capriccioso.V


「―――ったく……呑気に寝やがって」
「すーすー」
「起きろ、佐伯」
「んがっ」


鼻つまれたー!誰だ!気持ちよく寝てたのに邪魔してくるのは…ってえ!?大層ご立腹の千秋さんが目の前にいらっしゃる。あ、やばい。これあかんやつや。逃げ出そうとしたら当然のごとく腕をつかまれた。


「午後にわたしの練習みてくださーい、って約束してきたのはどこのどいつだ?」
「…ワタシデス」
「はぁ…」


なんてことをしてしまったんだ。せっかく千秋さんと仲良くなってきたのにここで親密度を落とすようなことしちゃうなんて。寮のリビングの椅子に座ってたらいつの間にか寝てたなんて。へこむ。「ごめんなさい…」口にした謝罪の言葉はちゃんと声になってたかあやしいぐらいで。


「……夢の中でも楽しかったみたいだな?」


? どういうことか顔を上げて千秋さんを見上げると、ニヤリ。口角を上げて目を細めるその顔は、あまりいい記憶がないんですけど。


「どういうことですか?」
「オレの名前、呼んでたぜ」
「え、えええええっ」
「始終にやけてたし。いいもの見れたな」
「ぜ、ぜんぜんいいものじゃありませんよ!記憶抹消しろ!!」
「お前がここで寝てるのが悪い」
「うっ…!」


千秋さんとの約束に30分ぐらい前からスタンバイしてていつのまにか寝てたんです…なんてアホすぎて言えないから黙っとく。


「ま、お前の場合早くから俺のこと待ってたらいつの間にか寝てたってオチだろ」
「! するどい…」
「あたりかよ」


はぁ、とまた溜息をつくと「うわっ」わたしの頭をわしゃわしゃし始めた。「鳥巣」というとどこか満足気な顔で笑う千秋さん。
…そんな顔されるとなにも言えなくなる。惚れた弱みだぁ。

それにしても、なつかしい夢をみた。
名前も声も全部うろ覚えだからもどかしいけど、あの子と千秋さん、すっごく似てるんだよね。


「………(じーっ)」
「なんだよ」
「(まさか、ね)なんでもありません!さっそくですけど、練習みてもらっていいですか?」
「ほんと、調子のいい奴だなお前」


くつくつと口角をあげて笑うのも、あの子にそっくりだった。





***





「………ん。優香ちゃん…?」
「ふふ、起きた?」


ああ、そうだ。オレこのまま寝ちゃってたのか。優香ちゃんの顔を見上げてるこの状態、ぞくに言う膝枕をしてもらってたんだっけ。


「まだ眠い?目がちゃんとあいてないよ?」
「んー、うん。そうかも…」


もぞもぞ動けば彼女は緊張して、膝に力をいれる。それが伝わってきてくすくす笑うと「もー恥ずかしいんだからねー」って顔を赤くする。


「今日はオレのわがままひとつ聞いてくれるって約束だから、もーちょっとだけ、ね?」
「…しょうがないなぁ」

「…………あのさ、」
「ん?」
「なつかしい夢を見たんだ」
「へぇー。どんな夢?」
「初恋の夢かな」
「え?!」
「うわっ」


いきなり動きだしたもんだから危なく頭から下に落ちそうになった。あきらかに動揺してる優香ちゃんにはお構いなしにオレはまた膝の上に頭をのっける。
…真下からだとゆうかちゃんの表情がよくわかっておもしろいかも。今はすっげー慌ててる。


「え、ええっと、それってどんな人?」
「ぼんやりとしか覚えてないけど。確かフルート持ってた」
「え………」
「へへっ、優香ちゃんと同じだね」
「う、うん」
「もしかしたら、優香ちゃんだったりしてね」
「ま!まさか〜だって住んでるところ違いすぎるもん。会ってるわけないない」
「現実的だなー。もしもーってことがあるかもしれないよ?」
「そ、そうかもしれないけど…!」


それだったら、今オレがこうして穏やかでいられるのも頷ける。これが本気の恋ってことはよくわからないけど今までに感じたことない気持ちがここにはあるんだよ。

もうそろそろ、自分に正直になってみようかな。


「新くん?」
「……オレさ、やっぱりあの子はゆうかちゃんなんじゃないかなって思う」
「え、ええーっと」


そっと君の頬に手を添えて瞳を見つめる。恥ずかしそうにしながらも君は嫌がることもなく見つめ返してくれる。オレはこの時がたまらなく好き。


「だから、その時になったらちゃんと言うね」
「………なにを?」
「…それは、――――」


体を起こして、君の耳に口を寄せて、言う。
「 」
しめにほっぺにちゅっ、と唇をあてると、された本人は顔をこれでもかーってぐらい真っ赤にさせててわなわな震えてるじゃあないか。えへへー君のその反応が可愛いんだよなぁー。


「あ、新くんずるい!」
「ふふふー。じゃーオレ練習いってきまーす!」


このあと君が追いかけてきたら、思いっきり抱きしめようっと。それはもうとびっきりのハグを!



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