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Apex Legends



はあ、とエマはため息を吐いた。広いロビーの一角に設けられた休憩用の椅子に座り、虚ろに足元を見つめる。彼女が沈んだ面持ちをしているのは、それもこれも、つい先程の試合が原因であった。仲間が必死に奮闘する中エマはただ一人足並みが遅れてしまい、それがチームの歯車を狂わせる原因となったのかその後彼女の部隊は無惨な敗退を迎えてしまったのだ。試合終了後に何度も頭を下げて謝罪をするエマに対し仲間たちは慰めの言葉を掛けてくれたが、エマにとってそれはむしろ彼女の自己嫌悪感を一層強める結果となった。
最近、エマは負け試合が続いていた。今まではレイスやバンガロールといった熟練のレジェンドとまでは行かなくとも、それなりに良い戦い方ができていたエマだったが、ここ数日はどの試合でも何故だか本調子を出せずにあっさり敗北してしまうことが多くなってきたのだ。特に彼女の周りで何か変化があったわけでも、主催側が試合に新しい調整を施したわけでも無いのに、まるでエマは自分の体に見えない糸が絡み付いているかのように上手く立ち回ることができなくなっていた。
エマはエーペックスゲームに参加してからそこそこ年月を重ねている。新人と言うわけでは無いが熟練者とも言えない微妙な狭間に位置するレジェンドだ。もしやスランプなのでは、と自分なりに予想を付けてはいるが、具体的な原因は全く分からなかった。

「いっそ、ゲームから引退しようかな……」

ぽつりと呟いたエマの言葉は誰にも届かないまま消えていった。しかし、どう言うわけかただ一人を除いては。

「どうしたのですか、エマ?」

突然頭上からかけられた言葉に驚いてエマは顔を上げた。そこにはいつの間にいたのか、今シーズンからの参戦となった注目の新人レジェンド、シアが静かに佇みながらエマを見下ろしていた。その表情は柔らかく微笑んでいる。
「シア……」エマは自身がこうなったきっかけを彼に打ち明けようかと悩んだが、すぐに開きかけた口をつぐんだ。「何でもない、大丈夫だから気にしないで」

「おや? 私には貴女が大丈夫そうには見えないのですがね」

そう言ってシアは口元に手を添え、困ったように笑った。エマはそんな彼に少し眉を潜めた。正直なところ、放っておいて欲しい気持ちがあった。しかしシアはそれを知ってか知らずか、変わらず彼女に微笑みかけると続けた。

「立ち入った事を聞きますが、何か悩みがあるのでは? 先程から貴女はため息ばかり吐いている」
「見ていたの?」
「貴女は砂漠に咲いた一輪の薔薇のような方ですから、自然と目に付いてしまうのですよ」
「ふふ、面白い例え方をするんだねシアは」

思わずエマの顔に笑顔が宿る。シアはそれを安心したように見ると「事実ですから」と甘い言葉を贈ってきた。
シアのおかげで先程よりも心がほぐれたエマは少し躊躇った後に思いきって彼にこれまでの経緯を話した。最近試合が上手く行かないこと、スランプを感じていること、仲間は自分に優しくしてくれるが本当は彼らの気持ちを察していることを。エマの向かいの席に座ったシアは脚を組みながら目を瞑って俯き、静かに彼女の話を聞いていた。そして一通りエマが話し終えると、シアは顔を上げた。彼の青い瞳が同情の色を含んでエマを見つめる。

「それはつらかったですね。私もガントレットで活躍していた頃は貴女と同じような悩みを抱えていた時期がありました」
「シアも? 他の選手に勝てなくて悩んだり、とか?」
「ええ。特にこういった試合なら、長く活躍すればするほどスランプに陥るというのは珍しい事でも無いですよ」
「そうなんだ……私だけじゃないんだね」

シアの言葉を聞いてエマは安堵した。彼女のみならずもしかしたら他の熟練レジェンドたちも過去には自身と同じ道を歩んだのかもしれないと考えるとエマの心は更に軽くなった。エーペックスゲームにおいてエマは一応シアの先輩に当たるが、人生経験は彼の方が豊富だ。シアの言葉はかなりの説得力を感じさせた。
「じゃあ……」とエマは少し明るくなった声色で続ける。「じゃあ、どうしたらいいのかな。シアはどうやってそういう時期を乗り越えたの?」
エマからの問いかけにシアは難しそうに唸った。彼の場合、スランプを乗り越えられたのは彼自身の努力の結果でもあるが何より両親やファンからのサポートのおかげだ。しかし彼が見たところエマは特に両親と強い繋がりを持っているような節も、ファンからの声を糧に強くなろうという姿勢も感じられない。それはエマが人間嫌いだからというわけではなく、むしろ彼女を支持してくれる人々への頼り方を知らないからなのだろう。いつも陰ながらエマの姿を見ていたシアにはそんな彼女の内気さがすぐに分かった。頼り方を知らないからこそ自分だけの力でどうにかしようと悪戦苦闘するエマの姿は、孤独を知るシアには非常に共感しやすい物だった。だからこそ彼はエマを放ってはおけないのだ。シアは脚を組み直すと口を開いた。

「私の場合、周りから支えられてここまでやって来られました。私の最愛の両親、そして私を愛し、奮い立たせてくれるファンの皆さんのおかげです」
「そっか……シアは周りから拒絶されて来たけど、両親のおかげで立ち上がることができたんだもんね」
「ええ。ですのでスランプから抜ける一番の方法はそうした周りからのサポートを受け入れ、成長していく事なのです。貴女にもきっとその力がありますよ」
「私は、どうかな。仲間は励ましたりしてくれるけど迷惑に思われているのは何となく分かるし、ファンも今の私を見たら離れて行くかもしれない……」

苦く笑いながらそう言ってエマはシアから顔を逸らす。
エマは自分が皆から期待される程の力量を持ち合わせていないと思った。良い戦い方とは言っても所詮は並みの立ち回りしかできないし、エマ自身は自分から率先して戦場を切り開くタイプでも無い。どちらかと言えばチームワークに重きを置いているため仲間をカバーする役に就く事が多かった。観戦用のモニターから次々に敵をなぎ倒していくオクタンやランパートの雄姿を眺めては、彼らに憧れる毎日だ。それは、自分は到底彼らに及ばないと言う思い込みから来る憧れだった。
シアはエマの考えていることを大体察すると呆れたように深く息を吐いた。

「エマ、聞いてください。貴女は自分が思うよりも遥かに大きな力を持っています。ただ、貴女自身はその力を解放することを拒んでいるようですね」
「うん……そうかもしれない。だとしても私にはどうしたらいいか分からない」
「そんなこと、簡単ですよ。周りの人間が貴女を愛し、サポートをしてくれるだけで良いのですから。まずは、私から」

シアは口元を緩ませると椅子から体を乗り出し、エマの膝に手を添えた。驚いてエマが顔を上げると丁度シアの細められた目と視線が合った。彼から優しく見つめられ、エマはぽうっと自身の頬が熱を帯びるのを感じた。心なしか彼女の心臓も少し鼓動を速めた。
「シア……?」何を言ったらいいのか分からず、エマは彼の名前を呟いた。シアは変わらずこちらへ優しい視線を向けており、ピアスを付けた唇の端を上げて微笑みを浮かべていた。エマは思わず口内に溜まった唾液を飲んだ。
「貴女は孤独では無いのですよ」少し会話に間が開いた後、先に口を開いたのはシアからだった。首を横に振り、あやすようにシアは温かい口調で話した。

「貴女の力、美しさを私は感じることができます。エマ、貴女は素晴らしい女性だ。どうかそれを自ら踏みにじってまで自分を嫌わないでください」
「シア……」

シアからの真っ直ぐな言葉にエマは自身の目元が少し水気を帯びていくのを感じながら彼を見つめた。二人の視線がしっかりと交わる。シアの言葉は他のレジェンドたちがエマに対して送る苦しい励ましの言葉よりも彼女の心に響いた。今までそんなことを言ってくれる人物など彼女の周りにはいなかったのだ。
エマは一瞬目を伏せると、沈んだ表情を笑顔に変えて再びシアを見つめた。

「ありがとう、シア。そう言ってもらえてすごく嬉しいよ」
「ふふ、どういたしまして。貴女のためなら何度でも同じ言葉を送りましょう」

エマの様子にシアも安心して微笑み返した。
砂漠に咲く一輪の薔薇というのは単なる比喩ではない。それはエマの孤独を表すと同時に彼女の生存力の強さも表していた。砂漠、ここで言うエーペックスゲームにおいてユメは正に一輪の薔薇だ。その惨たらしい殺戮の宴で必死に生き延び、美しい花弁を開花させ続ける彼女の姿は尊い程に輝かしかった。蛾とは元来光に魅入られるもの。そんな彼女にシアは強烈に惹かれているのだ。
エマは膝に置かれたシアの手に自身の手を重ねると、そのまま指を絡ませた。二人は互いに見つめあったまま笑みをこぼし、しばらくそうして寄り添い続けるのであった。

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