洋ゲー
Don't Starve
「帰りたくないだって?」
それまたどうして。ウィルソンはすぐに続けた。彼の顔は驚愕というよりは怪訝そうだった。
ウィルソンに問いかけられた相手、エマは燃える焚き火をただじっと見つめていた。暗闇の中、炎が放つ琥珀色の明かりが彼女の沈んだ面持ちをくっきりと浮かび上がらせていた。
やがてエマは口を開いた。
「別に、いつまでもこの島にいたいわけではないの。飢え死にするかしないか、毎日怯える生活なんてまっぴら。家には帰りたい。だけど、帰りたくないの」
帰りたいけど帰りたくない。エマが発した意味不明な言葉にウィルソンは眉間に皺を寄せた。
「家に帰ると……怖い家族に会ってしまうとか?」
エマはウィルソンを見た。今度は彼女が目を丸くさせている。
しかしその目はすぐに細められ、次にはエマは笑い声をあげていた。
「まさか。私の家族は優しい人達よ、むしろ早く会いたいわ。それに、私は元の居場所で何一つ苦痛を感じていたことは無いの」
「じゃあ、何でまたあんなことを?」
「え?そりゃあ……」
ウィルソンの質問にエマは呻いた。彼にこのことを伝えるべきかエマはずっと前から悩んでいた。
エマのウィルソンへの想い。ともに生き抜いていく内に、まるでつり橋効果のように唐突に芽生えたこの感情。しかしそれは確かに恋だった。
その気にさえなればウィルソンに打ち明けることもできた。しかしいざ機会があると、エマは途端に勇気を失ってしまうのだ。
その内彼女は、ウィルソンがそうでないことを密かに感じ取っていながらも、彼に同じ苦悩を期待するようになった。
いずれにしろ、エマはウィルソンと必然的に二人きりでいるこの状況を好んでいた。それが家に帰りたくても帰れない理由だった。
エマはしばし沈黙していたが、やがて誤魔化すようにウィルソンに質問を返した。
「ウィルソンはどうなの。あなたは家に帰りたいと思っているの?」
「私か?もちろん帰りたいさ!」
即答だった。それだけでエマはウィルソンに脈が無いことを再び悟ってしまうのだった。
いや、そんなはずは無い。まだウィルソンの私への恋愛感情は確証が持てていない。恐らくは。
「やり残してきたプロジェクトだってあるし、また柔らかいベッドに横たわれることを心から渇望している。何にしろここではまともな研究もできないからね」
「それだけ?この島には何も未練は無いの?つまり、家に帰ることに何かしら抵抗は無い?少しでも?」
「そうだな……あえて言うなら希少な鉱物がタダで手に入ることだろうか」
エマは眉を潜めた。
なかなか彼女の聞きたい言葉がウィルソンの口から出てこない。それどころか未だエマの名前すら呼ばれない。
「それ以外は無いの?もっとその、この島で出会った誰かのことを寂しく思う気持ちは?」
「誰か?そうだな……」
顎に手を添えてウィルソンはどこともない頭上を見た。
そして途端にハッと顔を明るくさせると、わざとらしく指を鳴らした。頭上で電球が灯ったかのようだ。
「ああ、そうか。わかったぞ。ああ、もちろん彼女を寂しく思うだろうな」
「彼女?」
エマの瞳が期待に輝く。
鼓動が早くなり、今にもウィルソンの胸ぐらを掴んで問い詰めたい衝動をなんとか抑えて、エマはゆっくり押し潰すように訊いた。それは誰?と。
ウィルソンはエマのことを肘で軽くつつきながら、わかっているくせにとウインクをしてみせた。ナッジナッジ、ウインクウインク。相手にあるサインを送る古典的な方法だ。
その途端にエマはハッと赤面してウィルソンを見つめた。まるで宝石が散りばめられたように麗しい瞳だった。
ああ、ミスターウィルソン。エマは心の中で喘いだ。あなたはなんて策略家なんだ。いつだって女の子を焦らして求めさせる方法を知っている。私はあなたの手の上でまんまと転がされていたわけだ。
エマはウィルソンに目で合図を送った。わかったわウィルソン、あなたの言わんとしている答えがね。
ウィルソンも眉を何度か跳ねさせながらエマをじっと見据えた。そして改めて声をあげたのだった。
「もちろん、私はこの愛らしいチェスターを心から恋しく思うだろう」
エマは自分の顔を手で覆った。
それは彼女が期待していた答えとは大分かけ離れていた。もしクッションがあったならそれに顔を埋めて喚きたいところだった。
苛立ちを隠せないうなり声をあげて、エマは指の隙間からウィルソンを睨んだ。対照的にウィルソンは、愛らしいだとかいう毛むくじゃらの生物を抱き締めながら涼しい顔で彼女を見つめ返していた。
前言撤回。エマは確信した。ウィルソンは策略家なのではない、あまりにも鈍感で馬鹿な男なのだ。加えて相当無自覚な女誑しときた。
エマは次第にこの状況全体が途方もなく馬鹿らしく無意味なものに思え、最後に一つ大きなため息を吐き捨てるとぶつぶつと何かを呟きながら大股にテントの中へ戻っていった。
彼女の背中を見てウィルソンは明らかにエマが不機嫌なことがわかったが、何故なのかは理解できなかった。ましてやその原因が自分自身にあるのだとは。
焚き火の前で独り取り残されたウィルソンはしばらくチェスターとテント、交互に顔を見合わせるしかないのだった。
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