最近トト子ちゃんはすこぶる機嫌がいい。理由を聞いてみると、教えないと笑って誤魔化してくる。本当に何があったんだろうか。トト子ちゃんのアイドル活動はお世辞にも順調とは言えない。僕たち六つ子しか盛り上がっていない地獄のライブが終わってからどこか元気がないような気がしていたが…。でもまあ、機嫌が良いことにこしたことはないからなんでもいいんだけど。機嫌が良いと言うことは、遊びに誘っても断られる可能性が低いということだ。こんなチャンスを僕が逃すわけがない。
 すぐに誘いの連絡をしようとしたが、せっかくなので直接会って誘うことにした。トト子ちゃんってLIME死ぬほど冷たいんだよね。僕たちに対してだけかもしれないけど。幸い今日はみんな出掛けているので邪魔が入らない。母さんに夕飯までには戻ると伝えトト子ちゃん家に向かう。
 トト子ちゃんのご両親には自分の名前を最初に伝える。将来のために僕がトド松ということを主張しておきたいからね。仕事中なので軽く挨拶をし、トト子ちゃんの部屋へと向かう。ノックは6回。6男だから。こうして入る前に何松かを知らせる謎のルールがある。昔からやっていた事なので、誰がなんのためにやり始めたかは忘れてしまった。ちなみにノックしないで入るとトト子ちゃんお得意のボディーブローが飛んでくる。
 …あれ、おかしいな。いつもならノックをすればすぐ返事が来るのに。

「トト子ちゃーん?入るよ?」

 部屋に入るとトト子ちゃんは机に伏せて寝ていた。トト子ちゃんの寝顔ってすっごくレアかもしれない。すかさず無音カメラで撮る。可愛いなあ。気持ち良さそうに寝てるし今日のお出掛けはやめておこう。残念、最近出来たばかりのオシャレなカフェに行こうと思ってたのに。
 帰ろうと思い部屋からでようとしたとき、写真が落ちているのに気づく。拾っておいてあげようとその写真を手に取った。勝手に見るのは申し訳ないと思いつつも写真を見る。それはトト子ちゃんと女の子が写った写真だった。あれ、トト子ちゃんに女の友達なんていたっけ…?しばらく考えてみたが全然思い出せない。とりあえず机に写真を置いてトト子ちゃん家を出る。ご両親は忙しそうだったので会釈だけした。

*

 することがなくなり、どうしようかと考えながら歩く。このまま帰っても暇だし適当に女の子にLIMEして暇を潰そうか。それともパチンコにいこうか。…パチンコはおそ松兄さんがいそうだからやめとこう。うーん、どうしようかな。

「っすみません」

 考えながら歩きスマホをしていたせいで、隣を歩いていた人とぶつかってしまった。スマホも落とすし最悪だ。やっぱりもう帰ろうかな…。

「こちらこそすみません……あれ、トド松くん?」
「え?えっと、どちら様でしょうか」

 ぶつかった人に声をかけられる。結構可愛い。僕の名前を呼んだから確実に僕の知り合いなのだろう。こんな可愛い子、最近の合コンにいたかな?でもこんなに可愛い子ならすぐ連絡するはず。ということは合コンで出会った子ではない。…うーん、わからない。

「えっ忘れちゃったの?ひどいな〜!中学一緒だった相田です」
「えっ、相田さん?そりゃ気づかないよ!こんなに綺麗になれば」
「ふふっトド松くんってば相変わらず口がうまいんだから。あ、そうだ!これから中学の子達と飲むんだけど、トド松くんもどう?」
「んー、いきなり参加で皆嫌がったりしないかな?」
「大丈夫だよ!トド松くん人気者だったもん!」
「じゃあ、お言葉に甘えて。暇だったから助かっちゃった」

 母さんにやっぱり夕飯いらないと連絡をし、相田さんについていく。ぶっちゃけ相田さんのことはほとんど覚えていない。ただ、中学が一緒だったのは確かだ。一年の頃同じクラスだった。出席番号が一番で、自己紹介は必ず相田さんからだったということだけ覚えている。
 
*

 居酒屋につくとすぐに、何松?と皆に聞かれる。トド松だと伝え、扉の近くの席に座る。
 それにしてもこの何松?という流れは久しぶりかもしれない。懐かしなあ。つまらなかったらすぐ抜けようかなと思っていたが、案外楽しい。兄さん達のことばかり聞かれるのは少し癪だけど。時計が視界に入り、一時間程経っている事に気づく。皆いい感じに酔いが回ってきていた。

「遅れてごめん!」
「あー!遅いよなまえ!」

 扉が勢いよく開くと共に、深く頭を下げる女の子。…なまえ?誰だっけ。でも、聞いたことある名前だ。まあそれもそうか、同じ中学だった人しか来ないんだから。とりあえず久しぶり〜と皆に乗っかって言う。その時たまたま目が合った。合った瞬間、彼女は怯えたように僕から目を逸らした。…なぜ?それにしても彼女、最近どこかで見たことあるような気がする。でも思い出せない。あーすごくもやもやする。今日は思い出せないことばかりだ。ノックを6回する理由も、相田さんのことも、トト子ちゃん家で見た写真のことも。
 あれ、写真…?そうだ、トト子ちゃんと一緒に写真に写っていた子だ。唯一トト子ちゃんと仲が良かった子。ああ、彼女のこと全部、思い出した。なんで今まで忘れていたのだろうか。
 最近トト子ちゃんの機嫌が良かったのはこういうことだったのか。この間Tmitterで呟いていた見つけたというのも、これか。参ったなあ。
 彼女が来てからはどうやってトト子ちゃんの気を逸らそうか、そればかり考えていた。中学にあんなことをしておいて、また仲良くなりたいというトト子ちゃんには正直脱帽した。まあトト子ちゃんらしいけど。それにしても厄介だ。あの時は先輩と兄さん達がいたからなんとかなった。しかし今は僕しかいない。こんなこと兄さん達に真剣に相談しても、どうせ茶化されて終わってしまう。というかこの歳で兄さん達に相談するのも気持ち悪い話だ。
 考えろ、松野トド松。トト子ちゃんを失わないようにする方法を。僕が何かをしているとばれないような、何かを。とりあえずは中学の時と同じで、彼女をトト子ちゃんに近づけなくするしかない。トト子ちゃんをどうにかするのはかなり難しいだろうから。
 トト子ちゃんが彼女を見つけてもなお接触していないということは、何か理由があるのだろう。ならば時間はまだある。焦らずゆっくり考えよう。それとなく彼女の方を見る。昔と同じ、優しい笑顔で皆の話を聞いていた。
 また、その笑顔でトト子ちゃんを僕から奪うつもりなんだね、なまえちゃん。