「な、なに?」
「飴ちゃん」
「あっ。期間限定の飴玉買ってきたんだ。これあげるね」
「やった!ありがとう〜」
「はい、どうぞ」
「…………」
「………?」
「あれはないの?」
「あれ?」
「こう、ぎゅーって」
いきなり手をとられ見た目より大きな彼の両手に私の緊張で汗ばんだ手が包み込まれる。肌が触れ合っただけなのにどきんどきん。心臓が早く動き出してさらに焦る。
真波くんがいう、あれ、とはあの時やったものだろうか。
初めて彼に飴玉をあげたとき、部活がんばれって意味合いでやったもの。その時はただ、部活熱心(自転車熱心?)な彼を純粋に応援したくて下心なんてこれっぽっちもなかったし意識もしないでやってたような。
今思うとすっごく恥ずかしいことしてた。…あれ、覚えててくれたんだ。
「まっ真波くんの手って大きいんだね!」
「そう? それより、ぎゅってしてほしいんだけど……ダメ?」
「っ、だだダメなんかじゃないよ!えっと、でも、」
「? あぁ、俺が手を離さなきゃできないよね」
星華ちゃんの手、小さくてかわいいからさ。
これまた恥ずかしいことをけろって言ってみせた。そんなことないから。真波くんの手が大きいだけだから、だから、もうそんな台詞ぽんぽん言わないでほしい。正直言って心臓もたない。でも好き。
心音が、手を伝って相手に聞かれたらどうしようとそんなことを考えながら真波くんの片手におそるおそる手を伸ばす。
彼の手のひらに飴を置いて、指を一本ずつ優しく折り曲げ飴を包み込む。(今日の部活も、がんばって)そう願いを込めて彼の長い指に触れる。
仕上げに心もとないわたしの手で彼の手を包んで、ぎゅっ。愛情だけは人一倍だと今なら胸を張って言える。
「………はい。どうぞ!」
「………」
「…ま、真波くん?」
「星華ちゃん」
「え、」
急に引っ張られたと思ったら、視界が狭くなった。背中に回った手とほっぺにぶつかった硬いなにか。
…案外しっかりしてるんだ、胸板。と思ったのは一瞬で。
どうしてわたしは抱きしめられてるのだろう。
「好き、星華ちゃん」
頭の上から聞こえた、優しくとろけるような声。
どうして、そんなにわたしを好んでくれるのかしら。
抱きしめられたその日の放課後。
頭がほわほわしてろくな部活練習もできなかったのはこの際仕方ないと思う。言い訳してるのはわかってる。けど。
あの真波く…山岳くんの手が、背中に、まわって、ひっぱられて、あったかくて、ぎゅうってして、みみもとで――――
「星華ちゃん」
「!!」
「なぁに驚いてるの?一緒に帰ろうよ」
「え、あ、う、うん!」
校門前で待っていたところ、後ろから声をかけられた。あぶない。きっとにやにやしてたにちがいない変な顔を見られるとこだった。
というか真波くん、ほんとに来てくれたんだ。
(噂によると相手と待ち合わせしたにも関わらず山を何回も登ってきたという理由で遅れたとか聞いたことが)
「星華ちゃんは自転車好き?」
まあそんなことどうでもいいかなって思う。
何分何時間待っても、ここで待ってられる自信があった。
「オレほんっとーに山が好きでさ〜」
真波くんが喋ってくれる。会話ができる。目をキラキラさせて自分の大好きなお話をしてくれる。とっても幸せ。
「山が、大好きなんだね」
いっぱい話してくれた山岳くんに嬉しくなって、わたしは緩みっぱなしの口元のまま笑いかけた。
「………うん。すっごく好き」
遠くに見える山をずっと見てた山岳くんはへにゃりと、そう私に笑いかけた。「でもね、」とまた好きな山を見つめながら山岳くんは言葉を続けた。
「こうして君と一緒に、自転車の話をする瞬間も、俺はすごく好きだな」
ほら、またほっぺたが地面に落ちそうなぐらい甘い台詞をはく。反応に困るこちらの身にもなってほしい。