洋ゲー
OFF
「当てっこをしよう」
突然ザッカリーが人差し指を立てた。
私はあまりにも突然すぎて、一息遅れてから「え?」とザッカリーの方を向いた。だってさっきまで、店に来たバッターに新品のチュニックを売って、ぼーっとカウンターに突っ伏していたのだから。
「俺がエマの心を読むから、何か思ってみな」
「嘘、ザッカリーにそんなことできるの?」
「もちろん!二次元の壁を見通せる俺ならそんなのチョロいチョロい。この小説はエマの視点だから余計わかりやすいのさ」
ザッカリーにしては得意気だった。
相変わらず言葉の意味はよくわからないが。
ザッカリーは時々バッターや私に、または私達の次元にいない何かに向けて、先程みたいに意味不明ながらもどこかとてつもなく深い言葉を言う事がある。今だってどこか虚空に「読者の皆見てるー?」と手を振っていた。
どうにしろ、その当てっことやらはザッカリーが全勝を収めるということだろう。
「で、やるだろ?」
「んー、じゃあ少しだけ」
「オッケー、オッケー、エマなら気味悪くなってそんくらいで止めちゃうだろうしな」
ザッカリーはカウンターにのり上がり、脚を組んだ。そしてほらほらと言うように手を私の方へ突き出したり引っ込めたりする。
さて、どうしようかな。私はカウンターに頬杖をつき、何を思おうか考えた。
じゃあ、まずは試しに「お腹空いた」とでも思ってみよう。お腹空いた、お腹空いた、お腹空いた。
すると少ししないうちにザッカリーがズボンのポケットをまさぐり、拳を私に差し出した。開かれた手のひらにあるのは一口サイズの飴だ。
驚いてザッカリーを見上げると、彼は仮面から露出した目を細めて言った。
「お腹空いた、だろ?」
びくん、と心臓が飛び上がった。
「正解」と悔しくも私は素直にザッカリーの手のひらから飴を摘んだ。心臓がどきどきいっている。
「どうしてわかったの?」
「言っただろう?俺は魔法を使えるのさ」
「魔法って…良い歳こいたおっさんが何言ってるんだか」
「おっさんって言うなよ!ボイスアクターの問題だろ!」
目を吊り上げてザッカリーはまた私には理解できがたいことを叫んだ。
まあ、ザッカリー魔法使い説も面白いことには面白い。豊富な品揃えや饒舌な話術は全て魔法のおかげ、とかだったら全世界のビジネスマンがザッカリーのもとへ押し寄せてくるだろう。
だけどやっぱり私は心の片隅で、ただザッカリーは頭を回転させ、計算した答えを出しただけではないかと考えていた。先程ザッカリーは、バッターの前で腹を呻かせて恥じらう私を見ていたからだ。
「さあ、次はエマの番だ。俺の心を当ててみな」
まだ煮え切らないまま、ザッカリーは番を私へ回してきた。
しかし当然私はザッカリーと同じ魔法は使えない。それどころかこういう頭を使うゲームは苦手だった。
ザッカリーはそれを知っているはずだが、エマなら簡単だよな、と皮肉を言ってきた。それか自信を持たせるためなら、余計自信が無くなるだけだ。
「わかんない?」
しばらくしてザッカリーは声を掛けてきた。
私は痛みを感じ始めてきた頭を抱え込んだまま、すぐ素直に頷いた。
それを見るとザッカリーはあらかじめ予想がついていたという声色で「じゃあヒント」と言って仮面をつまみ上げ、鼻の上までの素顔を晒した。
私は久しく目にした素顔に特に反応をしめさないまま、じっとザッカリーの口元や鼻に視線をはってみたが、彼の優しさも私のこの頭では意味をなさなかった。
「それがヒント?」
少しイライラとした口調で私は言った。気遣いを踏みにじりたくは無いのだが。
「そうだよ」
「んー…ニヤニヤした顔見せられても…」
「え、これでもわかんないのか!」
そのザッカリーの言葉に私はさすがにムッときた。
半ばやけくそに、私はザッカリーに「そうよ」と告げた。それを聞いてザッカリーは上を向いていた口角を下げ、困ったというように唸る。
「お腹空いた?」
突発的閃きは、ザッカリーが首を振ったことにより容易く切り捨てられた。
「うーん、わかんない」
「じゃあ、正解を出しても良いかな?」
「お願い」
目を伏せて、ため息混じりに私は嘆願した。
正解は。そう言いながら、ザッカリーが私に顔を近付ける。
びっくりして後ずさると、すかさずザッカリーは私の両肩を強く掴み、頬へ触れるだけのキスをしてきた。
「キスしてって思ってたのさ」
お面を戻し、ぱちん、とザッカリーがウインクをした。
私はただザッカリーの目を見たまま固まっていることしかできなかった。
だっていきなりキスを、頬とはいえ心の準備ができていない内にされるだなんて。それもザッカリーに。ザッカリーに!
キスをされてからしばらく何の変化も表さなかった頬は、いつの間にか自分にもわかる程熱くなっていた。
「エマ?」
いつまでも動かない私を心配してか、ザッカリーが首を傾げながら私の顔の前で手を振ってくる。
そうされるうちに私の体は小刻みな震えを生み出していき。
「エマ?エマちゃあん?」
「…馬鹿」
「ん?」
「馬鹿!ザッカリーの馬鹿!」
ぷつん。まるで頭の中で何かが切れたようだった。
途端によくわからない感情が爆発して、私はザッカリーに飛びかかった。ザッカリーの胸に何度も交互に拳を叩きつけて、私はひたすら「馬鹿」などの暴言を叫び続けた。
ザッカリーは対照的に落ち着いた様子でカウンターに座っていた。それに私はハッとして、つい無我夢中になっていた自分に恥じらい、必死に狼狽しながらザッカリーから離れた。
すると今度はザッカリーが俯いて体を震わせ始めた。そして私がそれを怪訝に眺めたしばらくの後、途端にザッカリーは大きく笑い声をあげて言った。
「エマ、あはは!そんなに面白い反応してくれるなんて、へへ、思わなかったよ!」
「だ、だってザッカリーが」
「あー、おかしい。傑作!ははは!」
声高らかに笑い声を上げ続けるザッカリー。一体どうして「面白い」と言えるのだろうか。
私はしばらく笑うザッカリーに眉を潜めていたが、彼の笑いっぷりに段々と私も釣られていき、最終的にはザッカリーと一緒に控えめながら笑いあっていた。
「そんなにいい反応してくれるなら、もう一回キスしたいくらいだ」
「もうお断りよ!」
顔を寄せてきたザッカリーの胸板を押して、私は彼を引き離した。
またされようものなら、今度こそ私は抑えられなくなってしまう。
少なくとも、ザッカリーにキスをされた時、心の片隅で嬉しさを感じたのは事実だったからだ。
そう思った時、ザッカリーが僅かに目を細めた気がした。
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