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Apex Legends


エマは今、非常にマズい状況にいた。
被弾した腹部を手で押さえ、壁を背にして地面にへたり込んだ彼女を二人の人影が囲む。相手はレヴナントとレイスだ。回復用の物資を切らしてしまいただ苦痛に顔を歪めるしかないエマへにじり寄り、レヴナントはそんな彼女を見下ろすと冷徹に含み笑った。

「無様だな、皮付きよ。残りの奴はどこにいる?」
「わから、ない……途中で、はぐれたから」
「ええ、まんまと私たちの餌食になってね」

レヴナントの後ろでレイスも不適に口元を緩ませた。こうして敵として対峙した時の彼女は普段よりも一層恐ろしく見えた。
今回の試合は珍しくデュオ形式で執り行われていた。普段はトリオとしてゲームに参加する事が多いエマは二人一組という慣れない環境にいつも以上に緊張を感じてしまい、中々本調子を出せないでいた。途中までは味方と共に慎重に行動していたのだが、物資を漁ろうと先行してフィールドを移動していた隙に突然どこからともなくスナイパーで撃たれてしまった。腹部を被弾したエマはひとまず遮蔽物のある場所まで移動しようとしたが、敵は彼女にそんな暇を与えず次々と弾丸を浴びせてきたのだ。圧倒的に不利な状況下で激しい銃撃戦を繰り広げた末にとうとうエマは味方とはぐれてしまい、こうして壁際に追い詰められてしまったのだった。
エマは呼吸をするのも一苦労な状態だ。止まない出血で少し朦朧としてくる中、彼女は周囲に意識を研ぎ澄まさせた。辺りにはエマと、彼女を囲んだレヴナント達以外に気配を感じられない。つまり味方が助けに来る事も、銃声を聞き付けて他の部隊が寄ってくる事も無いということだ。
ああ、とんだヘマをしてしまった。エマは自分の不甲斐なさに小さく舌打ちをした。それでもせめてはぐれた味方だけでも生存してくれているなら、まだチャンスはある。最悪、自分のバナーを拾ってくれさえすればどこかのタイミングで試合に復帰させてもらえるかもしれない。そんなことを考えながらエマはぼんやりと虚無を見つめていた。
レヴナントはしばらくエマの様子を静かに観察していたが、やがて時間切れだとでも言うようにふと笑うと腰に下げたウィングマンに手を掛けた。そのまま彼は銃をホルスターから引き抜き、銃口を真っ直ぐエマの額に向けた。

「憐れな娘よ。貴様は味方に見捨てられ、こうして私の手によって無惨に葬られるのだ」

レヴナントはエマの反応を待ったが、彼女は浅く呼吸をするだけだった。レイスは後ろからレヴナントを見やると眉を潜めた。

「……レヴナント、その子はもう喋れる状態じゃないわ。早く終わらせましょう」
「フンッ。どうやって獲物を狩るかは私の自由だ。貴様は口を出すな」

冷静に提案をしたレイスにレヴナントは腹を立て、肩から彼女を睨み付けた。レイスもまたそんなレヴナントに対し、表情をさらに険しくさせるのだった。
実のところ、レイスは少しエマに同情してしまったのだ。彼女がいつも通りの力を発揮できていないことは動きから見て取る事ができたし、大方デュオでの試合は殆ど経験が無いのだろうという予想もついた。こうして自分たちの手にかかり、ただ成すすべも無く血を流すエマの姿は正直顔を背けたくなってしまう。しかしこれがエーペックスゲームの在り方だと言うことを理解しているレイスは、それでも心を鬼にしなければならないのであった。
レイスが黙り込んだ事を確認してレヴナントはエマに顔を戻すと銃口の位置を正した。彼の指先は既に半分トリガーに掛けられている。

「では、これでおさらばだな。小娘」

その言葉を最後にレヴナントが残りの引き金を引こうとした時、不意にレイスの耳に虚空からの警告が届いた。

「レヴナント、待っ――」

ハッとしてそうレイスが言い掛けた時、どこからともなく大きな音が響くと次の瞬間彼女は地面に倒れ込んでいた。驚いたレヴナントが振り返る。レイスは背中を真っ赤に染め上げ、苦しげに歯を食い縛っていた。先程聞こえたのは銃声だったのだ。
「何だ、一体どこから」混乱しながらも辺りを見回すレヴナント。しかし彼の視覚センサーに敵影は映らない。それもそのはず、レイスを襲った人物は地上ではなく空中を飛んでいるのだから。
ヒュッと耳元で風を切り、レヴナントはその僅かな空気を読み取って咄嗟に頭上を見上げた。太陽を背にした真っ黒い影が、ロープ状の物に掴まって今正にこちら目掛けて飛び込んできている。レヴナントは冷静に銃を数発発砲するが、弾は素早く動く影の体を掠め、彼はそのまま相手が発砲したアサルトライフルの餌食になった。
「ぐう……!」抵抗すらできず銃弾の雨を浴びたレヴナントは地面に崩れ落ち、それでもなんとか建て直そうと肘で起き上がる。そんな彼の目の前に金属製の二本脚が着地した。わざわざ顔を上げてその見覚えある姿の全身を確認する必要は無かった。

「パスファインダー、貴様……どこに隠れていた……!」

腹の底から恨めしそうに、レヴナントは目の前に佇むパスファインダーを睨み付けた。両手でアサルトライフルを抱えたパスファインダーはそんな彼とは対照的に陽気な声で答えた。

「ずっとお兄ちゃん達の後ろで様子を見ていたよ! 倒しちゃってごめんね」
「こい、つ……ふざけ、る――」

「――な……」最後の一言と共にレヴナントはがくりと全身の力が抜けると倒れ込んだ。体から煙と小さな火花を放ち、完全に機能停止状態に陥っている。先程まで意識があったレイスもそこで力尽き、二人はそのまま脱落するのだった。
「あーあ、もっと君たちと戦いたかったな」モニターに悲しそうな顔を映し出し、パスファインダーは残念がった。「でも、僕の大切な仲間を傷つけるのだけは許さない」しかしすぐに感情を切り替え、そのまま後ろにいるエマに振り返った。
パスファインダーはエマの元へ急いで駆け寄ると彼女の側に屈み込み、「大丈夫?」と心配そうな声を掛けてそっと体を抱きかかえた。金属の腕の中でエマはパスファインダーの顔を見上げると力無く微笑んだ。

「パス……助けに来てくれたんだ」
「もちろんさ。無理して喋らなくてもいいよ。頑張って、今手当てをしてあげるからね」

パスファインダーはそう優しく言うと、バックパックから医療キットを取り出してエマに応急措置を施した。彼から血清を射たれるとしばらくしてエマの意識は回復し、やがて自力で立ち上がることができるようにまでなった。
まだ少し目眩がするのをエマは両手で軽く頬を叩いて落ち着かせ、深く息を吐いた。

「ありがとうパス。さっきは凄かったね、レヴナントとレイスの二人を一瞬でダウンさせちゃうなんて」
「どういたしまして! ……救援が遅れてごめんね。隙を見て助けようと思っていたんだ」
「ううん、こうして間に合ったんだから気にしないで」

申し訳なさそうに俯いたパスファインダーにエマは首を横に振ると微笑み掛けた。彼女の言葉を聞いてパスファインダーもパッと顔色を明るくさせると、そのまま赤いセンサーアイでエマを見つめて嬉しそうに笑い声をあげた。
ふとパスファインダーは両手の人差し指を突き合わせて何か言いたげな仕草をする。それを不振がったエマが「パス、どうしたの?」と声を掛けるとパスファインダーはおずおずとボイスモジュールを開いた。

「ねえ、僕、カッコ良かった?」
「え?」
「だから、レヴナントとレイスを倒した時の僕は……カッコ良かったかな?」

パスファインダーからの問いかけにエマは思わず目を丸くした。確かに先程の彼の活躍には目を見張ったが、わざわざ自分からそんなことを聞いてくるとは思わなかったのだ。そんなエマをパスファインダーはじっと見つめている。
エマは表情を緩ませると、彼に身を寄せてその顔に軽くキスをしてあげた。そのままエマはニッと歯を見せて笑った。

「うん、すごくカッコ良かった! 今のは助けてくれたお礼ね」

パスファインダーは突然のことに驚いているのか、何が起きたのか分からずしばらくセンサーアイを瞬かせていた。しかし先ほどエマが唇を触れさせてきた頬に手をやると、段々と状況を掴めてきた彼は次の瞬間その瞳を輝かせた。

「わあ、僕初めて女の子からキスをされちゃった! これがファーストキスって言うものなんだね」
「それとはまた違うけど、でも……あなたが望むなら、そのうちファーストキスもさせてあげる」

エマが頬を赤らめてパスファインダーに微笑み掛ける。それから照れ隠しのように首を掻くと、「さあ、早く物資を漁って移動しちゃおう」と言ってそそくさと地面に残ったボックスを探りだした。

「うん! 僕、とても楽しみにしているよ」

パスファインダーもエマに頷くと期待に満ち溢れた瞳を彼女に向け、隣で一緒に漁り始めるのであった。

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