semplice


「また雷かー」
「夏はこれがやだね」


ガタガタと音を鳴らす窓を横目に優香はため息をついてベットの上でゴロゴロ。彼女の部屋に遊びにきている茉莉もまた、ローテーブルに突っ伏していた。


「ニアはこんな中よく寝てられるよねぇ」
「ひゃーこんな雷鳴ってるのに…」


うらやましい、と今頃寝息をたててるだろう隣の部屋をちょっとひと睨みした茉莉は何かを思い出したのか、あ、と声をだした。


「また停電とかなったりして」
「ええっ、それはやだな〜。でも東金さんがちょーっとリフォームしてくれたから大丈夫じゃないかな?」
「それ、ほんとに外装だけなんだってよ。中身はてんでボロボロのままだって芹沢くん言ってた」
「あーじゃあ、ありえそうだね」
「起きてほしくもないけどね。…っと、わたしのケータイ光ってる。誰だろ」


前回の停電時もとても不便な思いをしたから(この寮だからなおさら)このまま何もなく過ぎ去ってくれればいいなーとぼんやり思ってると、
「あー!」突然叫び出した友人。耳に響くそれに少し眉を寄せて振り返ると、ケータイを片手に猛ダッシュで部屋を出てく姿が。


「茉莉?どうしたの」
「千秋さんに借りてたCD!今から返しに行ってくる!」
「え、いまから?」
「最近の千秋さん忙しかったから会える機会なくて、でも今は部屋にいるみたいだから!いってきます!」
「う、うん。というか東金さんの部屋にいくの?」
「そう!鑑賞会だってことでいろんな曲聴かせてくれるみたいーそれも高級品ヘッドフォンで」


でへへーと笑う彼女は聴くのが楽しみなのか、東金千秋と会えることが嬉しいのかどちらもなんだろうけど…その顔は少し赤い。やっぱ恋する女の子だなー。笑い方は置いとくとして、そんな友人の恋路を邪魔するわけもなく「いってらっしゃーい」と優香は手を振って送り出した。


「あ、優香ちゃんひとりになっちゃうからあっち行ったら水嶋くん呼んでくるね!」
「え!い、いいよ!大丈夫だから!」


制止の言葉も聞かずさっさと出ていってしまったではないか。…さっきは言わなかったけど、男女寮の行き来禁止のルールもこれじゃ滅茶苦茶だ。











「―――そして、オレが呼ばれたってわけね」
「…はい」


本当に実行して本当に彼がくるとは。自室で頭を抱えてる優香とは反対に向かい側に座る新は…ニコニコ笑顔だ。部屋を見渡して「可愛い部屋だねー」なんてのんきなこという。
彼と一緒にいられるのはうれしいけども、ここは自分の部屋なんです。寮の行き来禁止なんだよ!男の子を部屋にいれるのはこそばゆいんだよ…!


「(とかいって、結局部屋にいれちゃってるんだから…私も私よね…)」
「どうしたの?」
「あ、えっと、なんでもないよ!」


自室で二人っきりとか今思うとすっごい恥ずかしいことだよね。か、顔赤くなってないといいな。落ち着こうと、自分から話題を口にした。


「それにしても、今日はずいぶんと荒れてるね。今年一番強い雷かなー」
「強風だしね。あーあ、まだ吹き足らないんだけどな」
「練習室はファイナルに向けて部長たちが使ってるし…今日はしょうがないね」
「うあー雷なんてキライだー!」


そしてヒマー。うなだれる彼にくすっと笑う。


「ごめんね、私の部屋おもしろいのなくてさ」
「なにいってんの〜。おもしろくてあきない子ならここにいるでしょ?」
「え?」


人差し指で押された鼻。目を丸くした優香の反応が面白かったのか今度は頬をぷにぷにと押し始めた。「あらたく〜ん?」少し怒って彼の名前をよんでも聞く耳もたず、しばらくぷにぷにタイム。それはだんだんとエスカレートしていき片方の手も使って人差し指を少し立てて左頬を押した。


「ふふふー優香ちゃんのほっぺやわらかーい」
「もー…」
「こんなふうに優香ちゃんと一緒にいられるだけで楽しいからさ。お気遣いなく!」
「う、うーん」


こっちとしてはいたたまれないけど。どうにかしてこの状況を打破できないかともんもん考える。
あ、そういえばまだ飲み物を注いでなかったっけ。


「新くん、なに飲みたい?お菓子もあるから、おやつにしよっか」
「やった〜」


小さな子どものように手をあげて喜ぶ彼はとってもかわいくて。でもたまに見せる男の子の顔があるものだからあなどれないんだよなぁ…。そんなところも全部ひっくるめて新を好きと自覚してる優香は、改めて自分の気持ちがどんどん大きくなっていることにうれしく思い足取り軽く茶菓子の準備をはじめた。
るんるん気分の優香の後ろ姿を見つめていた新は首をかしげる。


「なにかいいもの見つけたの?」
「ないしょだよー」
「えー、気になる〜」

「はいはい。準備できたよ」
「やった!それじゃあさっそく、いただきまーす」


お菓子などを乗せたトレーをテーブルに置いて、お菓子にがっつく新をみて自分も食べようと腰をおろした。

好きって気持ちをあなたにつたえるのは、もう少しあとかな――――。



ずどん。辺りが光ったと思えば大きな雷の音。
びりびりと空気が震えて心なしか部屋もすこしきしんだように感じる。「こっわー」お菓子を口に放り込みながら窓の外を見上げた新は緊張感のひとかけらもない。


「やっばいね。近くにおっこちたのかも」
「そ、うだね」
「……………座らないの?」
「あ、うん…」
「怖い?」
「…ちょっとだけ」


雷は怖くない。でもこんなに近くで鳴ったのならば話は別だと思う。そわそわしてきて座ることも安易にできない。


「…………」
「優香ちゃん」


こっち、おいで?

優しく微笑む新は両手を優香に伸ばす。目尻を下げて笑う彼に彼女は拒むことなく腕の中へと抱き込まれた。恥ずかしい。いい歳なのにかみなりを怖がるなんて。


「だいじょーぶ?」
「うん、新くんあったかい」
「あはは。平気そーかな?」


後ろから聞こえてくる声は、背中がぴったりくっついてるからか直接おなかに響いてきてどきどきするけど、それよりも、壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめてくれてるだろう腕から伝わってくるあなたの気持ちが、くすぐったくって。


「かみなりは苦手?」
「苦手…じゃないはずなんだけどあそこまで近い音が鳴ると、ね」
「さすがにびっくりするよねー。でも安心してよ、しばらくはこうしてるからさ」


覆いかぶさってきた新のおおきな手に自分も指を絡めて。「…ありがとう」呟いた優香の言葉に「どーいたしまして」と、抱きしめる力を強めた新も、優香の耳元でそっとささやいた。
















翌日



「―――それで千秋さんの部屋だけなぜか雨戸しまっててさ!停電がいきなりきたもんだからすっごい暗くてパニクってたら、千秋さんなにしたと思う?!」
「ええーっと?」
「あの人いきなりは、ハグしてきてしばらくベットの上でそのままだったんだよ!!」
「お前がうるせぇからそうしたまでだ」
「?! 千秋さん!」
「それともなんだ? なにか期待してたのかよ」(ニヤリ)
「ち、ちがうわこのすけこまし!!!」
「あはは…」
「………優香ちゃんたちは?」
「こ、こっちはとくになにもないかなー…ゴニョゴニョ」(ずっとあのままだったーなんて口にするのは恥ずかしい)



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