dolce
「―――で、そこで火積先輩があーして、こーして…」
「ぷっ、あははっ、それほんとう〜?」
「ほんとだって!あ、でもこれいったらセンパイすっげー怒るから内緒ね?」
「うん!」
練習の小休憩の時、ぶらぶらと歩いてたらちょうどそこに優香ちゃんがいた。もちろんオレは彼女の練習の邪魔にならないようにこっそりベンチに座って耳を傾けて。やっぱこの音好きだなーって改めて思って。
彼女も休憩を挟むと、オレはすぐさま口を開いてぺらぺら喋り出す。耳よりな話から他愛ないことまで。あーでもまだまだ話足りない。君といるのがすごく楽しい。
『あー』
「?」
「……あ、赤ちゃんだ」
ひとつあけて、隣のベンチに座っている若いママさんとベビーカーに乗ってる赤ちゃん。そういえば優香ちゃんは子どもが好きって言ってたな。オレ達に手を伸ばしてる赤ちゃんに「かわいいなぁ」と呟いた彼女は頬を綻ばせていた。
ほんとにこどもが好きなんだなぁ。
「よかったら抱っこしますか?」
「え、いいんですか?」
オレたちに声をかけたママさんはにっこりと笑うと赤ちゃんを抱き上げた。「この子あなたのことばかり見てたのよ。フルートを吹いてた時からね」そう言って優香ちゃんに赤ちゃんを預ける様子を、オレは少し緊張しながら見守っていた。
「そうなんですか。ありがとう〜私の演奏聞いてくれて」
どきり。赤ちゃんに向かって微笑んだのにどうしてオレがときめいてるのか。いや、うん、だってその優香ちゃんの顔、今まで見たことない優しい笑顔をしてたから。
これからお母さんになって自分の赤ちゃんを抱っこしたときもあんな顔をするのかな…。
体を揺らしてあやしてる彼女の隣に立って、オレも赤ちゃんの顔をのぞき込んだ。
『あーうー』
「可愛いね。優香ちゃんになついてる」
「そうだったら嬉しいな〜」
「あ、彼氏サンも抱っこする?」
「彼氏?!」
「いいんですか?」
「え、新くんそこはつっこまないの…?!」
おそるおそる優香ちゃんの手から赤ちゃんを抱き上げる。
………わぁ。
「すっげーちっちゃい」
「そうだね」
「―――ふふ。君たちまるで夫婦みたいよ?」
「「え」」
これにはお互い顔を見合わせた。
「夫婦かー」
リンデンホールへの帰り道にぼそっと呟いた言葉に、また彼女は顔を赤くして「そ、そう見えただけであってさ!まだそんな関係にもなってないし!」ゴニョゴニョと言いよどむ姿は可愛い。頭をぽんぽんとたたいて気分が乗ってるオレは夕焼け空を仰ぎながら口笛を吹いた。
…まった。
いま優香ちゃんなんていった?
WまだW?
「新くん?どうしたのそんなにニコニコして」
「えっへへ、望み高しってところかな!」
「??」
あの赤ちゃんとママさんに感謝。オレのこの恋はいい方向に進んでる、気がします!
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