チョコの大きさと愛の大きさは比例している(五条)

「なまえせんせ〜」

昼食終わりの時間、虎杖くんに用事があって、教室を訪れた。教室を覗いただけで元気いっぱいな虎杖くんが大きく手を振ってくる。かわいいなぁ。さすが高専きっての陽キャ。


「これ、学長から預かってた書類ね」
「あざっす!」
「ところでなまえ先生、後ろに引き連れてるのなんですか?祓います?」
「伏黒くん、あれは見ない方にするのが賢明」
「わかりました」
「あ、あとこれどうぞ。ハッピーバレンタイン〜」


朝からずっと居る背後霊は無視して、伏黒くんと虎杖くんにデパートで買ったチョコを手渡す。キラキラの笑顔で受け取ってくれる虎杖くんと、表情を変えずに受け取ってくれる伏黒くん。表情の対比がおもしろい。と、思っていると、その隣にさっきまで後ろに居た背後霊が並んで手を差し出していた。なんとしてもチョコが欲しいらしい。


「なまえ〜僕のは?」
「悟はあとで」
「僕が一番じゃないの結構悲しいんだけど?」
「先生なんだからわがまま言わないの」
「五条先生となまえ先生コントみたいだな」


ケラケラと虎杖くんは笑い、伏黒くんは呆れた表情を見せる。普段一体生徒たちにどんな扱い受けてるのかちょっと心配になった。まぁ、二年に「悟」呼びされてるし、気にしてはいなさそうだけど。


「なまえ〜早くしないと糖分切れ起こすよ〜」
「誰が?」
「僕が〜」
「なんで?」
「なまえからチョコ貰うから今日は何も持ってこなかった」
「…バカでしょ?」
「なまえバカだよ、僕は」


そう言って悟はキリっとした表情を顔面に浮かべた。そうすればかっこいいって知ってるんだろうな。私は今更そんなことされてもキュンとなったりしない…ちょっとしかしないけど。
私が悟にチョコを渡さないのには理由があった。渡さないのではなく、渡せないのだ。悟が甘いものが好きだからとホールでチョコケーキを作った。それを学校に持ってきたら、私と悟が付き合っていることを知っている人みんなに、「五条悟へのチョコ」ということは丸わかりなわけで。いい歳して、それはちょっと厳しい。つまり、悟へ早く渡したい気持ちより恥ずかしさが勝ったのだ。


「僕が倒れたらどうするのさ」
「硝子のところに引きずっていく?」
「先生さ〜、あ、五条先生の方だけど、グッドルッキングガイって自分で言うくらいなんだから他の女の人から貰ったりしねぇの?」


私のあげたチョコを食べていた悠仁くんが、悟とのやり取りに助け船を出してくれた。考えてみればそれもそうだと納得できる内容で、私も思わず感心してしまった。なのに、悟は間髪入れずに「そんなの受け取るわけないでしょ」と最低なことを言ってのける。


「悠仁、僕はね好きな子からのチョコしか受け取らないよ」
「へぇ、そんなもん?」
「なまえが嫌がることはしない、これは僕のポリシーだから」
「いや、別に嫌がってないし、せっかく用意してくれたものは受け取るべきだと思ってるけど」
「なまえ先生って残酷なこと言いますね」
「それは俺も思った」
「残酷…?」
「五条先生を擁護するわけじゃないですけど、男は嫌って言って欲しいですよ」
「そうなの?!伏黒くんも虎杖くんもそう?」
「男が全員そうってわけじゃないと思うけど!俺も受け取んないし、嫌って言って欲しいかなぁ」
「恵…悠仁…、僕の教え子たちはいい子ばっかだなぁ」
「そういうものなのかぁ」


悟が変だ変だ、と私はずっと思っていた。硝子も傑も七海も同調してくれていたし、それが普通だとばかり。すっかり呪術界に毒されてしまっているけれど、一般的に見たら変なのは私たちの方かもしれないと気づきを与えられる。


「ちょっと頭がこんがらがってきた」
「はーい、そろそろなまえ回収します〜」

悟がそう言って私の額を片手で抑えながら、抱き寄せる。じんわりと背中から伝わってくる悟のぬくもりに、ホッとしながらもここは教室で目の前に生徒が居るという背徳感からまた感情がごちゃ混ぜになってしまう。



「僕はね、ありのままのなまえが好きなの」
「知ってます」
「だから、なまえが感情を揺らすのは僕だけでありたいわけ。余計な入り知恵はいらない」
「五条先生おっもいね」
「悠仁」
「ん?」
「思いは重いものなんだよ」



意味が理解できないまま悟に教室から連れ去られる。ごった煮の感情をろ過するように、ただされるがままに従った。理解できていない部分もまだたくさんある。けど、悟がありのままでいいと言ってくれたという事実は、私の頭の中に残っていて、よくわからない情報を省いたら、私が悟を好きで、悟も私が好きという事実だけが残った。


「悟、」
「ん?なに?悠仁や恵の言ったことはなまえは気にしなくていいよ」
「うん、でも言っとかなきゃと思って」
「なにを?」
「私ね、悟が好きだし、悟へのチョコは大きすぎて持ってこれなかったの」
「最初からそれを言って欲しかったよ」


優しい手のひらが私を自由な場所へと誘導する。悟の前で素直になれない自分も、悟のために大きなホールケーキを用意するのも全部私自身で。根底にあるのは、「好き」って気持ちと「悟に喜んで欲しい」って気持ちなんだよ。


「ちょっといじけてただけさ」、と悟が私の額に唇を寄せながら呟いた。就業時間はあと5時間残っている。きっともう悟は「チョコが欲しい」と私に言っては来ないだろう。あと5時間経てば二人きりになれる。チョコを渡すことが出来る。私はポケットの中の飴玉を悟に差しだしてこう言うの。「あと少しこれで我慢してね」と。