lointain


次の定期演奏会で演奏する曲を決めた。千秋さんがどう反応するかどきどき。今頃第二の自宅で寛いでいるという千秋さんに電話をかけるため携帯電話をぴっぴっぴ。そのままベッドへダイブしてコール音を数えていると「曲は決まったのか?」大好きな千秋さんの声がすぐに聞こえてきてそれはそれはいつも通りの千秋さんで。内心一人で笑ってたっていうのは自分だけの秘密にしておこう。曲を伝えると、へぇ。なんて納得してるような様子で首を傾げた。


『お前らしい選曲だな』
「えっ。イメチェンのつもりだったんですけど」
『感情移入が激しいお前はすぐ音に現れる。今の情景にぴったりだぜ、その曲』
「あ、ありがとうございます」
『なんだ?せっかく褒めてやったのに不服そうだな』

「………ちょっと違う自分を見せようとしたのに逆に納得されちゃって微妙な心境なんです」
『なんにでも馬鹿正直な誰かさんには程遠い話だな。…まぁ少なくともお前の口からその曲が出てくるとは思わなかったぜ。むしろまだ苦手な曲調だろ』
「それでも演奏したくなったんです。どこまでも深くて優しくて、センチメンタルにもなるんですけど。それを包み込んでる慈愛に満ちたりたバックボーンに心惹かれたんです」

『………。…おまえ、変わったな』
「千秋さんのおかげです」
『ふ、はっきりと言ってくれるじゃねぇか。その解釈でどう俺の心に響いてくるか楽しみにしてるぜ』
「ええもう圧倒的な包容力で虜にしてみせます」
『…そりゃ鬱陶しいな』


亡き王女のためのパヴァーヌ。あなたから音楽の本質性を学んだお礼として選んだ曲だよ。ってことはあえて隠して。わたしは伸びやかにどこまでも広がる音をゆっくりひろっていきたい。いつか、颯爽と華やかにぎんぎらぎんに演奏してる千秋さんのとなりでマイペースにね。


「聴きにきてくれるんですよね」
『行かない理由がみつからないな』
「ふへへ。楽しみです」
『あぁそうだ、連休中はまたそっちに泊まるから如月にも伝えとけよ』


なんだかこのやり取りも慣れてきたな。たびたび連休が重なるとこうしてリンデンホールに泊まりでくる彼。はるばると神戸からいとも簡単に移動してしまうあなたの行動力千秋サマさすが。そんなとこも好きである。


「ふわぁ……」
『疲れてんだろ。早く寝ろよ』
「ん。お言葉に甘えてそうします」
『ああ。おやすみ』


ただでさえ千秋さんの声こそかっこいいのにそんな優しいで言われたら…「早く会いたい」正直ものの口は衝動に負けてしまった。まずい。完璧に声出して言った。はずかしい。


「いや、その、えっと早く会って千秋さんのヴァイオリンが聴きたくてですね…その」
『お前な、今さら弁解したっていつも無意識で言ってるだろ』
「へ?」
『早く会いたいーなんて。なんのひねりもなくもっともらしい台詞、俺は好きだぜ』
「………」
『やっぱり根本的なとこは、変わってねぇな』
「うー」
『褒めてんだよ。これでも』
「よくわからないですよー」
『分からなくていいんだよ。お前はそのままでいいんだ』


自分だけ納得してるのが腑に落ちないが、なんだか電話越しに見える千秋さんの顔が笑ってるのが想像できて、まぁいいか、と。「――おやすみなさい」『おやすみ』ピッ。それでは、言われたとおりにすやすや眠りましょう。



あなたは遠くにいるのにどうして大きく、その存在を感じるのだろうと。愛のせい?そうだったら嬉しいな。

―――どこまでも深くて優しくて、センチメンタルにもなる それを包み込んでる慈愛に満ちたりたバックボーン

ああ、あなたを遠くに感じているからこんな表現になったのか。………千秋さん、それがわかって楽しみにしてるなんて言ったのだったら、もうあの人なんなんだろう。そんなすごい人がわたしの彼氏とか贅沢すぎやしないだろうか。
(いつか一緒に、この曲を作るきっかけになった絵を見に行きたいな。)



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