アイドルヒーロー


「アイドルねぇ」
「うん!キラキラしててかっこいいよね!」
「別に?」
「ええええかっこいよおぉーー!!」
「ヒーローの方がかっこいいし」
「あ、うん!それはもちろん!」
「ピンチの時に駆けつけてくれるし、正体もばらさないで決めるとこだけ決めて過ぎ去る!はぁ…かっこいいなぁ、、、」
「むっ。アイドルは皆に元気をくれるんだよ!!それだってかっこいいんだよ!」
「確かに。歌は元気をくれる」
「それに!あのキラキラした笑顔だよ!あんな風に僕も歌って踊ってみたいんだよ!」
「………」

「……僕、こんな性格だからどこまでいけるかわからないけど、でも、やってみたいから、」
「あーもう!行ってきなさいよ!」
「あ、へっ?」
「わかった、わかったから。嶺二のその顔…もうキラキラしてるよアイドルみたいだよ。」
「ほんと!?」
「ほんと。アイドルごっこしてた時なんかぎんぎらぎんだよ。」
「れいちゃんパワーでてた!?」
「ピンクのオーラがでてたよ。」
「それっていい意味だよね!名無しに言われるとすっごい嬉しい!!ありがとうー!」
「っ…」
「僕、頑張ってくるからさ!応援よろしくね!」








ずっと私のヒーローだった嶺二がアイドルになると言い出した。地元近所の私には同級生の友達が彼しかいなくて身近に感じてた分、急に嶺二か遠い存在に感じてしまった。
(確か、今日の歌番組に嶺二が出るんだよね)先週電話が掛かってきた彼の口説いお願い。それは「僕の晴れ舞台をぜったいに見てちょー!」……というもの。リモコンのボタンを押して、
(…う、わぁ)テレビに映る彼を見て、目を奪われた。あれ?嶺二ってこんなかっこよかったっけ?一瞬にして私の心を釘付けにさせてしまったの。それはどこかで感じたことのある………。ああ、ヒーローを初めて見た時だ。いじめられっ子だった私を助けてくれた時とは違う、キラキラしたヒーローがそこにいた。

そんなこんなで時間は過ぎてって。






「はあああ?あの倍率200の?!」
「そ!母ちゃんが勧めてくれたんだ〜。で!!見事!!うかりましたーー!!」
「…………で」
「褒めて褒めて〜っ」
「なん、でっ」
「え?」
「なんで、何も言わなかったのよっ!!バカああああああ!!!」
「うわぁ!ちょ、ちょちょちょっと!たんまマジたんまって!いだっ!?あいだだだだっ!」
「なんで、なんで教えてくれなかったの?!」
「…名無し」
「………」
「それは…―――」


悔しかった。私だけが彼の心配をして嶺二の仲がいい同級生だって自分だけ思って舞い上がってて、連絡がくるの楽しみにしてたのに。なんでそんな大切なこと教えてくれなかったの?目もとにたまった涙のせいで嶺二がぼやけて見えた。どんな顔をしてるかよくわからなかったけど。

むかし見た彼の、今にも泣きそうな顔でこっちを見ていたっけ。


そんな苦い思い出を今でもふと思い出す。








「えっ。嶺二くん…来てるんですか?!」


雑誌で見かけたあのスキャンダル事件。女の人……遊び回ってるだなんて嘘だとはわかってるけど。これ見せられるのはキツいなー。ファンとしても。まぁあの人のことだ、事務所に迷惑かけられないとかでこっちに身を隠してるに違いない。

で、その考えは的中。嶺二くんのお母さんからうちに連絡が入って、どうやら喝を入れてくれないかってことらしい。お母さんなりの気遣いなんだろう、電話越しに少し心配そうな様子だった。私も仕事の都合で寿家に行ける日は限られているから、と伝えるといつでもいいさ、って大雑把な答え。

ほんとはすぐにでも行きたいんだけどね。





「ってことで、来てしまった」


早退使ってでも来るなんてな。自分にびっくり。そうまでして会いたいだなんて私まだ気持ちの整理がきちんとついてないみたい。もう好きじゃなかったはずなんだけどなぁ。

すぅ…と息を吸って深呼吸。あぁ、寿屋があるこの通りが懐かしい。ほんのりと漂うからあげの匂いが大好きだったっけ。
(あれ?)二階の嶺二くんの部屋から、女の人の声が聞こえてきた。お姉さん?いやでも今そこでお客さんの対応してる。
じゃあ、誰?
脳裏を横切ったのは、嶺二くんが女の人を抱きしめて必死に顔を隠していた例の記事の写真………まさか。気になって寿屋の裏方に回って、壁を背にして耳を済ませる。

〜♪

(……おもちゃの、ピアノの音)可愛いな、まだ残ってたんだね。くすりと一人で笑っていると、嶺二くんの歌声が聞こえてきた。ピアノ伴奏に合わせてたどたどしく歌いはじめた嶺二くんの声は、少し震えてた。

ヒーローでも登場しそうな曲だ。彼が大好きそう。私も、好きになりそうな曲だった。
(何が、胸がずきゅーん、だよ) サビだと思う歌詞を聴いて吹き出してしまった。マジでーとか、うん、彼が作詞したんだな、きっと。その頃にはノリノリな嶺二くんの声だけがきこえてきて。ほんと、楽しそうだな君うらやましいぞ。あー昔のアイドルごっこ思い出した。



『あは…あはははっ…!』
『次はここ。間奏はまかせて。ほら!』

それに相づちをうつ女の人の声。

(なんだ、落ち込んでるかと思ったら…元気になっちゃったじゃん。)


『ありがとう…後輩ちゃん。いますっごく楽しい!』


………聞いたことない、こんな声。
答えるように、女の人が寿先輩って嬉しそうに名前を呼ぶ。


『うん……わかったから。泣かないでよ……』
















私にはもう、何もかもぜんぶ関係ないのに
悔しくて悔しくて唇をぎゅっと噛んで
勝手に出てくる変な涙をこらえて。

あぁ、あんな恥ずかし歌詞かいてるあんなバカより
私のほうがバカみたいじゃん。

あの時からわかってたことなのに。嶺二くんにとって私はただの懐かしい近所のお友達としか、思われてないんだから。



膝を抱えてうずくまってると、階段から二人が降りてくる足音が聞こえてきた。

見つかってもどうでもいい。もうどうにでもなれ。


……………。
あいや、私がこの場にいることで嶺二くんに迷惑かけることになるか。
あの緑の車に乗って行く気だな。


『だいじょうぶいっ!机の上に「おじゃましました」って書き置きしてきたからっ』


………。この車パンクさせてやろうかしら。こそっと聞こえたいつも通りな嶺二くんにイラッと来てしまった。いかんいかん。早くどこかにかくれなきゃ。こっそりと物陰に隠れて二人がでてくるところを拝見してやる。腫れぼったい目をめいいっぱいにあけて裏口から出てくるであろう彼らを見るため。

にしてもいたい。目が痛い。どんだけ泣いてたんだし。
(あ。出てき…、………)は?……え?なにあれ。お姫様抱っこしてるよ彼ら。

やだやだやだ、見たくない。あんな嬉しそうな昔のガキんちょの顔した嶺二と見つめあってるとか、まじ、ない。なにあの女。震える足を必死に抑える。 やっば、肩も震えてるよ。怖くもなんともないのに。幸せそうに駆け出した嶺二の…大きくなった背中を、本心ではいやだと言ってるのに見つめている、と。
後ろを振り返った嶺二と目が合ってしまった。


「〜っ!」
「………名無し?」


まっずい!気づいちゃったよ!名前よばれたし!!私いま涙で顔ぐちゃくだしというか今もなんか涙でちゃってるし!
ああああそんなことよりもこの場をどうやってしのぐか。


「が、…がんばれ!!」


必死に紡いだ言葉は、自分でもびっくりした応援メッセージだった。ぽかんとしてる嶺二くんの反応にいたたまれなくなって「アディオス!」と行ってその場から駆け出した。この逃げの決まり文句は昔嶺二が使ってたかもと、ぼんやり考えながら。






「先輩…今のは…」
「……。昔、俺のヒーローだった人だよ」