気まぐれトリュフ(高専夏油)

バレンタインが近くなって、なまえがソワソワしていることに気づいていた。寮で甘い匂いをさせていることが多くなったし、学校や任務から寮に戻るのも早くなった。うぬぼれていいのなら、自分に手作りチョコが来るだろうと安直な予想をしていた。

だが、バレンタイン当日、なまえが俺に手渡してきたのは、綺麗にラッピングされたチョコだった。笑顔でチョコを受け取りながら、本命の手作りチョコはどこに行ってしまったんだろうというゲスな考えが脳内を巡る。「帰りに教室に残って欲しい」と言われのは自分だけだった。それなら、七海か、灰原か。悟は…ないな。

ただただ、なまえに自分がその他大勢と同じ扱いをされることに納得がいかなかった。思いあがっていた。それになまえに一番近いところに居るのは自分だと、なまえが好意を抱いているのは自分であると。


「食べていいかな?」
「うん」

パッケージを破って、なまえに貰った一口サイズのチョコを食べる。甘いはずのチョコは普段食べている呪霊と同じ味がした。微妙な顔をしている私を心配してか、なまえが不安そうな顔を見せている。「おいしいよ」と笑顔を張り付けてなまえの頭をぽんぽんと叩く。


「良かった。あの、あのね傑」
「なんだい?」
「それ、本命って言ったら困る?」
「はぁ!?」


突然のなまえの告白に、どこから出ているのか分からない変な声が出た。手作りチョコはどこに行った?昨日までしていた甘い匂いはなんだった?ぐるぐると駆け巡って、嬉しいのと気まずいのと恥ずかしいのと、感情の処理がうまくできない。「傑?」と声を掛けてくるなまえに顔を見られたくなくて、「ちょっと待って」と片手で顔を覆った。今、自分がどんな顔しているのか想像できないのが怖かった。


「え?待つの?いつまで?ここに居てもいいの?」
「ここに居ていいし、ずっと私の隣にいていいから」
「ねぇ、傑それってさ」
「それより手作りのチョコはないのかい?」
「あるにはあるけど絶対引かれるから渡さない」
「見るだけでも見せてくれないか?」
「え?無理無理」
「好きな子の手作りチョコ貰えないのか、私は」


わざとらしいかと思いつつも、やっぱりなまえの手作りチョコが欲しくて我儘を言ってしまった。なまえは少し悩んだあと、「笑わないでね」と言って、鞄の中から小さな小箱をやっぱ取り出す。不器用ななまえらしいラッピングから、中身に期待はしていない。むしろ気持ちだけで充分だった。


「食べていいかい?」
「お腹壊しても知らないよ」
「その時はなまえが介抱してくれればいいよ」
「やっぱり止めよ?止めとこ?」
「止めないよ、なまえが私のために作ってくれたんだからね」


なまえ自身がラッピングを解いて、ココアパウダーのついた歪なトリュフを一つ摘まむ。普段はそんなことしないくせに。珍しいこともあるものだと、その誘いに乗るべく素直に口を開く。あーん、と言ってなまえが私の口の中にチョコをくれる。トリュフと思って噛んだら、ごりッというチョコとは思えない音がした。次に口の中に広がるのは苦い味。トリュフ、だよな?となまえの手の中にある小箱の中身を再確認する。


「この苦みはビターチョコ?」
「ううん、違うよ」
「個性的でおいしいよ」
「だから嫌だったのに〜」
「今後に期待、かな」
「うん、がんばる」

そう言ってチョコの入っている蓋を閉じようとするなまえから、箱を奪い取った。
「もうこれは私のだよ」と言えば、「無理しなくていいんだよ」となまえが不安げな顔をする。


「なまえもチョコも、私のだ」

苦いチョコも、さっき食べたチョコよりずっとおいしい。そこに気持ちがあるだけで、こんなに味が変わるんだなって思った。誰も知らない、私だけが知っている味。幸せの味。