capriccioso.U




「あ…」
「ん?どうかしたの?」


目にとまったのはあんず飴。ぴかぴかに光るまーるいリンゴはとってもおいしそう。
手をつないで歩いてたお姉さんも一緒に屋台の前で立ち止まった。


「ふふ、食べたい?」
「うん…買ってきてもいい?」
「私が買うよ。茉莉ちゃんにあげるね」
「ええっ、いいの?」
「うん。ちょっとお姉さんらしいことしたいしさ」


そのままでも十分お姉さんらしいのに。でもその笑顔を見てわたしもうれしくなって、ぎゅーって抱きついた。


「あはは。じゃあみんなに伝えて…―――」


お姉さんが後ろを振り返る。と、そのまましばらく立ち止まってしまう。?どしたのかな?お姉さんを見上げると振り返ったまま、かたまっている。「あれ?どこいった…?」
お姉さんが呟いて、お兄さん達がいないことに気づいて私も首を傾げた。





***





「ねぇ、それってフルート?」


女の子が肩から下げてる長方形のケース。ずっと気になってたことを口にした。こくりとうなづいた君は「へたくそだけどね」と笑う。
フルートかー。君からでてくる音ってどんな音なのかなぁー。やっぱり可愛い音してたりして。


「オレはトロンボーン吹くんだ〜」
「あ、じゃあ茉莉と一緒だね」
「はぐれた友だちですか?」
「そー。でもわたしたち習い始めたばっかりだから…簡単な曲しかできないの」
「じゅーぶん!今度一緒に合奏しようよ」
「! う、うん。したい!」
「また突拍子もないことを言い出して…次いつ会えるかわからないんだぞ」
「じゃあ今日!オレ今からボーン持ってく、っ痛い!!」
「そんな時間はない」


また頭をたたかれた。ハルちゃんより頭一個分高いはずなのに後頭部ばかり狙ってきて、なんなのさー。
ぶーぶー。走れば間に合うかもしれないのにー。


「そっか。………また、会えるといいな」
「あーえっと、オレ仙台に住んでるんだ」
「? 遠いの?」
「うん、新幹線じゃなきゃここにこれない」
「そっか…」


まずい、しょんぼりしちゃった。オレそんな君みたくないのに。


「で、でもさ!優香ちゃんとはまたどこかで会えそうな気がするんだよね!うん、ぜったいに」
「ほんと?」
「うん!ハルちゃん家に遊びいくこともあるから、君のここに遊び来たときばったり会うかもだし」
「…まぁその可能性もなくはないな」
「だから、ね」


約束しようよ。
小指を女の子の前にだして、今日一番の笑顔を向けた。
しばらくきょとんとしてたけど、おずおずしながら俺より小さな小指をよわよわしく絡ませる。
それがなんだかおもしろくて少し吹き出して笑ってると「わ、わらわないでよ〜」なーんて眉間にシワを寄せる君。
可愛い女の子。見ててドキドキする。もしかしたら、君は俺の初恋の人かもしれない。

ほんとに、またどこかで会えたらうれしいな。


「ゆびきった!」
「えへへ、これでまた、会えるね」
「これからハルちゃん家に週一で遊び行こうかな〜」
「やめろよ、迷惑きわまりない」
「いいじゃーん。ばぁちゃんなんて大歓迎だろうし!」
「それとこれとは別なんだよ!」

「あ、あのね」


控えめに声を出した優香ちゃんは、肩に力が入りすぎててとっても緊張してるのがばればれだった。
なんでそんなに固くなってるのだろうか。顔を覗き込むとばっちり目が合って、隣に歩いてたハルちゃんの背に隠れてしまった。…耳まで赤くなってる。


「あ、ご、ごめんねっ。びっくりしちゃって」
「お前はもう少し落ち着けよ」
「あはは〜ごめんごめん。で、優香ちゃんどうしたの?」

「あの、ハルちゃんの、名前はわかったんだけど………あなたの、名前が知りたくて、その」

「そっか!まだ自己紹介してなかったもんね。オレの名前は―――」


〜〜〜♪


(?ヴァイオリンの音かな?)


自己紹介をしようと胸をはっていたが、違う音にかき消されてしまった。
「ね、ねぇ。音、聞こえてこない?」
目をキラキラさせて辺りをキョロキョロする優香ちゃん。なんだか俺も気になってきた。


「ええ。ヴァイオリンの音ですね」
「すっげー気になる!いこ!!」







***






「お姉さん」
「ん?」
「千秋さんたち、すっごく上手だね」
「うん、とってもね」
「魔法のヴァイオリンみたい」
「……ふふ、懐かしいなぁ」
「え?」
「弾き手の気持ちが、ヴァイオリンにいっぱいつまってるんだろうね」


お姉さんのいうことは難しくて理解できなかったけど、その優しい顔をみるとこっちまでほっこりしてきた。

どうしたら、あんな演奏ができるんだろう。あのまわりには違う景色が広がってるように見えた。
そう感じたのは初めてで。感動するって、こういうことなんだなぁって。
千秋さんの演奏はわたしが考えていた音楽の世界ってやつをもっと広げてくれた。
この瞬間からある意味スーパーヒーローなお方だった。


「…おい」
「………」
「おい!」
「はっ!はい!」


しばらく一緒にいてお友達(?)になった千秋さんに「ぼけっとしてんなよ」デコピンされた。さっきジャグリングの棒におでこ打ったからそれもあってすごく痛い。涙目になりながら本人の顔をうかがうと、早く何か言えよっていう目で見つめられたもんだからあわててさっきの演奏を思い出す。


「すごく、きれいで、ずっと聴いてられる。初めて音楽に感動したの千秋さんが初めてだよ。千秋さんのヴァイオリンが、大好きになりました!」
「………」
「これは、千秋にお熱やねぇ」
「茉莉ちゃん千秋くんの演奏に釘づけだったもんね」

「……ふん」

「あ、千秋くん照れてる。可愛い〜」
「うるせぇな照れてねーよ」


お姉さんがおちょくるとそっぽを向いた千秋さんの顔が見たくてまわりこもうとしたら、片手でガシッと頭をつかまれた。うぐっ、気になる。


「千秋さんの演奏また聴きたい!!」
「…また会えたらな」
「わーい!!」


「茉莉−−!」
「? あ!優香ちゃん!!」
「日野さん!」
「香穂ちゃ!」
「ん?」
「千秋!」
「おー、ユキ」


探してた友だちが大きく手を振ってこっちまで走ってきた。あれ、となりに男の子が2人いる。
みんなも探していた人が見つかったみたいでよかったよかった。



それから数年後。
本当にまたみんなと会えることになった。



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