No special day


「おはよー茉莉」
「優香ちゃん、おはー」


同じ寮に住む二人。真夏の蒸し暑さのせいで、朝にも関わらず廊下を吹き抜ける風は生ぬるい。顔をあわせたその時にそんな風が吹くもんだからお互いビミョーな面持ちで挨拶をかわした。

星奏学院のオケ部に所属している彼女たちは校内選抜には落ちてしまった。
普通科の優香と音楽科の茉莉は大会には出ない代わりに今月行われる地方の演奏会(ソロで)星奏学院の代表として参加することとなってる。
律いわく人を惹き付ける演奏をするらしいから、と。当の本人はファイナル…最終決戦の演奏に向けて日々練習に取り組んでいて大忙しだ。


「おっはよー!優香ちゃん、茉莉ちゃん!」
「あ、新くんおはよ!」
「水嶋くんは元気だねー」


あきらかに優香を狙ってるであろう同じ寮に下宿してる水嶋新は大好きな彼女と会えて朝から気分は上々だ。そして日常化してるハグを人前で普通にする。
ハグされてる本人も全くイヤな素振りも見せずむしろ嬉しそうで。相思相愛ってやつですね!と見慣れてる茉莉はあたたかく見守るだけだ。ひとり微笑んで「先いってるよー」水嶋に捕まった彼女に一声かけてトロンボーンケースを背に外へと練習しに出かける。
今週末には演奏会が控えてるのだ。気合いを入れて練習しようと楽器ケースのベルトを握りしめた。
扉を開けるとまだ朝だというのに強い日差しの照りつけ攻撃をくらう。アスファルトに反射されるキラキラも目に悪い。でもまあ嫌いじゃないこの季節。


「さて、と。今日は何処で練習しようかな…。あわよくば千秋さんと出会えそうなところを狙っていきたいな。ぐふふ」
「何を狙って、だって?」
「?! ち、千秋さん…!?そ、そんなニヤニヤしてどうしたんですか」
「お前のお望み通りにしてやろうかと思ってな。ちょっと付き合え佐伯」


玄関から出てすぐ、むふふと妄想してたところすぐ後ろに彼女が思いを寄せる東金千秋の姿が。彼も彼女のすぐ後に寮から出てきたのであろう。
ニヤリ。効果音が聞こえてきそうな悪い事を考えているだろう彼に、惚れた弱みもあり反抗することも叶わないで縮こまってしまう。もうどうにでもなれ!半ばやけくそで「どうぞ!」気をつけのポーズをする。
表情をころころと変える茉莉に千秋は可笑しくなり、くつくつと笑った。こいつといると退屈しなくてすみそうだ、と。

後の2人は山下公園で即興演奏会をしたそうな。








「そっか優香ちゃんたちの演奏会、近いんだよね?」
「そうなの。これからもっとがんばらなきゃね」
「じゃーオレも手伝うよ!」


話は寮に戻り。食堂の椅子に横並びで腰掛けながら、陽気な青年と恥ずかしがり屋な彼女は仲つつまじくお喋り。
朝のアップは、オレとやらない?なんてことを言われたら断れるわけがなくて。優香は一つ返事で頷いた。


「でもいいの?私なんかに付き合ってもらっちゃって」
「いーのいーの。午前中はヒマだしさ。それに…」
「それに?」
「やっぱり君と一緒にいたいから!」
「わわっ」


またまた急に抱き着いてきてこのセリフ。ちょ、ちょっと恥ずかしい。
この一歳年下の男の子はところかまわずハグする。初めてされたときは恥ずかしくて照れてばかりだったけど、最近抱き返せるようになってきて。彼との距離も少しは縮まってるとうれしいなぁ。淡い期待もそっとこめて、彼の背中に手をまわして「ありがとう」とつぶやいた。


「…くすっ。かわいー」
「…新くん?」
「サイッコーの演奏になるように微力ながらお力添えいたします、センパイ!」
「?ふふ、おねがいします」


ビシッと敬礼してみせた新に優香もそれを真似て一緒にポーズ。しばらくして二人は同時にふきだし笑いあった。
肩にはフルートケースを掛け、片方の手は隣にいる彼と手を繋いで。準備万端オールオッケー(手を繋いでるのは緊張してるけど) …外はきっと熱いだろうけどなんのその。やる気と新くんパワーでしのいでみせる。そんな意気込む優香を見て新は目を細めた。


「(ほんと、一緒にいて楽しい子だなぁ〜)」
「新くん!いこ!」
「あ、そうだね。今日も一日がんばろー!」
「おー!」


山下公園でアップをしていくうちに2人のプチコンサートが行われたのはそれから数時間後のこと。
もう1組の即興演奏会組と意地になり張り合っていたのは夕方。それぞれの部長に怒られながら、寮に帰る途中に鳴いていた蜩に耳をすませ何でもないこんな幸せな1日がもっと長く続きますようにと、彼女達は人知れず願っていた。



back | top