洋ゲー

Apex Legends



試合前のドロップシップ内でエマは船内に備え付けられたブラッドハウンドの兵舎にいた。彼女はブラッドハウンドと向かい合って椅子に座りながら語学学習を受けていた。ブラッドハウンドは他のレジェンド達に比べてかなり特殊な言語を用いており、エマは時々試合中にそれらを口に出しているところを見て気になっていたのだ。ブラッドハウンドとは親交を深め合っているエマはそれらがどういった意味で使われているのか、他にはどんな言葉があるのかを知りたくなったためこうして少し無理を言う形で頼み込んだ。ブラッドハウンドはそんなエマの好奇心を尊重し、その頼みを快く承諾してくれたのであった。

「まずは基本的な挨拶から教えよう。Halló、これは我が民の言葉で『こんにちは』という意味になる」
「ハロー。簡単だね」
「お主にもよく聞き馴染みがあるだろう。次にBless、これは別れの時に使う言葉で『さようなら』という意味だ」
「ブレッス。これも覚えやすいかも」

ブラッドハウンドが発していく単語を自分なりに真似た発音で繰り返すエマ。少し覚えにくいものが出された際にはブラッドハウンドに綴りを教えてもらいながら手元のメモに書き写し、後で自分でも復習ができるようにした。戦友同士である二人の間に明確な上下関係は存在しないものの、静かな口調で話すブラッドハウンドとそれに身を乗り出しながら聞き入るエマの姿は端から見ればまるで教師と生徒の様に映ったであろう。
「エマは覚えが早いな」不意にそうブラッドハウンドに褒められるとエマは気恥ずかしく表情を崩すのであった。

「ブラッドは教えるのが上手いから。あなたの使う言葉は新鮮だし、楽しいよ」
「ふむ。私にとってはあまりにも馴染みが深く日常的なものだが、他の者からそう言われるのも悪い気はしないな」

ブラッドハウンドは少し意外そうに口元に手を添えて唸る。そんな様子にエマは微笑んだ。ふと船内の電子時計を見やって現在の時刻を確認すると、試合開始が予定されている時間まではあと数分余裕があった。
「ねえ、他には? もっと色んな言葉を教わりたいな」エマはブラッドハウンドへ顔を戻すと好奇心で目を輝かせながら問いかけた。ブラッドハウンドはそんな彼女を困った様子で分かった分かったと制止し、膝に片腕で頬杖をつきながら少し考えた。そしてしばらくの後に閃くと、良しと体を起こしてエマを見つめた。

「お主には一つ、試練を与えよう。今から私が言う言葉の意味を自分の力で調べ、解き明かすのだ」
「試練? それって、宿題ってこと?」
「シュクダイ……私にその意味は分からぬが、まあそういった所だろう」

エマはパッと顔色を明るくさせると姿勢を正し、ブラッドハウンドからの言葉を待った。それを確認してブラッドハウンドは口を開いた。

「良いか? ……Þú ert sæt。さあ、これを己自身の力のみで解くのだ。本で調べるのでも、お主の兵舎にある鉄の箱で調べるのでも良い。だが、他の者にこのことを聞いてはならぬ。分かったか?」
「スー、エ……? む、難しいよ、もう一度お願い!」
「ぬ……も、もう一度か……分かった」

それまでとは違い明らかに理解が追い付かない言葉にエマは困惑した。彼女から繰り返すように懇願され、ブラッドハウンドもまた不思議なことに少し躊躇いながら承諾した。深呼吸を一つした後にブラッドハウンドは真っ直ぐとした視線でエマを見つめると再び口を開いた。

「Þú ert sæt。……Þú、 ert、 sæt。覚えたか?」
「スー、エシュト、シャイトゥ……スー、エシュト……」

ブラッドハウンドに続いてエマもその発音を何度か呟いて復唱する。ペンを口元に当てて必死に頭に叩き込もうとするエマだが、難解な単語に思わず眉を潜めた。
「そら、貸してみろ」そんなエマを見かねてブラッドハウンドは彼女の手からメモとペンを取り上げると、すらすらと先ほどの言葉を書き写し渡してきた。エマはそれを顔の前まで持っていくとまるで宝の地図に示された暗号のようにじっと目を凝らして睨み付けた。ブラッドハウンドは腕を組み、静かにその様子を眺めるのであった。

「これは挨拶? それとも慣用句とか?」
「秘密だ」
「ええっ、何それ」

ブラッドハウンドの予想外な返答にエマは思わず顔を上げた。ブラッドハウンドにしては珍しく曖昧な言葉だった。こちらに顔を向けてきてはいるものの、そのゴーグル越しの視線はどこか逸らされているように感じられた。
「私から教えてしまっては試練にならないだろう」そう言ったブラッドハウンドだが、エマはどこか納得いかなかった。

「お主のために用意した試練、お主のための言葉だ。見事解けた暁にはそうだな……主神ではなく私自ら報酬を与えよう」
「分かった。でも試合中もこのことで頭が一杯になって負けたら、あなたのせいだからねブラッド」
「その時はお主の集中力を責めろと言いたい所だが、まあ良いか」

子供じみた態度で不貞腐れるエマをブラッドハウンドは微笑ましく笑ってしまうのであった。
そんなやり取りの直後、船内にアラーム音が響き渡った。どうやら船が試合会場に到着したらしい。船内アナウンスに促され、レジェンド達はそれぞれいた場所から慌ただしく待機場へ集まった。エマもまたブラッドハウンドに促されるようにして椅子から立ち上がり、その背中を追って待機場に向かっていった。
「ねえブラッド」偶然にも今回ブラッドハウンドと同じチームになったエマは待機場でドロップシップが開くのを待つ間、ふとブラッドハウンドに顔を寄せて耳打ちをする。「さっきの言葉、何だっけ?」
「またか? 全く、これが最後だぞ」それにブラッドハウンドは呆れた様なため息を吐きながらも、エマと同様に彼女の耳へ口元を寄せて囁きかけた。

「Þú ert sæt。……分かったな?」
「スー、エシュト、シャイトゥ。うん、ありがとうブラッド!意味は分からないけど、多分私も同じ気持ちだよ」

エマは大きく頷いてブラッドハウンドに明るい笑顔を見せた。ブラッドハウンドはそれに一瞬動揺した仕草を見せると、すぐに腕を組んでエマから顔を離した。ブラッドハウンドはエマの笑顔よりも彼女の返答に反応を示した様で、「軽々しくそんなことを言うものではない」とどこか照れていた。エマとしてはブラッドハウンドの口振りから言葉の意味はせいぜい貴方を誇りに思うや、貴方は私の友人だといった褒め言葉なのかと予想をつけていたが、ブラッドハウンドの反応を伺うにそれだけでは無さそうだ。そのためエマは少し片方の眉を上げてブラッドハウンドへ怪訝そうな顔を向けるのであった。エマがその意味を理解して同様に赤面をするのは、まだ数時間先のことである――。

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