洋ゲー

Apex Legends


燦々とした日が照る常夏の孤島。ビーチの砂は白く輝き、広大なエメラルドブルーの海は心地よい波の音を奏で、島全体に生い茂った木々が潮風にそよそよと揺れる。新シーズンへの切り替わり作業中に主催側が提供してくれたこの島で、レジェンドたちは一時の休暇を楽しんでいた。パスファインダーはワットソンと一緒になって砂の城を作っている。ミラージュはパラソルの下に寝そべり気持ち良さそうに昼寝中だ。海ではローバやオクタン、ジブラルタルたちが楽しそうにはしゃいでいた。一方彼らと同様、今回休暇に訪れたブラッドハウンドは友人のヒューズを交えてしばらく島に棲息する獰猛な生き物たちを狩りに出掛けていた。一通り満足の行く戦いができた二人は体中に血や粘液を浴びた状態でビーチに戻ってきた。

「狩りに同行してくれて感謝するぞウォルター。おかげで素晴らしい戦利品が手に入った」

ブラッドハウンドはゴーグルに付いた血を拭い、脇に抱えたプラウラーの首を満足げに掲げた。完全に息絶えて大きく開いた口からは何本もの鋭利な牙が立派に生え揃っている。背負った毛皮と合わせれば自宅の戦利品室を豪華にしてくれるだろう。マスク越しにでも嬉しそうな様子が伝わってくるブラッドハウンドを見て、ウォルターことヒューズも肩に付いた粘液を払いながら微笑んだ。

「へっ、礼には及ばねェよ。俺たち二人で仕留めた獲物だろ? 俺も初めてお前と一緒に狩りができて楽しかったぜ」
「ああ。我々は時々こうして共に時間を過ごすべきだな」
「いいのかブラハ? 嬢ちゃんが嫉妬しちまうぜ」

キシキシとヒューズは茶化すように笑う。彼が口にした嬢ちゃんと言うのはブラッドハウンドの恋人であるエマの愛称だ。ブラッドハウンドがこうしてこの島に来たのにも彼女が行くと言ったから同行したまでだが、島に着いて早々に二人は別行動をすることになったのだった。

「あの子も俺たちと一緒に来れば良かったのになあ。今頃はどこにいると思う?」
「海で泳ぐと言っていたぞ。あれから大分時間が経ったが、まだこの辺りにいるだろうか……」

エマの事が少し気になったブラッドハウンドが周囲を見回そうとした時、丁度遠くから「おーい」と彼らを呼ぶ声がした。二人がその方向へ振り向く。次の瞬間、彼らはほぼ同時に息を飲んだ。
「おーい、ブラッド、ヒューズ!」明るく声を上げて、遠くから水着姿のエマが手を振りながら笑顔でこちらに駆け寄ってきていた。たった今まで水を浴びていたのか彼女の全身はしっとりと濡れており、動くたびに水滴が日の光でキラキラと輝いた。その眩い姿に二人、特にブラッドハウンドは目が離せなかった。思わずヒューズが口笛を吹く。やがて彼らの側まで来ると、エマは両膝に手を当てて軽く呼吸を整えた後に顔を上げた。

「二人とも、狩りに行ってたの?」
「あ、ああ! ちょっくら島を散策がてらな。ほら嬢ちゃん、こいつを見てみろ」

どこか気が散っていながらもヒューズはブラッドハウンドが抱えているプラウラーの首を手で指し示した。エマはそれを見て一瞬「うわあっ」と叫んだが、立派な首をまじまじと観察して興味深く唸った。

「へえ。この島のプラウラーはこんなに強面なんだね……」
「まあ、見た目通りこいつとやり合うのは中々骨が折れたぜ。こんな生き物でも悠々と狩ってみせるんだから、ブラハはすげェよな!」

ガハハと大きな笑い声をあげてヒューズは隣にいるブラッドハウンドの肩を叩いた。ブラッドハウンドは先程から一言も喋らない。それをヒューズが不振に思うと、彼が手を置いた肩が強ばっていることに気付いた。ブラッドハウンドの横顔を伺うとどこか緊張した様子だ。
「……ブラッド? ブラッド、どうしたの?」遅れてエマもブラッドハウンドの様子に気付くと怪訝そうに顔を覗き込んだ。そこでようやくブラッドハウンドはハッと意識を取り戻した。

「ああ、その、そうだな。お主の方はどうしていた? 海は楽しめたか?」
「う、うん! ローバにウェイクボードを教えてもらったの。ヴァルキリーに空で綱を引いてもらって、サーフボードで海上を滑るんだ」
「そうか。それは何よりだ」

エマが明るい笑顔を向けてくる。ブラッドハウンドもそれを見てマスク越しに微笑んだ。
「あ、そうだ」すると突然エマは何やら閃いたのか、胸の前で手を合わせた。「二人も一緒に泳がない? 丁度体を汚してきたみたいだし、せっかくだからさ」
そのままエマがブラッドハウンドとヒューズを交互に見渡す。確かに水に濡れたエマとは違い、二人の体を覆っているのは島の生き物たちの体液だ。実のところビーチに戻ってきたのも体を洗い流す事が目的でもあった。一番エマの提案に乗り気なヒューズはパッと顔色を明るくさせた。

「おおっ、いいじゃねェか。ブラハも乗るだろ?」
「私は……申し訳ない、遠慮する。この場所は他の者の目が多い」

しかしブラッドハウンドは首を横に振った。他人に素肌をさらすのはブラッドハウンドが苦手とする事の一つだ。ヒューズやエマと言った心から信頼を置く人物の前でならまだいくらかマシだが、ビーチには他にも大勢のレジェンドたちがおり、それがブラッドハウンドを躊躇わせた。ヒューズとエマはそれを察すると仕方なく納得した。

「そっか……分かった。じゃあヒューズ、あなただけでも一緒に行こうか。ブラッドは着替えがあるならキャンプで――」
「いや、ちょっと待ちな嬢ちゃん」

残念がるエマだが、そんな彼女にすかさずヒューズが口を挟んだ。目を丸くさせてこちらを見つめるエマにヒューズはビーチの脇にある岩場を指差して続けた。

「あっちの岩場が見えるか? あそこを越えるともう一つビーチがあるんだ。獰猛な獣はいないし人気も無い。お前ら二人で行ってこいよ」
「え、いいの?」
「ああ。俺はちょっくらウィットに用があるのを思い出したからな」
「……ブラッド、どうかな?」

エマも岩場を確認するとブラッドハウンドに顔を戻して上目遣いに反応を伺ってきた。ブラッドハウンドがヒューズを見ると彼はニッと目を細めて笑顔を返した。それにブラッドハウンドも口元を緩ませ、エマに顔を向けて頷いた。

「ああ。行こう」
「わっ、やったあ!」
「良かったな、嬢ちゃん」

その場で飛び跳ねて嬉しそうにはしゃぐエマをブラッドハウンドとヒューズは微笑ましく眺めるのだった。
先に行っていると言って岩場の方まで駆けていったエマを見送りながら、ブラッドハウンドは彼女とビーチにいる間ヒューズに戦利品を預かってもらうことにした。
「ウォルター、君の気遣いに感謝する」ヒューズにプラウラーの首を手渡し、ブラッドハウンドは礼を言った。それにヒューズは照れ臭そうに口ひげを掻いた。

「へっ、せっかく休暇に来たってのに恋人と二人きりで過ごせないなんてあんまりだろ? ウォルターじいさんでもこんくらいの事はできるのさ」
「やはり君はいい奴だな、ウォーリー。君のような者を友と呼べて光栄だ」
「礼なんかいらねェよ。ま、今度一杯奢ってくれるってんなら話は別だけどな」
「ふふ、考えておこう。じゃあ、また後でな」
「ああ。楽しんでこいよ!」

ヒューズの言葉に小さく笑い声をあげてブラッドハウンドは彼に背を向けるとエマの後を追いかけた。岩場で合流して一緒にもう一つのビーチへ消えていく二人の姿を遠くから眺めながら、ヒューズはどこかその甘酸っぱい光景に自身が半分程若返ったような気分を味わうのであった。
ブラッドハウンドとエマは岩場を超えてヒューズが言っていたビーチを見つけた。先程まで自分たちがいた方とはかなり規模が小さくなっているが、白い砂浜や青い海、周りを囲むように生えた木々と温かく照りつける日差しはこちらでも変わらず存在しており、むしろ閉鎖的で静かなその場所を二人はすぐに気に入った。
エマは砂浜の側に生えた一本のヤシの木に近づいていくと木の根本に手を添えて頭上を見上げた。風に揺れる葉の間から木漏れ日のように陽光が見え隠れしている。ブラッドハウンドはその側に腰を下ろしてマスクと血まみれの上着を脱いだ。海から流れる潮風が心地よく素肌を撫で、ブラッドハウンドの髪をわずかになびかせた。ヤシの木の木陰も涼しくて気持ちがいい。陽射しによって水面では宝石が散ったように光が瞬き、波しぶきの泡が白いレースのように海全体に掛かっている。ゴーグル越しに見るのとでは全く違う鮮明な光景にブラッドハウンドは心奪われた。いつの間にかエマもブラッドハウンドの隣に座り、一緒に海を眺めていた。

「綺麗だね……こんな場所が本当に存在しているなんて信じられないくらい」
「ああ、正に主神からの賜り物だ。こういった土地に来るのは新鮮だな」
「狩りで海に行くことは無かったの?」
「あることにはある。が、こんな風に陽気な場所は経験が無い」
「じゃあ、今回が初めてなんだ」
「そうだな。こうして愛しき者と穏やかに休暇を楽しむのはお主が初めてだ、エマ」

ふとブラッドハウンドは隣にいるエマに顔を向けると微笑んだ。エマはブラッドハウンドと顔を合わせて思わずぽうっと頬を赤らめたが、すぐに表情を緩ませると寄り添ってその肩に頭を乗せた。ブラッドハウンドもエマの腰に手を回して彼女を抱き寄せた。しばらくそうして静かに時を過ごしていた二人だが、ふとエマは恥ずかしそうに身をよじらせるとおずおずと口を開いた。

「ねえ、ずっと聞きたかったんだけどさ……」
「なんだ?」
「この水着……って言うより、ブラッドはこういう格好はどうかな? か、かわいいって思う?」
「ふむ? ああ、ええと……」

不安げにエマは問いかけた。実のところここまでブラッドハウンドから自身の格好について一切触れられていないため、彼女はどこか寂しさを感じていた。せっかく今日のために水着を新調したのに肝心の見せたかった相手からノーリアクションではあまりに物足りない。
ブラッドハウンドはエマの顔を見やると彼女の体へ視線を移した。エマが着ている水着は胸元にフリルが付いて全体的に上品なデザインではあるが、水に濡れているので本来のふんわりとしたフォルムは殆ど失われて生地が体に張り付いていた。ビキニ型であるため極限までボディーラインが強調されたその姿が目に入っただけでも、思わずブラッドハウンドは生唾を飲んでしまった。ブラッドハウンドにとってはあまり見慣れない類いの服装だが、正直色んな感情を掻き乱される。狩りから帰ってきてエマが出迎えてくれた際にブラッドハウンドが心ここにあらずだったのは単純に彼女の水着姿に見惚れていたためだ。先程までは何ともなかった心臓が急速に鼓動を早め、顔に血が巡っていくのが自分でも分かった。
「ねえ、かわいい……?」じっと自分の体を見つめたまま黙っているブラッドハウンドの顔を覗き込み、エマは再び問いかけた。ブラッドハウンドの心を知ってか知らずかエマがさらに身を寄せてくる。彼女の柔らかい素肌の感触がインナーウェア越しに自身の体に伝わってきた。
堪らずブラッドハウンドはエマから顔を背けた。主神は私を試しているに違いない、とブラッドハウンドは上手く思考が纏まらない頭の中でそう思った。

「その、ああ、何と言うか……」
「うん……」
「……とても愛らしいと思う。それにお主によく似合っているな」
「ほ、本当? つまり、かわいいって事?」
「ああ、かわいいよ。こんなに愛らしい者は今までに見たことが無い」
「わあ……ありがとう、ブラッド! そう言ってもらえてすごく嬉しいっ」

ブラッドハウンドから待ち望んでいた言葉を聞けてエマは歓喜のあまり思わずその体に抱きついた。
ブラッドハウンドは突然のことに一瞬驚いたものの、眩しい笑顔を見せるエマに自身も口元を緩ませた。胸元にうずめられた彼女の頭に手を添え、まだ湿った髪の毛をブラッドハウンドは優しく撫でかしてあげた。

「ねえ、キスしてもいい?」
「ここで、か? 誰かに見られでもしたらどうする」
「だめ? せっかく二人きりなのに……」

エマは顔を上げると物欲しそうな視線をブラッドハウンドに送ってきた。その扇情的な眼差しに見つめられ、思わずブラッドハウンドは口を噤んでしまう。彼女のそんな顔はブラッドハウンドの弱みの一つだ。
ブラッドハウンドはまだ少し躊躇っていたが、やがてため息を吐くと「ほら、こっちに来い」とエマを抱き寄せた。片手は彼女の華奢な腰にやり、もう片手の指で顎をつまんで顔を上げさせる。
エマが目を瞑るとブラッドハウンドは彼女の唇をそっと咥えた。チュッと軽い音を慣らしてエマの下唇をついばみ、そのまま二人は口づけを交わしていった。
白い砂浜の上で木陰に寄り添い愛を確め合う二人を潮風は静かに扇ぎ、波が呼吸や口づけの音を隠すようにさざめいていた。どれ程そうしていただろうか、しばらくして二人は満足するとどちらからともなく顔を離して見つめ合った。ふふ、と先に吹き出したのはエマからだった。

「こういう所で過ごすのもたまにはいいね。また次に休暇が入ったら運営に頼んで二人で来ようよ」
「そうだな。またいずれ訪れよう」
「うん、約束ね!」

そう言ってエマはブラッドハウンドに笑顔を見せると立ち上がった。そのまま海岸まで駆けていき、彼女は水に足を踏み入れた。
「ねえ、ブラッドもこっちに来てよ!」ブラッドハウンドの方に振り返り、エマが笑顔で手招きをする。ブラッドハウンドはあまり乗り気では無いようで、少し眉を潜めて彼女を見つめた。正直な所、こうして木陰からエマの姿を眺めているだけでも十分満喫できそうだった。

「私も入らないとだめか?」
「だめっ。一緒に水掛け合いっこしよ!」
「分かった、分かった。全く、少し待ってくれ」

しかしエマから強気に誘われ、ブラッドハウンドは仕方なく重い腰を上げると自身も服を脱いで下着姿になり、彼女のいる方へ歩いていった。
水に入った途端エマから軽く海水を引っ掛けられるとブラッドハウンドも彼女に反撃した。きゃあきゃあと楽しげにはしゃぐエマの姿を見てブラッドハウンドも段々と可笑おかしくなり、やがてビーチは二人の笑い声で溢れていった。
燦々と照る日の下、二人の周りを散る水しぶきは陽光に反射してダイアモンドのように輝くのであった。

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