ガナッシュは嫉妬に焦がれた(伏黒)

呪術師という職業は、年中無休である。
正月はもちろん、クリスマスや誕生日であっても呪霊は待ってくれない。つまり、バレンタインなど普通の平日と同じ扱いになる。

今日も今日とて、私は恵と任務に赴いていた。場所は伏黒の地元。この地に来るのは二度目だった。一度目は大変な目にあった。つまり、いい思い出などこれっぽちもない。血まみれの恵を見て、血の気が引いて気を失ってしまったからだ。それはまだ笑って話せるほど昔の話ではなかった。今日の任務は、その追跡調査だ。前回、呪霊を祓ったが、その後、この地で異常が起こっていないかの再確認である。と言っても、それだけならば私と二級呪術師である恵が足を運ぶことはない。“窓”からまたおかしなことが起こっているとの報告が上がったため、こうして私と恵はこの地に立っている。


聞き込みと残穢により、任務は帳を下ろすまでもなくあっという間に片付いた。宿儺の指に呼び寄せられたのろまな呪霊が、近くの高校で悪さをしていただけだった。任務を終え迎えの車を待っていると、恵が一人の女の子に呼び止められた。私の方に挑発的な笑顔を向けた女の子は、「少し二人で話せませんか?」と恵を連れていこうとする。ヤダな、行かないでほしいな。私の祈りは恵に届くことはなく、恵は女の子に連れ出されてしまった。


「待たせて悪い」

恵が戻ってくるより早く迎えの車が到着した。しばらくして戻ってきた恵が車に乗り込む。その手には小さな紙袋。明らかにバレンタインチョコ。それを彼女である私に隠すことのない恵にイラついた。


「恵って鈍感だよね」
「は?」
「チョコ。断れとは言わないけど、私に見えないようにするとかして欲しい…」
「なんでだよ。くれるって言うから貰っただけだろ」
「くれるって言われたら受け取るんだ」
「受け取るだろ」


バレンタインにこんな喧嘩なんかしたくないのに、口から出るのは可愛げのない言葉ばかり。こんなのただの言いがかりで、私が悪い。恵のことが好きで、私以外の人間からチョコなんて受け取って欲しくなかった。私以外の女の人と、二人きりになんてならないで欲しかった。私ばっかり恵のこと好きみたい。ただの醜い嫉妬に覆われた自分の心が穢れていて心底嫌だ。


「なら恵は私が同じことしてもいいの?」
「意味わかんねぇ」
「私が他の男の人と二人っきりになったり、チョコあげたりしたら嫌じゃないの?ってこと言ってるの」
「他の男ってのがあんま想像できねぇけど、虎杖や狗巻先輩なら別に」
「……恵、本当に私のこと好き?」


まるで宇宙人と話しているのではないか?というくらい、私の気持ちは恵に届かなかった。これ以上何を言っても、自分が惨めになるだけだ。今日はバレンタインなのに、どうして私はこんな気持ちになっているんだろう。恵と視線を合わせたくなくて、窓の外を眺めた。いつの間にか降り始めた雨が車窓を濡らして、残念ながら景色なんて朧気にしか見えない。私も泣いてしまいたくなった。



「……好きに決まってんだろ」

ポツリ、と恵が呟いた。伊地知さんも居る車内で、恵がそんな言葉を口にするだなんて思わなかったから、思わず恵の方を向いてしまった。今度は恵が車窓を眺めていて、やっぱり私たちはすれ違ってしまうのかな。悲しくなったってまた私も窓の方を向こうとしたとき、手のひらに温もりが重なった。


「俺はなまえが思ってる以上になまえのこと信じてるから」
「恵…」
「なまえも俺のこと信じろよ」
「それ、私の顔見てもう一回言って??」
「もう言わねぇよ。ふざけんな」

はぁ、と浅いため息を零しながら恵は強く私の手を握った。違う方向を向いてても隣に居て、気持ちが同じところに居れば大丈夫なのかもしれない。きっとまた、私は嫉妬心を燃やすことがあるだろう。その時に、また今日みたいに私のこと繋ぎとめて欲しい。言葉で行動で。


「恵、高専戻ったら私からのチョコも受け取ってくれる?」
「遅いっつーの」
「待ってた?待ってた?」
「朝からずっとな」

私たちのバレンタインはここから始まる。