それから何度か繰り返し過ごしたが、通り魔に襲われて死んだり、交通事故にあって死んだり、銀行強盗に巻き込まれて死んだり……彼らと関わらなくてもここらへんは事件が多いらしい。その都度4月7日に戻された。何となく生きていくには、あまりにも辛いことが多かった。 泣いて喚いて叫んで死んだところで何も変わらない日々からとにかく逃げたかった。 そこで私はこの世界で生きていくために1つ目標を立てた。1番好きだったキャラクター、降谷零を幸せにすることだ。この目標のために私は何度もやり直している。そう思うと少しだけ救われた。 カレンダーにその目標を大きく書き、改めて私は何度目かわからない4月7日をスタートした。目標を決めただけで、そのために具体的に何をするかは全く考えていなかったので、とりあえず今までとは少し違うことをしてみることから始めた。しかし結果はあまり変わらなかった。ただ、カレンダーに書き込んだ目標が消えていなかったことに気が付いた。どういう原理かはわからないが、カレンダーに書いたことはそのまま消えずに残るらしい。とりあえず自分に起きた事などは全てメモすることにし、今覚えてるコナンの知識も書くことにした。
 何度も過ごした中で決して変わらなかったことがあった。それは11月7日の先には一度も進めないということと、4月7日に戻されるということ。もしかしたら、萩原が死んでしまう爆発事件をどうにかしろということなのかもしれない。一般人の私に出来る事なんて限られてるし、犯人が誰なのかも覚えてない。というか、知らない。 今まで頑なに避けてきたが、 私は萩原研二と接触しなければならないらしい。とはいえ彼は警察官なので、家を出る時間も帰ってくる時間も一定ではない。とりあえずご飯作りすぎちゃった作戦を決行したが、渡せる回数が少なくそこまで仲良くなれることなく4月へ戻った。鍵を忘れて家に入れない作戦は、萩原よりお母さんが先に帰って来ることがもあり失敗に終わった。こうして何回か試したが、7か月ではたいして仲良くなれずに全て中途半端で戻ってきてしまった。
 ある日、学校で全校集会が行われた。生徒の誰かが煙草を吸ったようで、吸い殻が校内に落ちていたという内容だった。そこで彼が煙草を吸っていたことを思い出した。というかこんなに近くにいて何故気づかなかったのだろう。まあいいかとあまり気には留めなかった。近くのコンビニでバイトをすればいつか会えるのでは?と思い、家から一番近いコンビニでゴールデンウィークからアルバイトを始めることにした。数日でうまくいくとは思っていなかったが、ゴールデンウィーク全てフルタイム入っていた私は少しだけ期待していた。そんな期待も虚しく、何事もなく連休最終日のバイトが終わった。学校がある日は夕方からしか働けないので会える可能性が下がる。どうしようかなと考えながら帰り道を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「これ、落としましたよ」
「え?あ、ありがとうございます……?」

 スーツを着た男に差し出されたものは、白い液体が入っている小瓶だった。

「これ、私のじゃないです。別の方の落とし物だと思います」
「いや、君のだよ。正確には僕から君へのプレゼントだけどね」

 そう言った男はにやりと笑い小瓶を私に向けながら近づいてきた。反射的に後ずさるがすぐ後ろは壁だったため、私は思わず走った。何度も死んだことはあるが、怖くないわけじゃない。ましてやこういったことは初めてだ。怖くて後ろは振り返れないが、何かぶつぶつ言ってるのが聞こえるので追いかけてきているだろう。私の足が速いのか、彼の足が遅いのかはわからないが追いつかれることなく大通りに出た。少し安心し、誰でもいいから助けを求めようと辺りを探すと自転車に乗ったお巡りさんがこっちに向かってきていた。

「お巡りさん!変な人に追われてるんです!助けて下さい!お巡りさん!」

 ちら、とこちらを見て何事もなかったように通り過ぎて行ったお巡りさんに負けじと叫ぶが止まることはなかった。お巡りさんのくせに仕事しないなんてどういうことだ!怒ってても仕方がないので、どうしようとまた辺りを見回そうとすると後ろから腕を引っ張られた。

「無駄だよ、みよじさん。彼は面倒なく定年を迎えたいんだって」

 にやにやしながら路地へと引っ張る彼に対してやめて、離して、助けてと声を出したいのに口からは何も言葉が出なかった。抵抗しても男女の力の差のせいで逃れられない。このまま何処かに連れていかれて、性的暴行を受けると思うと怖いし気持ち悪い。……こんなこと考えるなんてもう諦めているようで自分が嫌になる。でも、こっちに来てから諦めが早くなったのは事実だ。死んでしまえばリセットされるから、と。今回の事も何度も繰り返してればいつか忘れられるかもしれない。怖いけど、このまま怖いのが続くなら抵抗なんかやめて早く終わらせた方が楽なんじゃないだろうか。そう思ったときに、引っ張られていない方の肩に手が乗った。抵抗する意味なんてなかった。仲間がいるならもう本当に逃げられない。

「この子に何か用でも?」
「お、お前こそ何か用か!?僕はこの子に凄く大事な用事があるんだ!離してもらおうか!」
「動揺してるのバレバレ。早口になってんぞ、変態野郎」
 
 そう言うと萩原は変態野郎の手を強く握り、私の手を解放してくれた。変態野郎は計画が上手くいかないとわかったのか、私を追いかけていた時よりも速いスピードで逃げていった。仲間じゃなかった、助かった……。

「みよじさん大丈夫?隣に住んでる萩原だけど……覚えてるかな?」
「は、はい、覚えてます。助けて頂いてありがとうございます」
「どういたしまして。むしろ捕まえられなくてごめん。一緒に帰ろうか」
 
 優しい声で私に声を掛け、私の気を紛らわせるように萩原は色々な事を話してくれた。実は警察官なんだとか、親友が女子以上にメールを打つのが速いんだとか、俺が作るココアは普通のココアと一味違うんだとか。凄く気を使ってくれているのがわかって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。マンションについて玄関を開けようとすると鍵がかかっており、母がまだ帰ってきていない事がわかった。鞄から鍵を取って入れようとするが、手が震えて落としてしまった。

「ご両親二人とも遅いの?」
「あ、えっと、うち母子家庭なんですけど……今日は遅いみたいです」

 無理矢理笑ったが、ちゃんと誤魔化せているだろうか。落ちた鍵を拾ってまた入れようとするが、うまくいかない。怖いけどこれ以上迷惑はかけられない。落ち着け、落ち着けば鍵は入る。大丈夫震えなんてすぐ治まる。両手で鍵を入れようと試みていると、私より大きな手が上に重なった。

「怖かったね、もう大丈夫だから。お母さんが帰ってくるまで家においで。大丈夫、何もしないよ」
 
 萩原は玄関を開けて家へと招きいれてくれた。座って待っててと私に言い、萩原は台所へ行くとさっき話してた萩原特製ココアを作ってくれた。言ってた通り普通のココアとは一味違くて、凄く美味しかった。テレビを付けるとお笑い番組がやっていて、二人で笑いながら母の帰りを待った。母が帰ってくると萩原は事情を説明してくれて、また何かあったらすぐに言えよ、駆けつけてやるからと言い自分の部屋へと帰っていった。すると母が今日は一緒に寝ようかと言うので、それに甘えて母と一緒に寝た。初めて親子のような事をしたので、嬉しかったのか怖い夢は見なかった。もうそこまで怖くないと思えるのも、母とこんなことができたのも萩原のおかげだなと思った。
 次の日母は、バイト先に事情を説明し昨日限りでやめると連絡をしてくれた。私はお巡りさんが助けてくれなかったことが許せなかったので、萩原に相談しようとポストへ手紙と昨日のお礼の品を入れてみた。すると数日後に日付と時間を指定された手紙がポストに入っており、ありがとう詳しく聞かせてくれとのことだった。その後そのお巡りさんがどうなったかは聞いていない。そうして萩原との接点は増え、順調に月日は流れた。今度親友を紹介したいと言われ、喜んでいた私は車が向かってきているのに気づかず撥ねられてしまった。せっかくここまで来たのになあと思いながらも私の世界は暗転した。
 目が覚めて重い気分でリビングへ行くと、母に昨日は怖かったねバイト先には連絡しておいたよと言われ、慌てて今日の日付を見ると5月7日だった。
 ここに来て初めて、私の時間が進んだ。