洋ゲー

Undertale


「エマ、パイが焼き上がりましたよ」

部屋の外からトリエルの呼び声がして、私は「今行く!」とだけ返事をした。
復習していたページの端に小さく折り込みを入れて教科書を閉じ外に出ると、廊下一帯に甘い香りが漂っていた。バタースコッチとシナモン、いつもの味だ。
お腹はそれほど空いていないけれど、トリエルのパイは勉強の合間には頼もしい相手だった。

「それで、お勉強は順調かしら」

向かいに座ったトリエルが紅茶のカップを傾ける。
私はパイを食べようとしていたが、それを中断して目を回してみせ、露骨に嫌がっている顔を作った。

「ママってばいつもその話題ばっかり。休憩時間くらい勉強のことは頭に浮かべたくないのに」

ママ、というのはトリエルへの敬称だ。と言っても、彼女は私の実母ではない。
トリエルは私がこの遺跡に落ちてきた日から、私を治療して、実の娘のように面倒を見てくれている魔物だ。地底の魔物達は横暴で恐ろしい奴らなのだと地上では教えられてきたが、トリエルはそんな印象を微塵も見せず、非常に寛大で母性的な女性だった。いつしか私は、彼女をママと呼べるまで信頼していた。

「あらあらごめんなさい。でもママはあなたのこと、誇りに思ってるって言いたかったの」

トリエルは私を軽くなだめると、そう照れくさい言葉を言ってこちらを見つめてきた。彼女の顔には優しい微笑みが宿っている。
しかし私は依然として不機嫌な面持ちを貫き、パイを食べるでもないのにフォークでそれを何度も細切れにしながら呟いた。

「ママは頭がいいだけが取り柄の娘が欲しいんでしょ」

「ああかわいい子、そんなことないわ。もちろんお勉強が進んでいるのはとても嬉しいことよ。でもそれ以前に、あなたがこの遺跡にいてくれるのが私にとっては何にも変えられないの」

「でもママ…」

「さあさあ、そんなにお行儀の悪いことをするんじゃないの。パイを召し上がれ。冷めてしまうわ」

私はまだ何か言おうとしたが、次第にどうでもよくなって荒々しくパイを一口運んだ。
するとみるみるうちに口の中に甘く優しい味とシナモンのとろける香りが伝わってきて、私は自分の顔がすぐに笑顔になるのを感じた。
トリエルに味の感想をきかれ、私は文句なしに美味しいと答えながら二切れ目に手を伸ばした。それを聞いたトリエルは心から嬉しそうな笑みを浮かべた。

「エマ、あなた本当に疲れていたのね。パイ丸々一個でも食べてしまえそうだわ」

「ママさえ構わなければ、全部食べられるよ」

「もう、この子ったら!」

食卓に笑い声が溢れる。
私はさっきの不機嫌が嘘だったようにすっかり柔らかくなり、しばらくトリエルとの会話を楽しんだ。

「エマ、後で気晴らしに虫取にでも出かけましょうか。一日中お家に籠ってお勉強をするより、もっと良いはずよ」

パイが半分まで無くなった時、紅茶を飲んでいたトリエルがきいてきた。
もちろん私の答えはイエスだった。

「正直、あなたに少し無理をさせてしまったのではないかと後悔しているの。あなたを賢くすることで良い母親の手本になれるのではないかと思って……」

しゅんとしたトリエルに私は首を横に振って、彼女を安心させようと明るく取り繕った。

「ママ、もういいの。私もママに横暴な態度をとったことを謝りたいんだ」

「ああ我が子、もちろんママはそんなこと気にしていないわ。怒ったあなたもとてもかわいくて、ママは大好きなのよ」

「もう、ママ!」

再び笑い声が溢れ返った。
この瞬間だけでも、私達は絵にかいたように幸せな親子だった。
こんな風にトリエルとずっと暮らしていけるのなら、もう地上に戻らなくなったってきっと構わない。そんなことを考えながら、私はまたパイを口に運んだ。
トリエルの作るパイはただのお菓子であると以上に、私と彼女とを繋ぎ止めてくれるものでもあったのだった。

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