エイリア石騒動が終息し、落ち着いて来た頃。おひさま園に残った子どもたちは瞳子姉さんが現場監督(?)を務める一大イベント―おひさま園大掃除―に勤しんでいたそんな平凡な日。


「星華、この洋服はあちらのタンスの中へお願い」
「はーい瞳子姉さん」
「ヒロトと晴矢、風介はこれ、お願いね」
「…姉さん、これ、けっこう重いね」
「おっも!怪力バカに持たせればすぐ終わるだろ、おい星華、これ持てよ」
「はー?もうそんな重いもの私1人じゃ持てないわよ。頑張ってよ男の子でしょ」
「星華、私もそれを運ぶ」
「えっあ、ありがとう風介…。っていやいや。私のはいいから風介もヒロト達と頑張ってよ!」


後ろの方で指示出しをしていた瞳子姉さんの重いため息が聞こえてきたのは気のせいじゃないだろう。あーだこーだ言って何かと仕事を嫌がる晴矢と風介とそれを宥めるヒロトの3人はここぞという時の行動は早いが、波に乗るまではああしてチームワークがとれず効率よく物事が進まないのだ。
ひょいと私の荷物を持ち、抜け駆けしようとする風介を呼び止めた瞳子姉さんは「しょうがないわね」と言い争いを始めた晴矢、風介を見かねてある提案を切り出す。


「ある程度の作業が終わったら、星華と力持ちな男子達でお昼の買い出しへ行ってきて貰おうかしら」
「晴矢は左、風介は右持って。俺の掛け声で一気に運ぶよ」
「おう」
「ああ」


さっきの怠けはどこいった。せーの、と司令塔の合図で1度も休む事無く指定された場所まで持っていった3人。いきなり動き出した彼らの後ろ姿をジト目で見つめる。
あんなにやる気がなかったのに瞳子姉さんの魔法の言葉で動き始めるとは…。今までも何回かあったが何となく腑に落ちない。


「買い出しで好きな物買えるとは言え、それだけであんなやる気が出るのかしら?」
「(ヒロトも星華のこととなると単純ね)」
「姉さん?」
「…あなたもそのうち、あの子たちの動かし方が分かってくるわよ」
「?」


姉さんが珍しく優しく微笑んだが言葉の意味があまりよく分からなかった私は首を傾げる。




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かくがくしかじか。いろんなトラブル(主に晴矢と風介が元凶で荷物を散らかしたり)があったものの今日中に大掃除を終え、時刻は21時。
夕飯も食べ終わり各々好きなように過ごすこの時間だがみんな疲れが来たのだろう、自室に戻る人が多くリビングにいるのは指で数えるほどしかいなかった。
あれだけ動けば疲れるよね。かくいう私もさすがに疲れた。少し早いが私もホットミルクを飲んで寝ようかな。

キッチンに足を運ぶ途中。(……ん?)長テーブルに顔を伏せ今にも寝そうな緑髪のポニーテールが目に入る。
そう言えば、いろんな人からこき使われて大変な目にあってのを思い出した。
彼の分の飲み物も用意して自室に戻るように声を掛けよう。
「リュウジ」と名前を呼びながら肩を叩くと、今まさに眠りに入ろうとしていたリュウジは唸るような声を出しながら振り返った。


「あー… 星華だ…」
「はい、ホットミルク。これ飲んでもう寝た方がいいよ」
「ありがとう…。もうほんっと疲れた…なんであんな人使い荒いのかな…」
「よしよし。偉いよリュウジ。お疲れ」
「……子ども扱いするなー」


同い年なんだけど。と唇を尖らすリュウジをよそに頭を撫でる。同い年だけど、なぜかこう、可愛い弟のような感覚になってしまう。
まぁ彼本人はあまりいい気分ではないのかもしれないけど。嫌がらず撫でられてる姿を見る限りじゃ嬉しそうにしてるから、構わずなでなで。


「もー!星華ばかりずるい!」
「ちょ、ちょっとリュウジ、いきなり抱きつかないでよ!」
「あのね、俺だって星華のこと可愛いって思ってるんだから、これぐらいさせてよね」


な、なんて恥ずかしいセリフを言うようになったの!
私の首に腕を回し甘えるようなその声が耳のすぐ近くから聞こえると、途端に恥ずかしくなりこの場から逃げようとジタバタと暴れてみるも、「癒されるー」と体重をさらにかけ密着度も増してくるではないか。


「リュウジ、さすがにもう離して!」
「………」
「…おーい」
「………」
「聞こえてるー?」
「………」


だんまりかい。
横を通りかかった玲奈が「いつも大変ね」なんて呆れた声で言ってきた。助けを求めようにもそそくさといなくなってしまった同性に裏切り者ー!心の中で叫んだ。

いくら抵抗しても離れそうにないので、もう諦めよう…。この温かさも心地よくなってきたし。彼の背中をぽんぽんと一定のリズムで、眠気を誘うように優しく叩く。


「ふへへ。星華あったかいね」
「はいはい。そのまま寝ちゃいなさい」
「えー?もう少しこのままでいいでしょ?俺、今日頑張ったんだし。ヒロト達も今いないし」
「誰がいない、だって?」


救世主、登場。リュウジの口から出たその本人達、ヒロトと風介だ。リュウジの肩を双方から掴み、私から引き剥がす。その勢いはすさまじく、反動で私も引っ張られるぐらいだった。
ぐらついた私の肩を支えてくれたのはヒロトで、「大丈夫だった?」心配そうに見つめられると、先程のリュウジとは違う熱が肩から中心にじわじわと広がる。「へ、平気!」返した言葉は変に裏返る。おまけに胸の動悸までもおかしい。

…………身体は無駄に正直で困る。彼にバレたくないのに。


「さて、どうしてくれようかな」
「え、あ、えーっと。2人とも、どうしたの?」
「それはこちらの台詞だが?」
「リュウジ、君は特に疲れてるだろ。早く寝た方がいいんじゃないかな」


目に見えて分かるような滝汗を流しながらリュウジは2人の圧力に縮こまっていた。ジェミニストームの時からか、その前からかは忘れたけどなぜだかリュウジにはみんなあたりが強い。可哀想に。

ヒロトはにこにこ笑っているがその裏では何を考えているか分からない。本心は笑ってないだろうな…むしろ機嫌が悪いように思う。風介も無表情のままだが眉間に寄せるシワの数が多いところを見るに彼もまた機嫌が悪そうだ。


「星華〜助けて〜…」
「ヒロト達の言う通りよ、あなたは早く寝なさい」
「おおっと。その前に俺の部屋から出たゴミを片付けてもらおうか」


小さいワンちゃんのように助けを求めているリュウジがちょっと可愛いなと思っていたところ、ズカズカと間に入り込んで来たのは晴矢だ。
事態の恐ろしさにいち早く気づき逃げ出そうとするリュウジの首根っこを掴み、半ば強引に引きずるようにして連れていかれた。


「虎口を逃れて竜穴に入る…と」
「風介、リュウジの真似?」
「不本意だが」


笑って風介に訪ねると、「彼にはそれぐらいがちょうどいい」なんて半目でリュウジが消えていった廊下を見つめながら呟く。
どんまい、リュウジ。いきなり抱きつくのはびっくりしたけど嫌ではなかったよ。

ふと気づけばざわざわしてたリビングも静まり返り、私とヒロトと風介の3人しかいなかった。
…この3人ならゆっくり過ごせそうかな。
私は椅子から立ち上がり、キッチンに足を運ぶ。


「なんだかどっと疲れちゃったわ。飲み物温め直すけど、2人とも何か飲む?用意するよ」
「うん。貰おうかな。…あ、俺も手伝うよ」
「私も」
「ううん私がやるよ。あなた達こそたくさん仕事をしたんだから、座って待ってて!」


椅子を引き座るよう手招きすると、ありがとうと2人とも素直に座ってくれた。どちらも優しいから率先して手伝ってくれるのはありがたいが今は皆にはゆっくりしてもらいたい。
先程まで私も眠かったが、眠気が過ぎ去って逆に元気になってしまった。晴矢がこっちに(多分)来るだろうから、ボードゲームとか皆でやりたいな。誘ってみようっと。


「……しばらくリュウジと星華を離した方がいいね」
「……そうだな。元の日常に戻れてハメを外しすぎてる。昔は良かっただろうが今は自重してほしい」
「……(俺だって星華に抱き着きたい)」
「何か良からぬ事を考えてるな?」
「!……風介こそ何考えてたの?」
「…… 星華とどうすれば2人っきりになれるかどうかをね」
「………へぇ」
「おーい。何コソコソ話してるのー?」
「なんでもないよ、気にしないで星華」
「ふーん?」


キッチンから見えた2人の表情は、疲れがピークなのかとても怖い顔をしていた。思わず声をかけると、ヒロトはニコリと笑って誤魔化す。


「星華ー!喉乾いた、なんかくれ」
「はー?それがお願いする時の態度?」
「晴矢、リュウジはどうなったの?」
「片付けの後は治に預けたわ」
「うむ。それなら安心だな」


案の定晴矢も戻ってくると、飲み物を要求され自分でやれと思わず言ってしまいたくなったが、今日の彼の働きぶりを尊重してあげよう。晴矢の分も追加して、3人のマグカップを渡す際に気持ちが伝わるよう笑顔で「今日はお疲れ様でした」と1人ずつに手渡した。

晴矢は口を尖らせてぎこちなく。
「さんきゅー」
風介は無表情の顔を少し緩ませて。
「ありがとう」
ヒロトは優しく微笑みながら。
「ありがとう、星華」

そして他愛ない談笑のもと、思い出話に花を咲かせながらゆっくりとした時間を過ごした。


どうしようもない