tranquillo
音楽科の親友、茉莉とご飯をたべるつもりだった。
4限目終わりのチャイムが鳴った直後の事だ。携帯のバイブに気づき開いてみると、その親友の名前が。
「ーーーえ?抜き打ちテスト勉強?」
『そうなの〜!隣のクラスであったみたいでね。うちのクラスが次にその授業くるからさー多分同じことやると思うんだよね。まぁそれじゃ抜き打ちテストの意味ないけどぷぷぷ!とりあえず課題増やされたくないからガチで勉強する』
「そっかぁ。そっちでもあるんだねー」
『実技ならまだしも座学はあぶない。ってことでゴメン!今日は…』
「うん。クラスの友だちと食べるよ」
急用で無理になりました。
(って言ったもののはや数分。隣には誰もいない)
まわりの友人もたまたま予定が合わず一緒にご飯は無理そう。………というかカップルで食べる人多くて誘いずらいって理由もある。
教室で楽しそうに笑いあってるのを見て羨ましいなぁと心の中でため息を吐く。表面上笑ってるけど内心はちょっとモヤモヤ。
(私だって彼氏、いるし)
携帯のディスプレイには彼の連絡先。すぐに電話することだってできる。けど気が引けて。
「優香ちゃん?」
気が付けばカフェテリアまで足を運ばせてた。誰かに呼ばれて顔を上げると大地先輩が小さく手を振っている。
声をかけてくれたんだ。先輩もひとりだなんてめずらしい。隣に座りなよと促されてお洒落な丸椅子に腰をおろす。
「珍しいね。君が1人でここにいるのは」
「皆と予定が合わなくて」
「それは俺にとっての好都合。こうして二人っきりでいられるんだから」
「………大地先輩、相変わらずですね」
「君のその反応も相変わらず、だね」
ああ、頬が熱いと思ったらまたか。
三年の大地先輩は受験生。部を引退してから二人でゆっくり話をするのは久しぶりだった。
先輩と話してると気恥しい。数か月前まで放課後はほぼ一緒にいたはずなのだがどうも慣れない。
「なにしてたんですか?」
「昼下がりのコーヒーブレイクっところかな」
「わーおしゃれですねーって、ちゃっかり参考書読んでるじゃないですか」
「ん? ああ、ついでだよ」
ついでってレベルじゃない難しそうな本だと、表紙を見てとれる。まぁ先輩ならなんでも器用にこなせるから、それが普通なんだろう。
「―――それで。浮かない顔してどうしたんだい?」
「え?」
「話したくないんだったら無理には聞かない。でも、優香ちゃんにはそんな顔させたくないしね」
「(顔に出てんたんだ…)いやいやそんな大げさなことじゃないんで大丈夫ですよ」
「ほんとかい?」
「はい。ちっちゃい悩みですから」
遠距離恋愛って寂しいなぁと思ってたところなんです!って大地先輩の前だと気が緩みすぎて言っちゃいそうになる。言ったところでどうにもならないし優しい先輩だから心配して気にかけてしまうかもしれない。…いや、この時点で心配されてるから遅いか。こういうとき茉莉だったら素直に言ってしまえるんだろうな。自分の面倒な性分にため息を吐きたくなる。
「優香ちゃん」
また、不意に名前を呼ばれて顔を上げると。
自分が弱ってるときにふらりと現れて、励ましてくれる。その大きな手がどれだけ私を安心させてくれたことか。
じんわりと胸の奥に広がったあったかい気持ち。それを一番に教えてくれたのは目の前にいる先輩。この人にしかないもの。愛する人といる時とは違う。大地先輩の後輩として、接してるこの時間はとても穏やか―――。
「ありがとうございます」
これからもお世話になります。
感謝の気持ちだけ言葉にして心の中で深く深く頭を下げた。また先輩に、知らないうちに心配をかけてしまいそうだから前もって言っとく。
私の大好きな先輩はやっぱり大地先輩でした。
君の愛する人といられない時間。憂い焦がれる君に俺は先輩として、触れる。
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