また三日目の朝へと戻った俺たち。
時計台の入口前で、昨日(っていうと変だけど)受け取っためおとのお面を掲げ見上げていた。「綺麗だね」と、隣で同じようにお面を見上げているセリナに呟くと彼女は黙ったまま、太陽の光に反射されきらきらと映るお面を見つめたままだ。


「ねぇ。リンク、チャット」


やけに真剣味を帯びたセリナの声。
最後のお面を手に入れた今。何となく、彼女がしたい事がわかったような気がする。


「今回の三日間、私のわがままに付き合ってもらっていい?」


上の方で「はあ?」と今すぐでも"時のかさね歌"を吹いてムジュラと対峙しようと考えていたんだろう、呆れたチャットは少々怒り気味だ。
まあまあ、とチャットを宥めつつ「いいかな…?」なんて小首を傾げ見上げてくる恋人に適うわけもなく、頬をかきながら俺は頷いた。





セリナの思いつきは、突然だよな。
そんな二日前のことをふと思い出していた俺は、隣でくつろぐエポナの鼻息で我に返った。
隣にはセリナとエポナ。背中にはふわふわの草。上を見上ると無数の星。大の字でロンロン牧場の草原に寝転がるこの時間はなんと至福な事か。…クロックタウン側をちらりと見ると、時計台と目と鼻の先のお月様が。今この時間だけは、俺たちが今置かれてる世界観を忘れていたい。いや忘れよう。

珍しいことに、チャットは羽を休めてセリナの隣ですやすや寝ている。寝息が静かに聞こえてきて、いつも意地っ張りな妖精でも寝ることなんてあるんだなあ、なんてジト目でせっかち妖精さんを見た。

まあそれは置いといて。体勢を変えて、セリナの方に体を起こす。


「なあ、今日はどうして別行動にしたの?」
「そのほうが効率よかったでしょ?」
「…うん、まあ、そうだけど」


セリナの突然の思いつき。
それはタルミナの人たちを幸せにすること。
時の歌を使わないで三日間で成し遂げるのはセリナの言う通り、二人がかりじゃないときつかっただろう。
俺はおもに全神殿のボスたちを倒してきた。セリナは正義秘密結社ボンバーズ手帳に登録されている人全員を助けてきたらしい。
そしてお互い全員を幸せににしてきたらロマニー牧場に集まろう。というような流れの三日間だった。


「サコンのアジトは大変だったわ」
「だろうね。でも見る限りじゃ怪我なさそうだし、余裕だったんだろ?」
「まあね。だって闘ってないし」


けろんと言ってのけた彼女に首を傾げる。カーフェイの物語を進めていくと入れる場所、サコンのアジトってデグババやウルフォスを倒さないと扉が開かない気がしたけど。


「カーフェイが間違えてスイッチ踏んじゃう前にさっさとお面取って彼に押し付けてきたの」
「あぁ…なるほど。だから早く片付いたのか」
「うん!今はまだ、8時30分ぐらいでしょ」


得意げな顔で俺に笑って見せる彼女。本当は1人で、そんな危ないことしてほしくはなかったんだけどな。とは言わないで、すごいすごい。って言えばセリナはさっき倍の笑顔を浮かべた。

……あーあ。
時の歌を何十回、何百回吹いて、この幸せの時間が永遠に続いてほしいって一瞬でも考えちゃった俺は酷い奴かなあ。





「あれ?バッタ君にセリナちゃん!」


不意に後ろから聞こえてきた幼げな声。俺たちはその声を、何回、何十回と聞いてきた。あまり驚くことなく体を起こして後ろを振り返ると、予想してたおてんば娘はニコニコと、隣を歩くお姉さんは苦笑いをしながら見つめていた。


「ロマニーとクリミアさん、こんばんわ」


2人仲良く牛小屋から出てきたであろう姉妹に、挨拶をするセリナに続いて俺も軽く頭を下げる。
「こんばんは。リンクくん、セリナちゃん」挨拶を交わすクリミアさんの表情は何だか浮かない。多分、月のこと、だろうな。そんな姉の気など知らずにロマニーは、にんまりと笑顔を浮かべて胸に抱えていたビンを俺たちの前に見せた。


「じゃーん、シャトー・ロマーニよ!今夜飲むんだ〜!」
「うわ、うまそう!」
「いいなー!私も飲みたいー」


しかも絞りたてじゃん!バー・ラッテでは200ルピーもするという高級品ビンンテージミルクを前によだれが溢れそうになった。
セリナの目も輝いていたが、ふと何かを思い出したようで首を傾げる。


「でもこれってオトナと認めてもらった人じゃないと飲んじゃだめだよね?」


そういえばそうだ。ロマーニのお面をもってさえいれば"オトナ"として認められ、バーにも入れる。そんじゃそこらの子どもがそのお面を持つのはまだ早い。俺たちは例外としてね。

そんなお面を持っていないロマニーは、ふふん、と誇らしげに胸を張ってニヤニヤと口の端を上げる。胸に抱えていたシャトー・ロマーニの1瓶を持つと、蓋をすぽっといいと音をたてながら抜いた。


「私も今夜から"オトナ"の一員よ!!」


腰に手をあて、ビンに入っている高級品を勢いよく飲み始めたではないか。



「ちょっと、ロマニー…!」
「おおー」


セリナが止めにかかるけど、ぐびぐび飲み干していく勢いは止まらない。いい飲みっぷりだ。俺はそれに感心して拍手を送った…それに続いたのは、


「いいわよロマニー!一気、一気!!」


ノリノリなクリミアさんだった。それにいち早くずっこけたのはセリナ。起き上がった顔は若干怒っている。「いいんですかクリミアさん!」と怒鳴り散らす。


「…いいのよ」


小さな細い声に、思わず俺も手を止めてクリミアさんを見上げた。


「私が認めたの。ロマニーはもうオトナよ」
「…それにしては早いんじゃないでしょうか」
「あら、君たちだってもうオトナに認めたのよ?」
「まぁ俺たちはそうですけど。でもなんで急に」


「ぷはぁ…!」


飲み終わったらしいロマニーの声で、クリミアさんは妹に振り返った。さっきまでとは違う、何かに吹っ切れた清々しい顔で。


「どうロマニー、美味しかった?」
「最高だわ!もう一杯!!」
「続きは家で飲みましょう。リンク君たちの邪魔しちゃ悪いでしょ」
「…はーい、お姉さま」


俺と目をバッチリ合わせてウィンク(俺とセリナが恋仲なんて知った時も親指立ててウィンクしてたな)なんてしてきたもんだから、ああ、いつも通りのクリミアさんだなとほっと安心した。
渋々姉に従うロマニーはまんざらでもなさそうで、器用に高級飲料を抱えながら今度は嬉しそうにクリミアさんの腕に抱きついた。


「じゃーねバッタ君、セリナちゃん!また明日!」
「また、明日ね」


"また明日"
それはあの月が落ちてこなければの話。俺たちがどうにかしなければあり得ない話だ。遠くなっていく姉妹に手を振り、忘れてはならない元凶、月の存在を思い出す。

月の事で不安になっていたんだろうけど、彼女の事だ。第三者の俺たちに少しでも自身の胸の内を明かす事が出来て吹っ切れたように思えた。そんなクリミアさんの顔は、最愛の妹と手を繋ぎ、幸せそうに頬を綻ばせていた。




『ロマニー、今日は一緒のベッドで寝よっか』
『本当?!お姉さま大好き!』




「ーー微笑ましい会話ね」
「ああ。これから月が落ちてくるなんて、夢にも思わないような幸せな日常だ」


遠くから聞こえてきた仲良し姉妹の会話に自然と顔が緩んだであろうセリナは目尻を細め、優しくつぶやく。


「2人とも、幸せそうな顔してた。…私たちがやった事、無駄じゃないのよね」
「あの2人だけじゃないよ。この世界、タルミナに住む人たちを俺たちは幸せに出来たんだ」
「うん、うん…そうだね、よかった、本当に」


膝を抱えて顔を埋めるように小さくなった彼女。ハイラルの世界じゃ、大変だったもんな…。元の世界で起きた大事件を思い出しながら縮こまってしまった彼女の頭を優しく撫でた。






「リンク」


顔は伏せたまま名前を呼ばれ、なに?と返すと勢いよく顔を上げ、夜空を見上げたままセリナは続けた。


「矢、満タン?」
「? うん」
「その他いろいろ満タン?」
「ああ。全部補充済みだよ」


「よし!じゃあ念のためもう一回確認しよ」
「…――。りょーかい!」


なんで?と聞き返さなかったのはセリナの目で何をしでかそうとしているのか何となくわかったから。

ハイラルにいた頃の彼女は、もう、いない。

俺が道具をチェックしている中、セリナはチャットを叩き起こしていた。





「チャット、起きて!

 黒幕を倒しに行くよ!!」





クロックタウンから花火が打ち上げられていく様を見ながら、俺たちはエポナに跨がった。


子どもなりの背伸び