オランジェットはかく語りき(伏黒)

「恵、これ貰ってくれる?」
「俺に?なんだこれ?」
「もう〜!今日はバレンタインだよ」
「そうか」


恵の部屋で二人きり。わたしが差し出したチョコを恵は優しい顔で受け取ってくれた。がんばって作ったから、気に入ってもらえるといいなって、ラッピングを丁寧に破る恵の指先を追いかけた。箱を開いて、中のオランジェットを一つ恵が摘まんで食べる。人に食べ物を作るなんて初めてだし、相手は初めての彼氏である恵だしで、相乗効果で心臓がうるさい。


「うまいな、これ」
「本当?」
「なまえも食うか?」
「うん!」


食べるか?って言われたから、素直に口を開いて恵がチョコをくれるのを待った。「ちょっとエロいな」と言いながら、恵がわたしの口にオランジェットを入れてくれる。咀嚼すればオレンジの苦みとチョコの甘みが口の中に広がる。我ながらおいしい。


「わたしも恵にあーんってしていい?」
「なまえみたいなエロい顔できねぇぞ?」
「いや、恵も絶対エロいって」
「エロくねぇよ」
「やって見せてよ〜!はい、あーん!」

仕方ねぇなって言いながらも、恵は目を閉じて口を開ける。薄い唇と口の中から覗く赤い舌。絶対これはわたしよりエッチな顔。断言できる。もっと見てたいなって思ったけど、「まだ?」って恵にせっつかれて、ようやく恵の口にチョコを放り込んだ。

「もうひとつくれ」

今度はまだ?って言われる前に、恵の口にオランジェットを食べさせる。今度は、最後に指先を舐められた。ザラっとした感触が指先に触れて、背筋がゾクッとした。


「じゃあ次はこう?」

調子に乗って、次は自分の口にオランジェットを咥えて、恵の方を見た。反対側から恵の口の中に消えていくオランジェット。わたしと恵の唇の距離がゼロになって、くっついて、唇を舐めて、離れた。ドギマギしたわたしを他所に、恵はしてやったり顔。


「次は恵があーんして?」
「いいけど、次は普通にキスがしてぇ」


そう言って恵は手のひらで顔を仰ぐ。慣れないことに付き合ってくれた恵の顔が、少し赤くなっていることにその仕草でようやく気付いた。初めて会った頃にクールで感情表現が苦手だって思ってた恵は、わたしの前でたくさんの表情を見せてくれるようになった。


「恵にすーっごく愛されてるね、わたし」
「そうだな」
「わたしも大好きだよ、恵」


甘えるように恵の肩に頭を預ければ、どちらから香っているのかオランジェットの甘い匂いがした。頭を抱き寄せられ、額に唇が落とされる。もっと恵の顔を見たくて顔を上げれば、今度は唇に甘い香りが届いた。