洋ゲー

Apex Legends


四方八方から弾が飛び交う激しい銃撃戦の中、エマはアッシュに両肩を引きずられ銃弾の届かない戦場の脇まで移動させられていた。激戦区で多数の部隊とかち合ってしまった彼女らもまたその戦闘に巻き込まれる事となり、エマは体中に容赦ない弾丸の雨を浴びせられて早くもダウンをしてしまったのだ。アッシュはなんとか遮蔽物になりそうな岩影までエマを引きずり終わると、彼女をそこに寄りかからせた。少し顔を出して周りの状況を見渡し誰も自分達の方へ詰めてこない事を確認すると、アッシュはエマの側に跪いて応急措置の準備に取りかかった。

「人間とは本当に脆い」

シールドが砕け、体中傷だらけのエマを一瞥してアッシュは嘲笑う。今回の試合はデュオ形式であり、AIによってランダムに選出された組み合わせにより仕方なくエマと二人きりのチームを組むことになったアッシュだが、彼女は普段からエマを見下していた。いや、アッシュにとっては自分以外のレジェンドはただの砂塵さじん同然だ。彼らに対しての思いやりの心など初めからアッシュは持ち合わせていない。例えそれがダウンをした仲間であってもだ。
エマは大量の出血を少しでも抑えようと負傷した部位を強く抱きながら、アッシュを上目遣いに睨んだ。彼女もアッシュには初めて出会った日から良い印象を抱いていない。アッシュは常に女王のような態度で自分達に接してくるし、エマもまたそんな彼女への嫌悪感を日頃から隠さずさらしていた。きっとミラージュやパスファインダーならこの状況でも上手くやれただろうが、エマは今回アッシュと二人きりで組まされる事に不満しか感じていなかった。恐らくそんな心境が祟って味方との連携が上手く取れず、こうして真っ先にダウンしてしまったのだろう。

「悪かったわね。批判なら後でたっぷり聞くから、早く蘇生をお願いできる?」

エマは無理やり口元を緩ませて挑発的にアッシュへ返答した。既に意識が朦朧とし始めている今、礼儀作法などという余計な事は考えられなかった。死中にあるほど人はより感情的になりやすいのだ。アッシュは他人のそうした態度には慣れているが、エマが相手となるとさすがに少しカチンときた。真っ先に戦闘不能になったくせに生意気だ、とアッシュの頭の中でリードが眉間に皺を寄せる。アッシュもそれには同感で、こちらへ反抗的な眼差しを送ってくるエマを鼻で笑った。
「フンッ。貴女は今、誰がその命を握っているのか分かっていないようですね、エマ」そう言うと、突然アッシュは片手でエマの顎を強く掴んだ。そのままぐっと自分の面前まで彼女の顔を引き寄せ、無理やり視線を交わらせた。エマの体が引力により、アッシュの方へ大きく乗り出す。

「私に命令をしないでください」
「命令じゃなくて、お願いだよ」
「ならば私がそれを拒否するのも自由ですね?」
「構わないけど、自分から不利な状況を作るつもり? 的になる人間がいないんじゃ、一人で戦うのは困難だと思うけど」

普通ならば少しは怯みもする状況だが、エマは相変わらずアッシュを侮辱するような笑みを浮かべて彼女を見ていた。そんなエマの度胸にアッシュは興味深そうな唸り声をあげる。この人間は自分を相手にしても一切恐れていない、むしろ反抗的な態度を取る事を楽しんですらいる。初めてアッシュはエマに関心を持った。その扇情的な程に憎たらしい顔を恐怖で歪めるにはどうしたら良いだろう。
ふとアッシュは口元を緩ませるような雰囲気を醸すと、エマの顔を見つめたまま懐から注射器を取り出した。エマもそれを一瞥すると不安そうにアッシュへ視線を戻した。一瞬、アッシュが本当に自分を蘇生してくれるのか疑わしく思えたが、彼女はそんなエマの考えを察したようにフッと小さく含み笑った。

「分かりました。貴女にはまだ利用価値がある。同じチームメイトとして助けてあげましょう」
「そう、納得してくれて良かったよ。じゃあ敵部隊が来る前にさっさと済ませて……」

エマが言い終える間もなく、突如として強い圧迫感と共に彼女の脇腹へ激痛が走った。
「がぁッ……!?」咄嗟にエマの口から悲鳴が漏れる。驚いてそこへ視線を向けると、アッシュに握られた注射器がエマの脇腹に深く突き刺されていた。既に針は全部皮膚の中に挿入されているにも関わらず、なおもアッシュはそこへ注射器を押し付ける。刺さる物が無くなり、針を納める先端がエマの皮膚にどんどん埋まっていった。乱暴に針を刺された痛みと固い先端が皮膚に押し当てられる痛みに耐えきれず、エマは苦痛に顔を歪ませた。呼吸が激しく乱れる。堪らず両手でアッシュの手を掴むがロボットである彼女に人間の腕力が勝る訳もなく、エマの抵抗は非常に虚しかった。

「アッシュ、あん、た……!」

エマの目元が水気を帯びる。その目でアッシュを睨み付けると、彼女は変わらない微笑みを仮面に浮かべたままエマをじっと見つめていた。アッシュの黄色い瞳が、まるで獲物をじわじわとなぶり殺す捕食者のように鋭い視線を向けてきていた。彼女は何も言わず、語らず、ただエマが苦しむ様を静かに観察していた。その美しい顔はエマに純粋な恐怖を抱かせたが、同時に彼女にだけは決して屈したくないという強い意思も抱いた。ほんの五秒や七秒で済む蘇生の時間が今のエマにとっては途方もなく長いものに感じられた。
泣きそうな顔で自分を見るエマにアッシュは強烈な満足感を得た。それは一種の快楽にも似ており、けれどいつも誰かを殺害する時に得る快楽とはまた違ったものだ。怯えたエマの目はアッシュの心を何やら掻き乱して止まない。しかしその目が怒りに変わり、こちらを睨み付けてくると途端にアッシュは失望した。体内の神経系を駆け巡っていた快楽物質がスッと抜けていくのを感じた。こんな状況の最中でも完全には恐怖に屈さずなおもこちらへ牙を向けるエマは、まるで小さい子供からおもちゃを取り上げるようにアッシュから楽しみを奪ったのだ。やはりこの女を陥れるのはそう簡単にはいかないか。ふう、とアッシュは微かにため息を吐いた。

「……さあ、終わりました」
「――ッ、はあっ、はあっ……!」

しばらくしてからようやくアッシュは注射針を引き抜き、エマから手を離して彼女を解放した。エマの体はそのまま地面に崩れ落ち、岩に背をしなだれかけた。エマはつい先程まで首を絞められていたかのように激しく息ずきながら脇腹に手をやった。そこはまだズキズキとした痛みで違和感が残っているものの、出血で朦朧とした意識や体中の倦怠感はすっかり無くなっており、後は自力で体調を整えればすぐにでも戦線復帰ができるまでに回復していた。それを確認し、エマはアッシュに顔を戻してキッと彼女を睨み付けた。

「助かったけど、次はもっと優しくしてよね」
「それが命の恩人への態度ですか?」
「だって、あんな風に乱暴にしなくたって!」
「痛かった?」

アッシュの目がギラリと光る。期待と興奮に満ちた眼差しだ。その冷徹な視線に真っ直ぐ貫かれ、エマは思わず口内の唾を飲み込んだ。一瞬ではあるが彼女の背筋を何か冷たいものが通っていった。

「そりゃあ、かなりね……」
「そうですか。では次に貴女がダウンした時は、もう少し手厚く看病をしてあげましょう」
「あなたからそんな言葉を聞いても信用できないよ」

エマはアッシュから顔を逸らすとバックパックからフェニックスキットを取り出してそれを巻き始めた。アッシュはその様を静かに見下ろしていたが、不意にまたエマの顎を掴むと自身の方へ無理やり顔を向けさせた。
「な、何?」驚いて思わず手を止めたエマの目が丸くなる。先程の事もあってかそこには僅かに恐怖も混じっていた。アッシュはそんなエマの様子に吹き出しそうになるのを堪えつつボイスモジュールを開いた。

「私の言葉は信用に値しませんか。さっきはちゃんと貴女を助けてあげたのに?」
「そうだね。普通に注射器を刺すこともできないんじゃ、とても」
「安心してください。次は弾丸を浴びてボロボロになった貴女の体を優しく抱擁しながら、ゆっくりとその静脈に血清を射ってあげましょう。望むなら耳元で何か気休めの言葉を囁きながらね」

アッシュが目線だけで舌舐りをする。次はどうやって獲物を弄んでやろうかと探る目だ。エマはそれを察すると、今度こそ背中に悪寒が走っていくのが分かった。先程まではアッシュを前にしても何ともなかったのに、いざ彼女から危害を加えられると途端に怖じけずいてしまう自分にエマは内心悔しさを感じるのであった。表面上は平静さを取り繕うとするものの、もう彼女の体にはアッシュへの恐怖が本能的に刻まれつつあるのだ。
エマはせめてもの抵抗としてアッシュの手を振り払うと、再びフェニックスキットを巻きながら「そこまでしてくれなくていい」と唇を曲げた。アッシュはそんな風に不貞腐れるエマを少し見下ろしていたが、ふと静かに鼻で笑うと回復中の彼女を援護するため銃を構えて岩影から辺りを警戒し始めた。
「わがままな人ですね」トリプルテイクのスコープを覗きながらアッシュが呟く。「でも、大変可愛らしいです。思わずいたぶってしまいたくなる程に」そんな皮肉を口にした彼女の横顔が、エマは心なしか微笑んだように見えた。
アッシュとしてはほんのひとときでもエマに自身の恐ろしさを体感させられただけでも満足だったが、未だにどこか反抗的な態度をとり続ける彼女にいじらしさを覚えていた。乱暴に注射器を突き刺した時、どうしようもない絶望に打ちひしがれ、恐怖で埋め尽くされた瞳を震わせながらこちらを見ていたエマの顔がメモリーコアに焼き付いている。しかしそれは一瞬で、すぐにその目はこちらへの憎悪に色を変えた。そうなってしまうとアッシュはもう何も感じない。獲物がこちらの強さを悟り、屈服する瞬間こそが彼女にとっては一番の快楽なのだ。しかし、今はまだ自分に歯向かっているが、いずれエマも他の獲物たちと同じようにしてやろう。自分の足音が聞こえただけで、声が聞こえただけで、存在を近くに感じただけでエマの背中に悪寒が走り、呼吸は乱れ、その小さい唇を青くさせてしまうまで。
銃の引き金に掛けられたアッシュの指が興奮から少し震える。スコープ越しに目が合った相手を捉えると、アッシュはそれをエマに見立てて不適に微笑みながら引き金を引くのであった。

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