洋ゲー

Apex Legends


タロスの森に朝が訪れる。
少し開けた場所に立てられた大型テント内で起床したブラッドハウンドとエマは、今日の試合会場へ向かうため支度を急いでいた。
いつもの服装に着替え終えたブラッドハウンドはマスクを被る前に顔に戦化粧を塗り始める。赤い塗料が入った平たい丸缶から指で塗料を取り、片手に持った鏡で顔を確認しながら慣れた手付きで額、鼻、頬、そして口元にそれぞれ真っ直ぐ一本線を引いていった。
戦化粧を済ませて鏡で見栄えを確認していたブラッドハウンドは、ふと背後にいるエマがこちらをじっと見ている事に気付いた。ブラッドハウンドはエマの方へ振り向くと怪訝そうに彼女を見つめ返した。

「……どうかしたのか?」
「あ、ううん。ソレ、いつも付けているよね」

ブラッドハウンドからの問いかけにエマは首を横に振ると手元を指差してきた。その先には塗料の缶がある。
「何か意味が込められているの?」とエマは続けてブラッドハウンドに問いかけた。

「一つは私の部族で行う伝統的な物だ。もう一つは単に戦闘への気持ちを高めるためだな」
「ふうん。ねえ、良ければ私にもやらせてくれない?」
「エマにも、か?」
「うん。だめかな?」

突然のエマからの申し出にブラッドハウンドは思わず目を丸くした。自分にとっては食事を取るくらい日常的な作業だったので、それにエマが興味を示してくる事が意外だった。
しかしあえて断る理由も無かったため、ブラッドハウンドは素直にエマへ塗料の缶を差し出した。
ブラッドハウンドから缶を受け取り、エマはそれをまじまじと眺める。

「使い方は知っているか?」
「ううん、全然……」

苦く笑いながらエマは首を横に振った。
ブラッドハウンドはそれに小さく含み笑うと、エマの手から缶を取り戻して自身の指に少しだけ塗料を取った。

「私がやってやろう。同じもので良いな?」
「う、うん。ありがとう」

どこか恥ずかしそうに頷いてエマはブラッドハウンドへお礼を言った。
互いに向かい合うよう体勢を直し、ブラッドハウンドは塗料を付けた指をエマの顔へ近付ける。じっとしていろとブラッドハウンドから言われるがままに、エマはそのままの姿勢から動かないよう気を付けた。
ブラッドハウンドの指先がエマの額に這わされる。そのままゆっくりと鼻まで撫で下ろされ、エマは少しくすぐったさを感じたが我慢した。
パーツごとにその都度塗料を付け足しながらブラッドハウンドは黙々とエマに化粧を施していった。
ふとエマが目の前に視線を合わせると、真剣な表情でこちらを見つめているブラッドハウンドの顔が目に入った。正確にはエマ自身にではなく、指をなぞらせた彼女の頬や鼻を見ているのだろうが、それでも何故だか気恥ずかしさを感じたエマは思わず目を閉じてしまうのであった。
何も見えなくなった視界の代わりにエマの肌は外部の情報に対してより敏感になり、一度ブラッドハウンドの指が顔から離されまた別のパーツに這わされると、ついエマは表情筋をピクリと震わせた。特にその固い指先が唇の辺りをかすめると、どこか焦らされているかのような感覚に陥ってしまう。それでも不思議とエマにとってはこのひとときがとても心地よく感じられるのであった。

「よし、終わったぞ」

やや時間を掛けて、最後に頬に指がなぞられた後ブラッドハウンドの言葉でエマは目を開けた。
「見てみろ」指に少し残った塗料を自分の化粧に上書きし、そう言ってブラッドハウンドはエマに鏡を手渡した。それを受け取ってエマは自身の顔を確認する。
わくわくとした気分で鏡を覗くと、そこにはほぼブラッドハウンドと同じ戦化粧を施された自分の顔が写っていた。ほぼ、と言うのも基本的な所は同じなのだが、一つだけ何やら複雑な模様が右頬に描き足されていた。
鏡の中の自分を見た瞬間、エマは思わず「わあっ」と声をあげた。

「すごい。何だか私じゃないみたい……」
「お前たちのする化粧とはまた違うからな。今のエマはいつもより少しだけ勇ましく見えるぞ」
「この頬に描いてある模様は何?」

何度も鏡の前で顔の角度を変えてはまじまじと眺めていたエマだったが、ふと先程から気になっていた右頬の模様についてブラッドハウンドに問いかけてみた。

「それは私の村で昔から伝えられているシンボルだ。戦いに勝利と名誉をもたらすように、という意味が込められている」
「へえ……ありがとう、ブラッド。今日の試合はこれを付けて出ることにするね!」
「ああ。敵として、もちろん味方としてもお前と対峙できる時を楽しみにしていよう」

エマとブラッドハウンドは互いに顔を見合わせると微笑んだ。
「あ、そうだっ」ふとエマは何やら閃いたのか、突然後ろを向くとバックパックから彼女の持っている化粧品を探りだした。ブラッドハウンドはその背中を怪訝そうに眺める。お目当てのものを見つけたエマはそれを顔に滑らせるとブラッドハウンドの方へ向き直った。彼女の唇には色鮮やかな口紅が付けられていた。
エマはにっと歯を見せて笑うと、ブラッドハウンドへ体を乗り出してその右頬にキスをしてきた。あまりにも突然の行為にブラッドハウンドは肩を強ばらせて固まるが、エマはその間に唇を押し当て続け、しばらくして顔を離した。
「はい、見てみて」とにやにやした顔でエマが鏡を手渡してきたのでブラッドハウンドは訳も分からないままそれを受け取り、覗き込むと次には思わず目を丸くさせていた。
ブラッドハウンドの右頬には鮮やかなキスマークの痕がくっきりと付けられていた。エマの口紅と同じ色だ。ブラッドハウンドは丸くなった目のまま彼女に顔を向けた。

「これは……」
「私からのお返しね。ブラッドもいい試合ができますように」

そう言ってエマは無邪気に微笑んだ。
ブラッドハウンドの顔が少しだけ熱くなる。そのままエマをじっと見つめた後、ブラッドハウンドもふと彼女に口元を緩ませた。
「ありがとう。なんだか……気恥ずかしいな」そう言ってブラッドハウンドははにかむと赤くなった顔を誤魔化すようにエマから逸らした。それでもキスマークが付けられた頬に指を触れさせて、ブラッドハウンドは抑えようのない幸福感に胸を高鳴らせるのであった。
エマもそんなブラッドハウンドの様子を微笑ましく眺めていた。
朝から穏やかなひとときを過ごした二人はその後支度を済ませ、それぞれ戦いへの気持ちを奮い立たせながら試合へ挑むのであった。

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