはコイツと別れたりしないんで」
「へぇ……」
「オレがなまえを幸せにします」
「ふぅーん……」

興味がないのか眠いのかマイキーは生返事をした。そしてテーブルに突っ伏して、再び眠りについた。そんな彼の頭を撫でながらなまえは「えっと……」と呟いた。

「あの、ハルちゃん」
「何だよ」
「さっきの話だけど、私ハルちゃん以外と付き合う気はないよ?」
「……」
「だってハルちゃんのこと大好きだから」
「そーかよ」

そう言うと三途はなまえの腕を掴んで立ち上がった。「帰るぞ」と告げる三途になまえは小さく頷く。そして九井に向き直ると「ここの会計、あとで請求しろ」と言ってなまえと共に足早に店を出て行った。
なまえたちが出て行ってからしばらくして、モニタールームにいた鶴蝶と明石が深い深いため息を吐きながら合流した。

「なんの茶番だったんだ……」

九井が発した一言にその場に居たマイキー以外の全員が大きく頷いた。三途となまえの惚気にあてられ沈黙を貫きひたすら酒を煽っていた蘭が「九井、キャバ行ってその金も三途に請求しようぜ」と提案した。皆がそれに乗っかり眠ったままのマイキーを抱えキャバクラに移動した。宴会は朝まで続いたそうだ。