洋ゲー

Bioshock


「はい、あーんして」

「あーん」

小さな口でスプーンをしゃぶり、もぐもぐと頬を動かすリトルシスター。「おいしい?」と聞くと、子供ながらの愛らしい笑顔で「うん!」と返事をしてくれた。

「き、聞きいたテネンバウム!?おいしいって!」

「はいはい、良かったわね」

嬉しさから興奮する私をテネンバウムが軽く受け流す。研究で忙しいからリトルシスターの面倒を見ているのに、それは無いんじゃないか。私はわざと眉間に皺を寄せ、へそを曲げてみせた。
しかしそんな私の袖を引っ張り「もっとちょうだい」とリトルシスターがおねだりするものだから、不機嫌もすぐどこかへ吹き飛んでいってしまう。

私とテネンバウムはここ、堕ちたラプチャーでADAM研究者として働いていた。といっても事実ADAMについて熱心なのはテネンバウムだけで、私はテネンバウムの助手でありながらリトルシスター達の世話係として勤めていた。理由はテネンバウム曰わく「子供の相手は彼女達と同じ思考の持ち主が理想的だから」らしいが、正直言ってバカにされているとしか思えない。
しかし決してリトルシスターのお世話が嫌というわけではなく、私の料理を食べ、笑い、眠る姿を私は実の娘のように見守っていた。

「私、エマのこと大好き!」

食事を終えて研究所近くを散歩している時、リトルシスターがそんなことを言ってきた。

「どうして?」

「だってエマ、ママみたいなんだもん!ご飯をあーんってしてくれるし、一緒に遊んでくれるし」

「そう、私のことママみたいって思ってくれるんだ」

「うん!」と頷き、リトルシスターが黄色く光った瞳で見上げてくる。
娘がいたら、こんなに幸せな気分になれるんだろうなあ。
そんなことを考えながら私もリトルシスターに微笑みかける。

荒廃したラプチャーの中で未だ幸せと言えるのは、明らかに彼女達のおかげ。狂気のスプライサー達が蠢くにもかかわらず光を失わないのは、彼女達がいるからだ。ADAMという欲望ではなく、それは間違いなく愛だった。
だから、私とテネンバウムは彼女達を守らなければならない。彼女達が苦しむ分、安心させなければならない。
それはリトルシスターを作り出した者への罰であり、使命だった。

「エマがママなら、ミスターバブルスはパパかな」

「ミスターバブルス?」

しばし考え込み、ああ、と納得。リトルシスターはしばしば彼女達の護衛、ビッグダディのことをそう呼ぶんだった。
しかし不気味な潜水服に身を包んだ彼らとセットにされたとなると、さすがに苦笑いしかできなくなる。

「バブルスがパパになったら、私は毎日彼を抱っこして、ヘルメットにキスしなきゃ駄目ね」

「うー、ばっちい」

「それにとっても臭い!」

そんなことを話しながらけらけらと話に花をさかせる。
するとそれを聞きつけてか、突然目の前に当の巨体が現れた。いくつもの黄色く光る目と、右腕に取り付けられた血錆びたドリル。標準的成人女性でもある私ですら影に隠れてしまう大男は、何も言わずそこに立ち尽くしていた。

若干あどけなく「はあい」なんて軽く指を動かしてもビッグダディは微動だにしない。
どうしよう、怒らせたかな。

「あの、怒らせたならごめんなさいね」

「…」

「エマ、ミスターバブルスが『いいよ』だって!」

私のスカートの裾を引っ張り、ビッグダディを指差したリトルシスター。
彼女が言うのだからそうなのだろう。やはり偉大なる父は心も偉大だ。私は安堵で胸を撫で下ろした。
しかし、ならどうしてビッグダディは"とおせんぼ"したままなのか。おまけに彼を横切ろうとするとその都度手を伸ばして壁を作ってくる。仕方なく私は後ずさった。
リトルシスターに助けを求めようとしても、彼女ですら先程から一変、首を傾げている。
リトルシスターが狙いか?そうも考えたが、ビッグダディ達は私を襲わないよう調教されているはずだ。よほどのことが無い限り私に危害を加えない。

だけど、もし今が"よほどのこと"だったら?

「テネンバウム、ちょっといい?」

ビッグダディに目を移したまま、無線機を取り出してテネンバウムを呼び出した。

『今忙しいのよエマ。用件なら早くしてちょうだい』

「それが、ビッグダディが誤作動を起こしてるみたいで…」

『攻撃されたの!?』

無線機から何かが倒れる音がした。テネンバウムを取り乱させてしまったと気づき、慌てて否定する。

「攻撃はされていないわ、けど…しようとはしているかも」

『エマ、エマいいこと?そこから動いちゃ駄目よ。今逆探知してそっちに行くから。絶対に余計な行動は起こさないで』

ええ、と無線機を切り「エマ…」と不安げに脚にしがみついてくるリトルシスターの体を抱き寄せる。
「大丈夫よ」そうリトルシスターに囁きかけた時、ビッグダディが目を光らせたのを私は見逃さなかった。

ドスン。

金属製のブーツがラプチャーのタイルを重たく踏みしめながら、一歩一歩私達に近づいてくる。徐々に大きくなるその姿は恐ろしく強大で、禍々しい。

「エマ、あのミスターB何だか怖いよ…」

「しーっ、大丈夫。私の後ろにいなさい」

背中で震えるリトルシスターと、巨体を震わせ近づいてくるビッグダディ。その二人に挟まれ、私は身構えていた。
左ポケットに収めたリボルバーにはいくらかの弾が入っているし、もしもの時は最後までリトルシスターを守り抜く覚悟もあった。

「く、来るなら来なさいよ」

ビッグダディに警戒の言葉を浴びせるも空しく終わり。
彼が三メートル圏内に入るか入らないかの時、とうとう私はリボルバーを引き抜き、銃口をビッグダディの顔に向けた。

そして引き金に指を引っ掛けた瞬間。

「…え?」

その異様な光景に、思わずまばたきを数回繰り返す。
なんと、ビッグダディが歩を止めたかと思うと、こちらに両手を広げてきたのだ。それはまるで娘を迎える父のように、けれども子供ながらの甘えがある。
わけもわからずリボルバーを向けたままうろたえる私の背後で、リトルシスターは「あっそうか!」と手を叩いた。

「エマ、ミスターバブルスはエマに抱っこされたいのよ」

「だ、抱っこお!?」

驚いた。驚いたあまりリボルバーを床に落としてしまった。

確かにビッグダディら一人一人には一応自我というものがある。それは本来ならリトルシスターへの個人的配慮―拾ったぬいぐるみをプレゼントするなど―のために使われる、ということも知っている。潜水服の中身はつぎはぎだらけの生身の人間ということも、リトルシスターを誘惑させる異臭フェロモンを放つということも、ビッグダディの身体については熟知している。
だが、そんな異形の彼らがADAM研究者の助手に抱っこされたいという欲望を持つことなど、きっと古事記にも書かれていない。

その書いていないことが、今、目の前で起きているのだ。
ああそういえば、私はつい先ほどこう口走ってしまったではないか。「バブルスがパパになったら、私は毎日彼を抱っこして、ヘルメットにキスしなきゃ駄目ね」と。

私は露骨に苦虫を噛み潰したような顔をしてビッグダディを見た。早く、と言わんばかりに依然手を広げている。
しかし私はそんな期待を裏切るように即座にリボルバーを拾い上げ、リトルシスターの手を握って来た道を戻ることにした。初めからそうすれば良かったのに、混乱した私は目の前にだけしか意識を持っていけなかったのだろう。

「エマ、抱っこしてあげないの?」

「あげません。潜水服はザラザラしてるし、臭いし、下手すれば強靭な腕の中で圧迫死しちゃうわ」

「でもミスターバブルスかわいそう…」

オモリのように私を固定し、背後のビッグダディを指差すリトルシスター。
ビッグダディも本気で抱かれるつもりなのか、その体制のまま動こうとしない。

「抱っこしてあげて」とおねだりするリトルシスターと、抱っこしてと言うようにうなり声を上げたビッグダディ。
その二人に熱い眼差しを送られ、私は―





「このっ、どきなさい!」

弾を四発、スプライサー達の頭にそれぞれ喰らわせる。頭に穴の空いた三人が床に崩れ落ち、耳をかすめたまま逃亡を図る一人にもう一発。

白衣に返り血を浴びたまま、私は再び走り出した。向かう場所は言わずもがなエマ。逆探知結果ではビッグダディ製造所付近にいるはずだ。

エマ、どうか無事でいて。その願いだけがぐるぐると頭を螺旋し私を支配する。
昔から私は大切なもののことになると他は目に入らない癖があった。
エマの場合、誰よりも儚く愛しい女。過度に言えば、リトルシスターよりも優先しうる存在。
だから私はエマを失いたくない。私がラプチャーで壊れないのは、彼女がいるからなのだ。

ウウウウ…

ふいに聞こえた、ビッグダディの低いうなり声。
場所はそう遠くなく、期待と心配が同時に沸き上がってくる。

「エマ!」

角を曲がり、飛び込んできた影は―

「…え?」

―エマを抱きしめるビッグダディと、それに応えるかのように首に腕をまわしたエマ。傍らのリトルシスターが二人を見守っており、例えずともその様は親子だと見せつけてきた。
しばしその光景を何もできず眺めていると、エマは突然顔を上げ、ビッグダディのヘルメットへ唇を突き出していった。ああ、待って。それはまさか。

「エマ!」

あと少しでエマの桃色の唇が血錆びたブリキに触れようとしていた時、たまらず私は彼女の名前を叫んだ。
私の声に気づいたエマがこちらを見る。

「テネンバウム!」

私だとわかるとエマはとっさにビッグダディから離れ、何やら気まずそうにはにかみながら前髪を耳にかけた。

「無事だったのね、良かった…」

「え、ええ…エマこそ」

走り寄ってきたエマを軽く抱きしめたが、どうしてだろう。この体から仄かに臭う悪臭が私の嫉妬を誘うかのようで。

「彼と何をしていたの?」

単刀直入に先ほどのことを切り出した。
やはりエマは「えーっと」と何処かを目でたどり、口ごもる。その態度が余計に憎たらしい。

「ミスターバブルスがエマと抱っこしたかったの!」

ねー、とエマの後ろにいるリトルシスターがビッグダディに同意を求めた。指でヘルメットをかき、動揺するビッグダディ。
私にはその一線を越えようとしているように見えたが。

「抱っこ?ビッグダディが?」

「ええ、テネンバウムもびっくりするわよね。私だって訳が分からなかったもの」

「スーチョン達が試験をしていた時もハグを求めたビッグダディなんていなかったわよ」

「知ってるわ。でも」

エマが背後に立ち尽くしたままのビッグダディに振り返る。

「彼は何か違うみたい」

エマのその瞳はビッグダディへの興味でできていた。研究ではなく、愛をにおわせて。
ふつふつと煮えたぎろうとする気持ちを抑え、私もそのビッグダディを見る。だがエマと同じ目線で見ることはできない。むしろ将来的恐怖さえ感じてしまうのだ。

「エマ、お腹すいた!」

「はいはい。じゃあそろそろ帰りましょうか」

二人の声にリボルバーを掴んだ手を握り締める。左右に頭を振るい、できるだけ愚かな考えを無くそうとした。

「テネンバウムも、ここまで来てくれたのにごめんなさいね」

「ええ…いいのよ。帰りましょう」

私の顔を覗き込み申し訳無さそうなエマに苦笑い。それが精一杯だ。
臆病な私は、そうでもしなければエマへの感情を隠せない。
今は、まだ。

ある日突然エマの目から鱗が零れ落ちたなら。
そんな虚しい願望を胸に、私はぶっきらぼうにエマの腕を引っ張るのだった。





「はい、あーんして」

「あーん」

小さな口でスプーンをしゃぶり、もぐもぐと頬を動かすリトルシスター。「おいしい?」と聞くと、子供ながらの愛らしい笑顔で「うん!」と返事をしてくれた。

「テネンバウム、美味しいって!」

「あらそう。私にもくれない?」

肩にカールのかかった髪がもたれ、それと同時に薬の匂いが漂う。
「甘えん坊さんだなあ」と苦笑いし、肩の口にスプーンを加えさせてあげた。

最近テネンバウムはやけに私に甘えてくる。今みたいにご飯をおねだりする時もあれば、いきなり背中にもたれかかってきたり。まるで大きな子供を持ったようだ。
テネンバウムに理由を聞けば「いいでしょそんなの」の一言。特別迷惑でもないし、私もそれ以上追求しないようにしている。

「研究はいいの?リトルシスターを元に戻す研究は」

「すでにできてるわ。後はそれを注入させられる人が必要だけど」

研究デスクに戻り、置いてあった赤いビンを上機嫌で見せつけるテネンバウム。
一方リトルシスターは「それ、飲むの?」と若干嫌そうな顔をしている。まだ幼い彼女達にとって、この薬は不安だろう。

「そうよ。あの薬が、あなたの病気を治してくれるの」


「そのための注射器が必要だけどね」

「注射器は嫌だけど、やったあ!」

私とテネンバウムの答えにリトルシスターは顔を明るくさせた。他の場所で遊んでいた数人のリトルシスター達も「何?」「どうしたの?」と興味深げに次々と寄ってくる。

「私は外に注射器を探してくるから、リトルシスター達のお守りよろしくね」

「了解でーす」

テネンバウムは私の額に軽くキスをして、部屋を後にした。後にされた途端、私はある違和感を覚えた。

テネンバウムが、私にキス?

ぽうっと顔が熱くなるのを感じ、額に手を当てる。赤い口紅が、中指と薬指の先端に付着していた。

そこで私は気がついた。最近テネンバウムが私に優しかったり甘えてきたりするのは、確かにどこかおかしいのだ。前までは無愛想で、研究熱心で、私のことなんか部屋の隅の埃程にしか扱っていなかったテネンバウムが。
あのビッグダディの時から、急に私を視界にとらえだした。

もしかしたら―

「エマ、あの赤いの何ー?」

「えっ?!ああ、あれはねー…」

もう一度考えかけて、止めた。そんなことはありえないだろうと確信がついていたからだ。
どんなに彼女が私に甘えようとも、髪の匂いを嗅いでこようとも、結局テネンバウムと私は研究者と助手だ。それ以上の関係に発展することはない。いや、発展することすら夢にも思わない。

それが

…テネンバウムと私なのだ。

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