舌先で溶けるボンボンショコラ(高専五条)

バレンタインに本命には手作りチョコを渡すという習慣は誰が作ったのだろう。
そんなことを考えながら、なまえは手にしていた紙袋の取ってを握りしめた。今年のバレンタインは、悟と付き合って初めてのバレンタインだった。しかも、年明けから付き合い始めた、私と悟にとっては初めてのイベント。

もちろん、初めは手作りという選択肢は私の中にも存在した。それを打ち消したのは、他でもない悟だった。悟は甘いものが好きだ。糖分が足りないと言っては、スイーツやお菓子を食べていることは少なくない。その当分補給が、デパートのチョコレート商戦が始まってからは、ほとんどがチョコになった。その気持ちはわかる。おいしいもんね。可愛いし。つまり、私がチョコを手作りするということは、そのデパ地下の有名チョコと比べられるということで。ショラティエではない私に、勝てる要素など一つもなく、手作りという選択肢は早々に消え去った。

傑はもちろん硝子も「考えすぎだよ」とか「五条はそんなに繊細じゃない」と言ってくれた。けどやっぱり、手作りはありえない。はじめてのイベントが苦い思い出になるのは絶対嫌だったから。だから、チョコは安定、定番の高級チョコを選んだ。


いざ出陣!と袋を手に持って、悟の部屋のドアをノックする。察してはいたけれど、部屋の中には無造作にチョコがそこらかしこに置かれていた。その中に、自分が持っている袋と同じパッケージを見つけた。やっぱりギャグに走ればよかったかな。


「入んねぇの?」
「あ、うん。入る」


付き合う前も後も何度も入ったことのある部屋なのに、今日は少し複雑な気持ちだ。いつもどこに座っていたかすら朧気で立ち尽くしていると、悟が「それ俺にだろ?」と持っていた袋を指さす。


「あ、うん。これ、私から」
「サンキュ」

差し出したチョコを悟はぶっきらぼうに受け取る。中からチョコを取り出して、「は?」とイラついた声を上げる悟。は?ってなんだ?は?って。もっと高級なのが良かったってこと?それともこれだけじゃ足りないってか?様子を伺っていると、乱暴に包装紙を破って中に入っているチョコを悟は口に放り込んだのを確認して、私も床の上に座った。


「……うまい」
「良かった」
「手作りじゃねーんだな」
「だって悟普段から手作りのモノ受け取らないし、美味しいものたくさん食べてるし、私の手作りなんていらなくない…?」
「いるよ、ばーか」
「バカはひどい〜」


怒る私の口の中に、悟がチョコを一つ放り込む。甘い、おいしい、やっぱり適わない。なのに私の手作りのチョコが欲しいなんて、バカは悟のほうなんじゃないかって思う。そんな私の考えを見透かすように、悟がむぎゅっと片手で私の顔を掴んだ。唇を突き出すような変な顔をさせられた。


「うまい?」
「うん」
「俺はこんなんじゃ足りねーの」

頬を掴んでいた手を緩めた悟の顔が近づいてくる。目を閉じれば、さっきまで頬にあった手は顎へ伸びていて、私の顔を持ち上げた。くっついた唇はキスと呼べるのか曖昧なほどすぐ離れてしまった。目をあければ、してやったり顔の悟が見えた。


「今から材料買って作るよ」
「いーよ、別に。こっちで」


再び唇と唇がぶつかった。唇の隙間から悟の舌がぬるりと差し込まれ、口の中に残っていたチョコを堪能するように嘗め回される。手持無沙汰だった手を悟の首に回した。

「来年は手作りな?」

唇を離した悟が、そう耳元で囁いた。来年も、再来年も、これからもずっといくらでも作るよ。その誓いを込めて、今度は私から悟に唇を重ねた。