洋ゲー

OFF



店に入った途端、私の口は開いたまま塞がらなくなった。隣に異性であるバッターがいるのに、あんぐりと間抜けた顔で。
と言うのも、目の前にいる人物がそうさせるのだ。

「ザッカリー、だよね?」

「そうさ?」

カウンターにのり上がり、脚を組んでいるザッカリーは平然と答えた。
黒い髪も、不気味なお面も、服装もいつも通りだ。
しかしただ一つ違うのは、頭からつま先まで不格好に巻かれたピンク色のリボンと、首から下げられた胸元を隠すほどの大きな看板。白塗りされた木の表面には黒字ででかでかとこう書かれている。

『3000』

それが、私が間抜け面で彼を眺めている理由だ。

両手で目をこすってみた。先程と同じ格好のザッカリー。
両頬を強くつねってみた。やはり先程と同じ格好のザッカリー。
バッターのバットを借りた。それを両手で持ち上げ、ザッカリーの頭上へ―

「おいおい待てよ!"ザッカリーの頭上へ"は無いだろう!」

―振り下ろそうとしたのを、すんでのところでザッカリーに両腕を掴まれ、阻止された。

「いや、覚めにくい夢なら殴っても現実に支障は無いかと思って」

「夢じゃない!夢じゃない!」

ほらほら!とザッカリーは私の片手を、そのまま自身のお面へ持って行かせる。
左右に手を振って質感を確かめるに、どうやら本当にこれが現実らしい。と、確信付いたと同時、遅れて背筋を悪寒が走り抜けた。
急いでザッカリーから身を引き、バッターの背後へ避難する。

「何してるの?」

「何って、新しい商品を売り出しているのさ。エマだけの、な」

両手をそれぞれ後頭部と腰に当て、ザッカリーは体をくねらせる。いわゆる『セクシーポーズ』というやつだ。
しかし声色がおっさんの上実年齢のわからない男が女々しくポーズをとってみても、私には不快なだけである。ザッカリーはそんな私の心を見透かしたかのように「あ、今"不快"って文面に表したな!」と訳の分からない事を言った。

「そんな事されたら誰だって不快にもなるだろう」

そこへバッターの鋭い意見が入る。

「大体ザッカリーを買ったとして何の役にたつんだ。武器でもないし、防具でも無いだろう」

「バッターは堅いねえ。夜にはエマへの強力な武器になるんだよ。エマ、意味わかるだろ?」

ザッカリーがまた体をくねらせ、仮面越しにやらしい目線を送ってくる。

「ひとりでに動き出す武器があるか」

私はすぐにバッターから奪うようにバットを取り、今度こそザッカリーの頭を思い切り殴った。
「いってえー」と前のめりに頭をさするザッカリー。相当痛いはずだが、お面のせいで笑っているようにしか見えない。あるいは、本当に笑っているのかも。

「はっはっは、エマは下ネタに弱いんだったな」

お決まりの笑い声を上げながら、ザッカリーは縮まっていた体をゆっくり起こした。

「ま、本当はただ暇だったから遊んでみただけさ」

ザッカリーは首から看板を外すと、カウンターの向こうへ降りた。
それを見た後私はバッターと顔を見合わせ、ザッカリーに向き直りながらやれやれと肩をすくめた。
商人の暇を持て余した遊びはろくでもない。きっとバッターもそう思っているだろう。

「んで、何を売買したいんだ?」

しばし背中を向けていたザッカリーがこちらに振り返り、先程の態度は嘘のように淡々とした雰囲気でカウンターに頬杖をつく。
背後の荷袋から並べられたのは、仕入れたばかりだろう見たことのない商品だ。
やっといつものザッカリーに戻ってくれた。私は心の中で安堵した。

「新しいチュニックとアドオンの武器が欲しい」

「あんた幸運だよ、ほら。これは実に耐久力のあるチュニックで…」

さっそくバッターと商談を始めたザッカリー。彼らが話している間、私はポケットの中の紙幣を今か今かと握って準備しておく。
ある程度探ったところ、バッターが亡霊退治に一役かってくれたため8000はあるらしい。その内3000はバッターの慈悲から私のお金となっている。
そういえば…と、カウンターの隅に放られた看板に視線を移す。『3000』。変わらない数字が私の目に焼き付いた。
ザッカリーを見ると、まだリボンを纏ったままピカピカのチュニックをバッターに勧めている。取り払うのが面倒くさいのか、もしかしたらまだ売り出し中ってことだったりして?

…買ってみたら、どうなるかな?

好奇心に流されるままポケットの中で紙を三枚掴んだけど。
もう一度ザッカリーを見た。今度はアドオンの武器を握っていた。バッターはじっと無表情のまま、ザッカリーの饒舌に取り込まれている。
紙を握る手がポケットの暑さでじっとりと汗をかいていた。それをゆっくり、ゆっくりと外へ出していく、が。

「エマ」

「あ、えっ、はい!」

ダンッ、と勢いよくカウンターに三枚の紙幣ごと手を叩きつけた。
しばしの沈黙の後、はっとしてバッターを見上げる。深く被ったキャップの下から僅かに見えた目は、驚きか怪訝どちらかで丸くなっていた。

「…2000出してくれ」

「あ、わ、わかった」

取り乱して垂れた前髪を耳に掛け、叩きつけた紙幣の内一枚をポケットに戻した。
バッターはその行動から私が余分なお金を出した事を誤りと見なしてくれたのだろうが、ザッカリーは仮面から露出している目をカウンターの端に流すと、実に腹立たしく目を細めて私を見た。
気のせいか、ザッカリーの体も誘うようにまた少しくねっている。

「きっかり2000、いただいたよ」

「エマ」

「はいはい、私が持てば良いんでしょ」

ザッカリーが紙幣と引き換えに差し出した道具一式を見下ろして、バッターは私にそれらを受け取るよう顎で指示した。
まさに主従関係をはっきりさせているご主人様のなすまま、私は後ずさったバッターの前に出て、商品を掴んだザッカリーの片手へ手を伸ばす。

すると突然、視界が激しく揺らいだ。
何が起きたか戸惑ったのも束の間。もう片腕に鈍い痛みを感じ、ザッカリーに腕を引かれたのだと悟る。
そして熱い吐息を吐きかけながら、ザッカリーは私の耳元に囁いた。

「まだ間に合うぜ」

その言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
ザッカリーはそのままバッターに見えないように私の顎を一撫でして、掴んでいた腕を離すと同時私の体を押し戻した。ちゃっかり防具と武器を抱えさせて。
平然と紙幣をめくるザッカリーとは対照的に、私はまた間抜け面で頬を熱くさせていた。ザッカリーの囁きがまだ耳に残っていた。

「エマ、行くぞ」

今度はバッターに腕を引かれ、はっと我に返る。
バッターはそのまま私の腕を綱代わりにして出口のゲートをくぐった。

「毎度!」

ザッカリーの笑い声と共に吹いた向風と合わせ、ふわりと焦げた砂糖の香りが鼻を愛撫した。
それが何故だか今の私をからかっているようで、私はバッターの後ろを歩きながら密かに頬を熱くしたのだった。

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