It makes sense to you


上手く吹こうとしてるだろ

見栄張っても何も残らないぜ








それはそれは恥ずかしいコメントだった。

星奏学院音楽科のオケ部なんだからヘマなんてもってのほか。ましてや憧れだった千秋さんが目の前でわたしの演奏を聴いてもらってるだなんてそりゃあ失敗なんてしたら失礼極まりない。そう、千秋さんに認められるような演奏をすればいい。

そんな心情は素直に音となったわけで。千秋さんはそんな演奏に心底興味がなさそうな素振りでわたしに背を向けて去っていったっけ。一度も振り返らないで。






「見栄っ張りかー」
「先輩の場合バレバレですしね」
「………」


自分の演奏は誰が聴いてもそうらしい。自分でも察してるので何も言い返せないのが悔しい。

夏のコンクールは東日本大会が終わり次はセミファイナルというボルテージ高まりまくりの中、演奏会を控えてるわたしは落込んでいた。憧れだった人からあんなことを言われたんだ。テンションだだ落ちである。

なかなかな対応を見せてくれる練習室で個人練習をしてたハルくんを軽く睨むと、彼は肩をすくめて「それも先輩らしいってことですよ」なんて何事もなかったようにしらっと言ってのけ丸く収められた。


「あなたの演奏は情緒的。自分の心に正直すぎるんです。良く言えば感情移入しやすく悪く言えばその時の心情によって左右される。リスクが高い演奏スタイルですね」
「1年生にここまでバレてるなんて不甲斐ない」
「正直すぎると言ったでしょう。今更隠そうとしたって時間の無駄ですし弁解も虚しいだけですよ」
「………ハルくん、最近わたしに厳しすぎやしないだろうか」


優香ちゃんには優しいくせに。いじけるように寮のダイニングテーブルに突っ伏す。どうせ頼りない先輩ですよ。千秋さんにヒトカケラの興味も湧かせられなかったんですからね!


「先輩。練習をしないと何も始まりませんよ」
「うー欝だ」
「何の為にここに来たんですか?」
「………練習に少しだけ付き合ってもらうため」
「それなら早く始めましょう。移動しますよ」







***







「進歩なしか」


もう一度聴いてもらえたチャンスだっというのに今回もダメ。
山下公園の噴水の音がやけに遠くに聞こえたような気がして。まるでわたしの耳が聞こえるものすべてをシャットダウンしたかのような。遠くに広がる海の色も今はなんの魅力もない。すべて灰色に見えてしまう。
どうして。
考えて演奏したのに。自分に甘えてない。今もってる全力をだした。なぜ前回と変わらないのか自分でもわからない。


「お前は根っからの馬鹿だな」
「……なんでそんなことわかるんですか」
「一つのことしか考えられないだろ。お前の演奏は地味でも華やかでもない。不器用すぎて土台が作れきれてない」
「土台…」
「軸がぶれまくりすぎて何を伝えたいかまったく分からなかったぜ。本当のお前の演奏はどこにある」


たった二回だ。それだけしか聴いてないのにあなたはここまで分かってしまうのだろうか。
訴えかけるようにあなたを見つめると挑戦的な目で見下ろされる。それはわたしの憧れに繋がる、絶対的な自信。瞳から汲み取れる熱い情熱が想いがひしひしと伝わる。


「わたしは…。………わたしは誰かを喜ばせたい。それだけでいいの。わたしの演奏を聴いてくれる人にほんの少しでも。聴いて、楽しんで、喜んで、心があったかくなってほしいんです」


たったそれだけのこと。簡単なことを思い通りにやってのけるのには技術が必要だ。そのために音楽科に入ったんだ。
なんだ。千秋さんに夢中すぎて当初の目的を忘れていた。


「言葉にするのは簡単だな。もう一度吹いて魅せてみろよ」


お前の伝えたい音楽を。







***







「千秋さん。ここのアレンジですけど、どうでしょうか」
「……へぇ。対象者は誰だ?」
「近所の小学生です!」
「ならお前の得意分野だろ。子どもの感性に敏感なんだ、もっと好きなようにやってみろよ」
「! はい!」


そんなこんなで。
千秋さんに少しは認めてもらえたらしく、前ほど緊張して接することはなくなった。むしろ今はあなたの音楽性を学んで自分に取り入れたいからこうして関わるようにしてる。


「………口だけの落ちぶれた奴じゃ、なかったな」
「? 何か言いました?」
「いいや。ここまで俺を付き合わせたんだからな。退屈な演奏なんてするなよ」
「するわけないですよ。誰が聴いても最高のおもてなしをさせていただきますから」


それを教えてくれたのはあなただよ。この気持ちをいつか音にしてあなたに伝えたいから、待っていてほしいな、なんて。

「なんだよ、その顔は」「へ?」いつの間にか頬が緩み目を細め微笑んでいたわたしの顔。うわあ、完全に無意識だった。きっと締まりのない顔をしてるだろうそんなアホ顔を隠そうと両手で覆うとしたら、ガシっ。腕を掴まれた。(なにごと!?)一瞬何が起きたかわからず固まること数秒。千秋さんが小さく笑った。


「地味子といい、お前らといい星奏学院のオケ部には変な女がたくさんいるんだな」
「そ、そんことないですから!皆変じゃないし!」
「少なくとも佐伯はアイツらとは違う」
「………。………どうせ可愛くないですよ」
「しつこく俺に付き纏っとんだ。ここまでされちゃ可愛いいやつと思わないのが、おかしいだろ」
「………ん?」
「今日の夜、空けとけよ。今度は俺の用に付き合ってもらうぜ」


掴まれてた腕を引っ張り自身に引き寄せると、耳からダイレクトに聞こえてきた低い声。思わず変な声が出そうになり反射的に身を引いた。ふ、不意打ちすぎる!


「よ、用って」
「言っとくけど拒否権はないからな」


こっちの言葉を遮りお得意の口角をあげて、ニヤリと笑う。こうなってしまっては強制的だ。もとより断るつもりはないのだが。
さっきからドキドキと高鳴る心臓の音が、近距離すぎる彼にもしかしたら聞かれんじゃないだろうか。


「じゃ、楽しみにしとけよ?」
「は、はい…」
「なに緊張してんだ。あぁまさかお前、よからぬことでも想像してたんじゃないだろうな」
「ば、ばかやろう!そんなじゃないわい!!」


これをさかいに千秋さんに翻弄される日が続くことをわたしはまだ知らない。そんな真夏の昼下がりのお話。



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