洋ゲー
Super Meat Boy
生暖かい気温を包むように、からりと冷えた風が肌を撫でる季節。
フィータス博士の助手として彼のあじとに置かれている私は、こんなに辺りの森のそよ風が気持ち良い午後なのに、博士の研究室の掃除に明け暮れていた。
フィータス博士は一言で言えばあの奇妙な見た目通り、小学生と変わりないほど子供っぽい人で、研究室で宿敵のミートボーイを虐めるための武器や生物を生み出しては、彼にだけ夢中になり、片付けもほっぽらかしているのだった。それが私の、雑用という迷惑な仕事が増える理由である。
だからこの日も、私は床に散らかった金属片などをほうきで掃いていた。
ちりとりの中にゴミが溜まり、そろそろゴミ箱へ捨てようと思った時である。
突如開かれた研究室の扉の先に、フィータス博士がいつも通りスーツと帽子でめかし込んで、そこにたっていた。
「おかえりなさい博士」
普段なら私がそう話しかけ、フィータス博士が堂々と室内へ入り、実験を行う。
しかしフィータス博士は私の側まで歩み寄ると、次には私の腕を引いて、研究室の外へ連れ出そうとした。
驚いて、私はとっさに「まだ掃除が終わってませんよ!」と叫んだが、フィータス博士は私に見向きもせずただ無理やりに腕を引っ張っていった。が、私もまたその後抵抗はせず、頭にはてなマークを浮かべながらフィータス博士に連れられるままにあっさりとあじとの外へついて行った。
鉄製の扉が開かれると、次には森の冷たい空気に全身がさらされた。
フィータス博士はやっと私の腕を離したが、私に振り返るとすぐにここで待てといったゼスチャーを見せ、森の中へ消えていった。
しばらく私はぽかんと虚を突かれたように、彼の指示に従うつもりでもなくただフィータス博士の見えない背中を見つめていた。
というのも、フィータス博士が私をこんな風に連れ出したのは初めてであったからだ。
フィータス博士は確かに子供らしい性格だが同時に子供ながらの残酷さがあり、助手という立場を実に軽んじていて、平気で私を被験者にすることもある。この間なんて、チェーンソーを模した巨大ロボットの試験運転だとかで森中追いかけ回された。こう言ったら気の毒だが、フィータス博士が誰からも嫌われている理由がわかる気もするものだ。
だから本当のところ私は少し警戒していた。次にまた何かのモルモットになるんじゃないか、そう嫌な予感がしていた。
しかし結局のところ、それは考えすぎだったのかもしれない。
森に入ったフィータス博士はそれっきり戻ってこなかった。
三十分待ち、一時間待ち、二時間が経ってもフィータス博士は姿を現さなかった。
やがて私は博士を探しにいこうかと思うよりも、午後の絶妙な滑らかさに誘われて気付けばあじとの壁に背中をつけたまま地面に腰を落とし、眠りに落ちていたのだった。
目を覚ましたのは、空が茜色に変化し始めた頃だ。
顔をつつかれる感触に重いまぶたを上げると、目の前にはフィータス博士がいて怪訝な表情で私を見下ろしていた。
「ああ、博士、すいませんつい」
眠ってしまって。私は目を擦ることでなんとかぼけた頭を覚まし、そう言い終えようとした。
しかしフィータス博士はふと私の眼前に片手を差し出すと、私の言葉を遮った。
目を凝らしてフィータス博士の手に握られたものを確認する。次の瞬間、私は目を見開いていた。
一輪の可憐な花だ。パールのような純白に染まり、こちらに顔を向けている。
フィータス博士を見上げると、珍しく博士の単眼は下瞼を持ち上げていた。
「博士、これを渡すためにわざわざ私をここへ?」
フィータス博士はこくりと頷いた。
「どうしてまたこんなことを?」
問いかけると、しかし、フィータス博士は途端に黙り込んでしまった。さらには私から顔をそらし、わざとらしく顔を掻いている。
ははん、そういうことか。私の頭の中に閃きが生まれる。
つまり恐らくはきっと、フィータス博士は私のご機嫌をとろうとしているのだ。
ただでさえ周りの人々に嫌われている身の上、さすがに助手まで失いたくないのだろう。だから鞭を打ち付けた後は、一粒程の甘い飴を与えるのだ。
私は花を受け取ると、つい、フィータス博士を嘲笑してしまった。
フィータス博士は笑いの意味を理解できないようだが、少なくともそれがからかいから来ていることは察したらしく、すぐに私を睨みつけてきた。
なんだ、何を笑っているんだ。そう言っているようなフィータス博士に、私はまだニヤリと口元を緩ませながらもごまかしに謝罪をした。
ああ、こんな気遣いをしなくても、フィータス博士を嫌うことなど有り得ないのに。
握った花を見つめ、私は秘密裏に心の中でそう呟いた。そして最後に一言だけ、ありがとうございます、そう言って私はフィータス博士に精一杯の笑顔を向けた。
フィータス博士は慣れないのだろうどう反応を返したら良いか少々戸惑った後、最終的にはいつものしかめっ面であじとの中へ帰っていった。
これで彼の助手を辞めることができない理由がまた増えてしまった。肩をすくめ、しばしして私もまたフィータス博士の後に続いたのであった。
Back to main Nobel list