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Apex Legends


※いい夫婦の日の記念に。ブラハさんと結婚しています。











体を包んだ布団の温もりと共に目が覚める。一糸まとわぬ素肌に柔らかい布団がこすれる感触に心地よさを感じつつ、まだ少し微睡みの中にいながらも、エマは起床する準備に入ろうと大きくあくびをした。
ベッドのすぐ脇にある窓から冬季の憂い気な朝日が射し込んでいる。それだけでも灯りを付けていない小屋の中を照らすには十分だ。時刻はおおよそ六時か七時頃だろうか。窓の外に広がる森の方角から時折鳥のさえずりが聞こえていた。
ふとエマは自分の体に布団以外の何かがのし掛かっていることに気付いた。背後からエマの体を抱いたその感触は固く、逞しく、そしてとても優しい。それはエマと同様に素肌をさらした状態で、背中に温かい胸板が押し当てられているのを感じられた。少し考えるまでもなくエマはその正体を理解すると、途端に彼女の胸は何か大きな感情の波で一杯になった。緊張から心臓がどきどきと鼓動を早め、全身にぞわりと歓喜の震えが走る。似たような朝は今まで何度か経験をして来たのに、今日だけはいつもと違っていた。
不意に耳元で背後にいる人物の呼吸を感じると、次にはその人はエマを抱いたまま少し身を捩らせた。

「エマ……起きたのか」
「おはよう、ブラッド」

背後からエマを抱きしめたブラッドハウンドはまだ少し眠そうな声で彼女の名を呼んだ。エマはそれに口元を緩ませた。
ああ、とブラッドハウンドが感慨深く嘆息する。

「こんなに幸せを感じる朝は実に久しぶりだ。妙な話だが、あなたがここに、私の腕の中にいることが未だに信じられない」
「私もだよ。でも、ほら。実際にここにいるでしょ?」

そう言ってエマは少し体を捩って後ろを振り向くと、回されたブラッドハウンドの手を取ってそっと両手で握った。そのままこちらへ微笑んだエマにブラッドハウンドも小さく含み笑う。

「そうだな……本当にあなたはここにいる。私と一緒に」
「ブラッドも私と一緒にいてくれている。……なんだかこう言うと確かにちょっと変な感じかも」
「ふふ、あなたもか。だがそれも仕方あるまい。私たちは……」

ブラッドハウンドは何かを言い掛けるが、それから黙り込んでしまった。咄嗟に口を噤んだと言うよりかはそれを口にすることが恥ずかしくて躊躇っているような雰囲気だ。エマはそれを察すると改めてブラッドハウンドと向かい合うように体勢を整え、その人に代わっておずおずと口を開いた。

「……結婚、したから?」

エマの言葉にブラッドハウンドの目が丸くなる。しかしすぐにその目元を細めると「ああ……ああ、そうだな」と心の底から嬉しそうな表情で頷いた。
結婚、と言うよりも二人が交わしたのは厳密には口約束のような物だ。長い時を連れ添った二人はこの関係を永遠のものにするため、お互いに添い遂げることをただ誓った。それでもその誓いはお互いを生涯の伴侶とする事と同然であり、エマとブラッドハウンドはその意味をよく理解していた。だから昨夜はいつも行うより少しだけ情熱を込めた情事を交わしたのだ。それはまるで初夜のように初々しく、しかしこれから二人が歩む道への覚悟をある意味確かめるための行いだった。二人はお互いの名を呼び合いながら果て、愛を囁き合いながら同じベッドで一夜を共にしたのであった。
ブラッドハウンドは微笑んだままエマに握られた自身の手を見つめると、少ししてから彼女と目を合わせた。

「エマ。既に昨夜も誓ったばかりだが、もう一度言わせてくれ……いつか私が神々の意思によりヴァルハラへ召される事になろうとも、私は最期の時まであなたの側にいる」
「ありがとう、ブラッド。私もずっとブラッドの側にいるよ。ヴァルハラにいる神様が私の事も受け入れてくれるならいいけど……」
「ふふ、それならエマが案ずる事ではない。あなたの勇姿は神々の遣いである私が一番良く見ている。ヴァルハラの殿堂へ加えられるには十分な逸材だ」

少し自虐的なエマに対し、ブラッドハウンドは思わず含み笑うと真っ直ぐとした視線を彼女に向けながらそう言った。そしてふと握られたエマの手を自分の口元へ持っていくと、彼女の左手の薬指の付け根にそっとキスを落とした。突然の行為に今度はエマの目が丸くなる。
「ブラッド……?」何と声を掛ければ良いか分からず赤らんだ顔で見つめたままエマが名前を呼ぶと、ブラッドハウンドは唇を離した。その目はまだ愛おしげにエマの指へ向けられていた。

「確か、あなたの国の習わしでは、婚姻を交わした相手の左手の薬指へ指輪を贈るんだったな。生憎今は手元に用意していないが、ひとまずこれで我慢をしてもらえないだろうか」
「そ、そんな、いいよ。指輪なんていらない。さっきみたいに言葉で気持ちを示してくれるだけで十分だから」

思わずエマは赤らんだ顔のまま困ったように眉の端を下げ、首を横に振った。彼女の言葉は本心からのもので、指輪といった物体で示されるよりも直接ブラッドハウンドから情熱的な言葉を贈ってもらう方が何倍も嬉しかった。
「そうなのか?」そんなエマにブラッドハウンドは一瞬意外そうな顔をするも、すぐに全てを理解したように「エマがそう言うなら」と微笑んだ。もう一度だけ同じ場所にキスをし、ブラッドハウンドは唸り声と共に布団の中で大きく伸びをした。

「さて、そろそろ起きようか」
「うん。良ければ私が朝食を作ってあげるよ」
「なら、こうして寝床を共にした朝にいつもあなたが作ってくれていた物を頼みたい」
「ふふ、分かった。じゃあブラッドは表の井戸から水を汲んで来ておいてね」
「ああ。あなたのためなら何でもしよう」

「決まりだね」とエマはにっこり笑う。ブラッドハウンドもエマに頷き、服を着るためにベッドから起き上がって彼女から離れた。しかし床に両足を付けたところで不意に背後からエマに腕を掴まれる。怪訝に思ってエマの方へ振り向くと、彼女はどこか物欲しそうな顔でブラッドハウンドを見つめていた。
「ブラッド……」と何かを言おうとしているのか、名前を呼んだ後エマの唇が躊躇いがちにまごつく。その唇と同じくらい彼女の頬は薄桃色に染まっていた。

「エマ?」
「ブラッド、その……愛してるよ」

どきり、とその瞬間ブラッドハウンドの心臓が大きく高鳴った。無意識の内に瞳孔が大きく開き、顔に血が巡っていくのを感じる。
エマからのその一言は非常に短いものながらも、ブラッドハウンドの胸を一杯にするのには十分な言葉だった。そのままエマは初めて見る表情でブラッドハウンドに微笑んだ。
ブラッドハウンドはしばらく固まったままエマを見下ろしていたが、やがて口元を緩ませると体を半分屈ませて彼女の額にキスを落とした。

「私もあなたを愛している、エマ」

抑えようにも抑えきれないエマへの愛情をその視線に宿してブラッドハウンドは愛おしげに彼女を見つめた。そのままエマの頬に指を這わせて何度かゆっくりと撫で下ろす。
「ブラッド、来て……」とこちらへ伸ばされたエマの手に誘われもう一度ブラッドハウンドが顔を寄せると、エマはそれを両手で優しく自分の目の前まで抱き寄せ、額を突き合わせた。お互いの鼻の先が当たり、感触を楽しむようにエマは顔を左右に揺らして鼻先と鼻先とを擦り合わせる。自然とブラッドハウンドが笑顔になるとエマも嬉しそうに表情を崩した。そのままお互いに見つめ合った後、ブラッドハウンドは軽くエマの唇に口づけをすると今度こそベッドから起き上がった。
床に乱雑に脱ぎ捨てられた服を着直すブラッドハウンドの背中をエマは布団の中から眺めていた。少し名残惜しい気もするが、粛々と服を着るその後ろ姿は正直どこか見ていて面白いものがある。こうしたブラッドハウンドの日常的な動作を見られるのも自分だけに与えられた特権なのだとエマは満足感を覚えた。
支度を済ませ、ブラッドハウンドは小屋の扉を開けると外に出る前にエマの方へ振り向いた。

「先に行っているぞ」
「うん。私もすぐ起きるね」

それだけ会話を交わしてブラッドハウンドは最後にエマへ微笑み、小屋を出ていった。
静かに閉じられた扉を少し見つめた後、エマは再びベッドに寝転がると布団の中でもう一度大きく伸びをした。
小屋の天井を見つめ、そこに刻まれた木目の数だけ想いを馳せる。先ほどはあんなことを言ったとは言え、エマもまた未だに自分は夢を見ているのではないかと錯覚してしまいそうになる。しかし指で摘まんだ頬がしっかり痛みを伝えてきたのを確認すると、ああやっぱり現実なんだと安堵した。
これから二人は全く新しい生活が始まるのだ。とは言うものの、きっと今までとあまり変わらない日常を過ごしていくのだろう。いつものように試合に出て、家に帰ると二人でその日の出来事を話しながら食事をし、そして同じベッドで眠りにつく。朝起きれば、真っ先にこの世界で一番愛しい人の寝顔が目に入る。試合の無い休日にはどこか辺境の惑星に赴いて様々な生き物を狩る。それでもこれ以上の幸せが一体どこにあると言うのだろうか。
エマは起き上がると服に着替え、小屋の隅のキッチンへ向かった。作り慣れた朝食の調理に取りかかるが、今日はいつもと少し違う味付けにしてみる。永遠を誓った日の翌朝をこの先も覚えていられるように。そんなエマの想いが込もった朝食は、開けた窓から小屋の外まで幸福の香りを運ぶのであった。

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